014_貧乳が良い仕事をした

 そんなトラブルがあったのも今は昔の物語。

 眼下に広がるアセドラの手下を前に、そんな苦難の日々を思い出してしまった。

 なんにせよ、俺預かりの3人は鍛え上げたおかげで死ぬことはないだろう。


 俺はこの戦いの間にビルモの町に行って、アセドラの行いを伝え、帰る場所を奪ってくるつもりだ。

 それを見たアセドラがどんな顔をするか楽しみでならない。


 ライデンはしっかりと斥候を放っていた様で、アセドラの私兵が町に着く前に一応の防衛体制は整えていた。

 門は閉められ、衛兵が集まり、衛兵長の指示を受けている。

 ライデンは町人に向かってアセドラの言葉を伝えていた。

 内容としてはほぼアセドラが言ったままで、俺に協力を申し込んだが俺が断り、だったら町の資材を奪うと言ってきたこと。

 それは2週間前に対策会議を開いた際に、各ギルド長や衛兵長そして町人代表に向けて説明していた通りだ。


 ライデンの話を聞いた町民は、可能性として憂慮していたものの、実際にそうなるとは思っていなかったのかパニックになりかけている。

 鼻のきく商人は2週間前の時点でビルモのアセドラならばきっとくると判断し、早々に町を抜けていた。

 同じように出稼ぎ組や冒険者も半分以下に減っている。

 今の町の人口は恐らく2000人ほどだろう。

 思ったよりは残っている……か。

 実際に戦いとなれば更に半分は減ると思うが、それでも元の町の人口と変わらない。


「あの人数でこの町が落とせるの?」

「町の中に入ればやりようはある。入れればな」


 ロリィの疑問もわからないでもない。

 アセドラの私兵は100人ほどだった。

 ケチったのかそれ以上は必要ないと思ったのかは知らないが、普通の町ならともかく石壁で囲われたこの町を相手に、何か考えがあるのだろうか。


 入ってしまえば、人質を抑えればいい。

 軍隊が相手ではそれも有効とは言えないだろうが、ただの町人相手なら十分に機能する。

 それもすべては町に入れたらの話だが……


「ん、魔法か?」


 町に入る策はあった様だ。

 アセドラの私兵の中に大きめの魔力反応が確認出来た。

 次いで直径1メートルほどの火の玉が現れ、木製の門に目掛けて飛んでいく。

 定番だが、それだけに使い勝手の良い『火球ファイア・ボール』の魔法が作り出した火の玉は、門に当たると炸裂し、門を半壊しつつ残りを燃やし始める。


 1度この町に入ったことのあるアセドラは門の造りを見ている。

 木造だということは子供にでもわかる話だが、それを破るのにどの程度の火力が必要かは、実際に魔法の威力を見ていなければわからない。

 少なくてもアセドラは、実際に魔法の威力を試してきたのだろう。

 十分な対策を行い、自信をもって侵攻してきたようだ。


「自分の側にも魔術師がいる、というのがアセドラの強みだったな」

「人が魔法を使う姿を見ると、ペットが物を覚えたみたいで微笑ましいわね」

「侵入されることを想定していなかったライデンが、慌てふためいているな」


 対魔術師用の対策を取らないと、門とかあっても意味がないか。

 知識はあるのに、生半可に元の世界の常識が判断を狂わせる。

 ここは魔法のある世界なのだから、常にそれを考慮して物事を進めないといけない。

 アセドラならいつでも殺せるが、それでも教えられることはあるものだ。


 門が吹っ飛んだことでパニックに陥ったのはライデンだけじゃない。

 門の存在に安心し、面白半分で見物に来ていた町人が反対側の門を目掛けて逃げていく。

 この2週間、ライデンが何をやっていたのか聞いてみたくなったが、まぁ良い。

 人は自分の身に危険が及ばないと問題を先延ばしするから、ある意味必然だったのだろう。

 そう考えると、さっさと逃げ出した1000人は生きることに敏感ともいえた。


 衛兵は……何人か逃げ出しているが、なだれ込んでくるアセドラの私兵を迎え撃つ気概はありそうだ。

 衛兵以外にも冒険者や傭兵の姿も見えるな。

 流れ者ならさっさと逃げだしているだろう。

 そう考えれば、もとからこの町の住人かもしれない。


 俺は前線に残っている人間を、強化魔法の『瞬間記憶』でリストアップしていく。

 リストアップする識別情報は名前ではなく生体情報になる。

 個人の名前だけでなく、大ざっぱな特徴なんかも一緒に記録される優れものだ。


 衛兵は全員で50人くらいいる様だが、町の治安維持に走り回っている者、他の門に回っている者もいて、アセドラの私兵と対面しているのは30人ほどか。

