015_面白い返事を待っている

 ビルモの町は東に50キロくらいの所にあった。

 思っていたよりも大きな町で人口は5000人くらいか。

 ちょっとした都市並みだな。


 2メートルほどの木の柵で覆われた町で、所々に物見櫓が見える。

 この辺りにはそれほど強い魔物はいないようなので、強盗避けか。

 建物の多くは木造で、石造りの建物は少なかった。

 立派な建物は町の北に多く、恐らく富裕層が集まっていると思われる。

 その辺りだけ石壁で囲われているので、間違いないだろう。


 囲われた中の一角にある、一際大きな建物が目を引いた。

 恐らくあれがアセドラの館に違いない。


「ここはアセドラの館だな」

「うわっ!?」


 突然館の中庭に降り立った俺の前で、お茶を飲んで寛いでいた中年の男が、子供のような悲鳴を上げる。


「ち、違います!?」


 違った、大商人の館だった。

 目の前の商人は、無作法な訪問者である俺に対して本心を飲み込み、質問に答える。

 魔術師が珍しい世界ではない。

 当然、魔術師が力ある存在であることも認知されている。

 その結果、怒りよりもこの場を無事に凌ぐことを優先したのだろう。

 感情を抑え、生きる為に必要なことを選択し実行できるのは、この商人がそれだけの修羅場を潜ってきたからだと想像できる。


 折角なので幾つか魔物の素材を売って、貧乏脱出の為に現金化しておく。

 最初は緊張していた商人だったが、高級素材が手に入った為かご満悦だ。


 ご満悦ついでにさくっとアセドラの行いを伝え、これから報復をすると教えてやると、今度は真っ青な顔になった。

 忙しい男だ。

 商人だけあって、高級素材、すなわち強い魔物を倒せるだけの実力を持っている、あるいはそれだけの後ろ盾があると気付き、今後の身の振り方を考えているのだろう。


「ボイド、大商人ともあろう者が何をそこまで怯える?

 アセドラの様子からしたら似た様なことをして、他にも潰した町や村があるんじゃないか」

「そ、それは……」

「あるみたいだな。

 と言うか、大商人が顔色を見られては駄目だろう」

「お恥ずかしいですな。

 実際、町長がアセドラに変わってからは、何度かその様なことがありました。

 この町にとっては利になっていることもあり、声を上げて批判する者はおりませんが」

「報復が皆無だったというわけじゃないだろ?

 何が行われているかは気付いていたはずだ。

 それでもアセドラを擁護するというなら、町人も同罪だと思うが間違っているか?」

「そ、それは……」


 ボイドは俺の実力を見抜いてか、決して高飛車な態度は取らなかった。

 その点については好印象だ。

 相手を見て態度をきちんと変えられる奴は嫌いじゃない。

 それが相手に合っていなければ駄目だが。


「今回は下手をうった。

 アセドラは俺のいる町に喧嘩を売り、町の人間を殺しているし、身内にも剣を向けている。

 俺も相応の報復をする必要がある」

「単身乗り込んでくるくらいです。

 それが脅しではなく出来るだけの実力があるとお見受けします。

 それがわかった上で何とか、穏便に済ませることは出来ないでしょうか。

 もちろん賠償金はお支払いするよう私の方からも圧力を掛けますので」


 最初に勘違いしたように、ボイドは良い屋敷を構えるだけあり、この町でもかなり力を持っていると思われた。

 アセドラがいなくなれば、その立場は更に堅固なものとなるだろう。

 だから、何とかこの場は穏便に済ませたいと思うのは不思議じゃないが、ライデンといいボイドといい、敵対した方が話が早い時に限って空気を読まないな。


「ボイドが何故そこまでする?

 別に金なら困っていないだろう。

 さっさと尻尾を巻いて逃げた方が安く済むと思うが?」

「私は父と共にこの町で財を築きました。

 それはこの町の成長と共にあるともいえます。

 可能であればこの町に残りたいというのが心情です」


 命を掛けるほどの物とは思えないが、どれだけの価値を見いだすかは結局の所本人次第か。

 ボイドにとってはそれだけの価値があるというだけだ。

 そんな物を踏みにじるのも一つの手だが、ボイドにこの町を支配させて飴と鞭を与えた方が後々便利か?


 とは言え、ケジメは必要だ。


「アセドラとアセドラに従った上層部の身内2親等までを差し出せば、報復は俺の方で押さえよう」

「そ、そんな!?」

「無理難題をふっかけられた上に私兵を使って町に攻め入ったんだ。

 それくらいの責任を取って貰わなければ、町人の恨みがそのままこの町に向かうことになるぞ。

 俺としてはそれでも構わないと思っているが」


 まぁ、逃げ出した町人の方が多そうだから、この町まで復讐に出てこようという奴はそんなにいないと思うが、それを正直に言う必要はない。


「アセドラの代わりにはボイドが付けば良い。

 なんなら俺がバックアップしよう」


 俺の一言に、ボイドの目に欲とは違う、大成したいという思いが見て取れた。

 もう一押しか。

 俺はライデンと事前に打ち合わせしていたカードを切る。


「あの町には『魔力炉』がある。

 ボイドが町長となりこの町をまとめ上げるなら、ボイド商会の売買に限り関税を半額にすると約束しよう」


 商売人にとっては美味しい話だ。

『魔力炉』があるということは、富と繁栄が約束されているということになる。

 それはこれから多くの取引が行われることを意味し、そこで関税が半額となれば、ただで残りの半分が利益になるわけだ。


 どの世界でも税金はついて回る。

 払わないで済むならそれに越したことはない、と思うのも仕方がないだろう。

 税金は正しく使われる分には高くても仕方がないが、正しく使うというのが難しい。

 なにせ正しいの定義が人によって違うのだから。


 この世界……いや、この国では法が明文化されていない。

 正しいというのが、貴族にとって都合が良いに変わっている可能性もある。

 俺の支配下においては、法を明文化して雁字搦がんじがらめにしておいた方が後々楽そうだな。


「時間をやる、仲間と相談すれば良い。

 2日後の同じ頃にもう1度来る。

 その頃にはアセドラも戻っているだろう、死に体でな。

 面白い返事を待っている」


 俺はそれだけ伝え『空間転移』で戻る。


 戦いはまだ続いていた。

 既に混戦状態で死者も随分と出ている様だ。

 ざっと見た感じだと分が悪いか。

 カノンとアリアが余り役に立っていなかったからな。

 場を乱すには良いかもしれないが決定打にはならなかった。


 だがアセドラの私兵も大分数を減らしている。

 残りは50人もいないんじゃないか。

 仮にアセドラの私兵が抵抗勢力を倒した所で、流石に50人くらいじゃ人質を取っても町人を押さえられないだろう。

 索敵した感じ、増援が来る様子もない。


 しかし、5000人と2000人の町同士がぶつかり合う戦争とは思えないほど小規模だな。

 軍対軍ではないとこんなものなのか?

 ぶっちゃけアセドラの私兵100人くらい、町人が片手に木の棒を持って振り回しているだけでもその内いなくなると思うんだが。

 いくら魔術師がいるといえ魔力は無限じゃない。

 アリアを盾に無駄撃ちさせていれば、魔力も尽きる。

 そこまで思い切れないのは、結局この町に命を掛けるほどの価値を見いだせないということだな。


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