 冒険者や傭兵も入れればほぼ同数の戦いになるが、練度で劣っているな。


 アセドラの私兵は、今までもこうして小さい町や村を襲っていたのだろう。

 隊列を組んでしっかりと攻めてくる様子から、慣れていることが直ぐにわかった。

 であれば、結果は見るまでもない……いや、あそこに居るのはカノン、アリア、フーガだな。

 駒のバランスは意外と良いかもしれない。

 3階建て家屋の屋上から戦況を見ていた俺にカノンが気付き、アリアと共に元気よく手を振ってくる。

 まるでこれから始まる戦がお祭りだとでもいうかの様なはしゃぎっぷりだ。

 俺は苦笑しつつも軽く手を上げて応える。


 まずは睨み合いかと思ったが、初手アセドラ側の魔術師による『火球』が飛んで来たことで、事態は直ぐに動き出す。

 次いで飛んでくる2発目の『火球』はアリアの『魔法障壁』で防いだが、その脅威を前に町人がどんどん逃げていた。

 大技を繰り出して敵を混乱に陥れ、一気に流れを自軍に持っていこうという考えだったようだが、アリアの『魔法障壁』は命がけで覚えたものだ、そう簡単に破ることは出来ないだろう。


 そんな様子を見ていた町人の中から、鍬や鉈を手に衛兵の元へとやってくる者もチラホラといた。

 何かを守ろうとする為に命を掛けるなら、『思いの力』も強いはずだ。

 俺はそういった町人を、どんどん『瞬間記憶』でリストに加えていく。


 アセドラはどうやら本気でこの町を乗っ取るつもりの様だな。

 これだけ強気に攻勢に出るというのは、もしかしたら背後に誰かが付いているのかもしれない。

 そうでなければ、大義名分もなく町を襲う様なことは出来ないだろう。

 まぁ、誰が背後に付いていようと、やることに変わりはないが。


 激戦になりつつある門の内側では、カノンとフーガが斬り込み、アリアが『魔法障壁』で敵の魔術師が使う魔法を封じ込めていた。

 3人娘の方が積極的に戦いに出ているんだが……大人の方はアセドラの私兵を相手に及び腰だ。

 辛うじて衛兵長周りだけは指示が行き届いているのか、積極的とはいわないまでも攻勢に出ていた。


 カノンはまだ『身体強化』を常時展開できない為、間合いを詰める時にのみ使用している様だ。

 その速度もまだ遅く、瞬間移動の様には見えない。

 どうせなら残像を残すくらいは早くなって欲しいな。

 それにはもう少し鍛える必要があるか……

 後、『身体強化』を常時展開できるようにしないとだめだ。

 お風呂も御飯もトイレも、ずっと『身体強化』を使っている様にすれば慣れるだろうか。

 自然回復でも追い付かないくらい常に魔力枯渇状態で頑張らせれば、魔力総量も増えるはずだ。

 場合によっては死ぬかもしれないけれど、その前に『回復』すれば問題ない。


 アリアは大技しか覚えていないのが駄目だな。

 敵の魔術師の魔法が飛んでくるから、呪文を詠唱する暇がない。

 ロリィは小手先の魔法を教えていないのか。

 唱えられない魔法より唱えられる『風刃』の方が、便利で使い勝手が良いというのに。


 それに混戦では大魔法の使い所はないだろう。

 アリアの育成失敗だな……ロリィにはお説教が必要だ。


「あぶなっ!」

「ゾッとするわね」


 そのアリアが身を反る様にして敵の斬撃を躱す。

 ギリギリだった、貧乳が良い仕事をした。

 ロリィだったら今の攻撃は間違いなく当たっていただろう。

 本人も胸を押さえて顔を引きつらせている。


 フーガは短剣を2刀持ち、敵陣の中で舞う様に踊っている。

 その周りでアセドラの私兵の首がポトポトと転がっていくのが不思議だ。

 返り血を浴びて赤く染まっているが、何故かその様子は自然に見える。

 時折、恍惚こうこつそうな表情で微笑むのは止めて欲しい。

 カノンの様な肉体的な強さも、アリアの様な強力魔法もないのに、迫力だけは1番だな。


 結局、敵を倒せているのはフーガだけか。

 カノンは能力に経験が追い付いていない。

 アリアは覚えていることがアンバランスすぎて使い勝手が悪い。

 まぁ、問題が見えてきただけ良しとするか。


 一応ライデンも前線にいる様だ。

 流石に戦えはしないが、トップが逃げ隠れしていたらその下で戦っている奴等が馬鹿を見るからな。


「ロリィ、それじゃちょっと行ってくる」

「えぇ。面白い話を待っているわ」


 さて、俺は俺の仕事をするとしよう。


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