012_傲慢なる訪問者

 翌日、隣町の町長がやって来て、俺に会いたいと要請があったことをライデンが告げる。

 何故俺に……と言う思いが半分、もう半分は何か面白いことでもあればと思い、会うことにした。


 町長宅で1番良い部屋が客間となる。

 そこにはでっぷりと太り、成金みたいな趣味の悪い服を着た中年の男がいた。

 いきなり話す気が削がれたけれど、今更なので我慢する。

 更に今更だけれど、我慢する必要はあったのだろうか。


 使用人の女性――確かパメラが、お茶を4人分入れて出ていく。

 いま客間にいるのは俺とロリィ、ライデン、それと隣町の町長とその護衛4人だ。

 その男が挨拶もなければ場を和ます世間話もなく、唐突に口を切る。


「隣町ビルモの町長アセドラだ。お前がカズトか。

 何でも魔法で町を作り直しているって話じゃないか。

 こんな田舎町は放って俺ん所をやれ、金ならくれてやる」


 なんだこいつ。


 俺が内政ゲームをちまちまと楽しんでいるというのに、人の遊びにケチを付けやがって。

 良かった気分が台無しだ。

 しかも最初から喧嘩モードで来るとか、真摯に対応しようとした俺の方が馬鹿らしい。


「馬鹿か、自分でやれ」

「いい気になるなよ小僧。

 魔術師だろうが魔法を封じてしまえば只のションベン臭いガキだ」


 その自信の裏付けは、見せびらかす様に持っている魔道具だろう。

 俺の知識を検索すると魔法を防御するお守りみたいな物だ。

 封じると言っている時点で、既に良くわかっていないことがわかった。

 そんな魔道具の防御くらい殴っただけで貫ける。


 しかし、まぁ良い。

 折角だから、こいつにも実験の役に立って貰おう。


「欲しかったら力尽くで来い」


 俺の言葉に驚いたのはアセドラではなくライデンだった。

 ライデンが驚いたことに、俺の方が驚くわ。

 俺が主導になってやり過ぎたか。

 もし俺が居ない時はライデンに守って貰わなくてはいけないのだから、折角の機会だし戦いに慣れて貰うのも良いな。


「小僧が……出来ないと思っているのか?

 潰して資材だけ持って行ったって構わないんだぞ。

 こんな田舎町がなくなった所で、上も気にしやしない。

 返って小さい町は潰して一纏めにしてくれた方が良いくらいに思っている」


 弱い者が淘汰される吸収合併は世の常だ。

 勝手にまとまって効率化され、税収が上がるなら多少の粗相はお目こぼしされる可能性は高い。

 気が付いたらそれが手に負えなくなっているものだが。


 今この町は俺への感謝という『思いの力』で溢れている。

 ここでこの馬鹿が攻めてきたとして、町人の思いはどう変わるだろうか?

 攻められる要因を作った俺に幻滅して、落胆や失望に変わるか?

 悪意には足りない気がするな。

 それでも、大量に人が死ねば怒りか恨みに変わると思う。

 こういった負の感情は伝播しやすいから、意外と簡単に染まるかもしれないな。

 しかし3000の駒の色が変わった所で、所詮は3000に過ぎない。

 それじゃ意味がなかった。


 攻めてきた方はどんな感情で攻めてくるか。

 町人がくわを手に向かってくるわけではないだろうから、来るのは雇った傭兵や奴隷と思われる。

 ならば怒りはなさそうだな、この馬鹿以外は。

 どんどん住み良くなっていくこの町に対して、羨望や嫉妬くらいはあるか?


 今一思いがバラバラすぎてまとまりに欠けるな。

 これじゃ今より『思いの力』が弱くなりそうだ。

 せめて怒りか恨みに変わるなら、こちらの手駒の変化と合わせて上乗せになるんだが。


 この辺は一度やってみないと俺も結果が読めない。

 まぁ何事も経験だ。

 何せ俺は知識があっても経験がないから、こういう時は知識を上手く扱えない。

 全ての知識を精査し認識し直せばまた違うのだろうけれど、所詮は経験を伴わない偽物の記憶だから、ちぐはぐなのも仕方がない。

 そういったことを減らす為にも、まずはこの町の手駒で実験するつもりだ。


「ライデン、覚悟を決めろ。

 いつまでも俺が居るわけじゃないから、自分の町くらいは自分で守れ。

 その為の知恵と力は貸すから、人を集めろ」

「わ、わかりました……」

「わかったなら直ぐににアセドラを拘束しろ。

 別に殺しても構わない」

「なんだと!?」


 お前が何故驚く!?


 今度はライデンより早くアセドラが反応した。

 まさか喧嘩を売りに来て、買われたことに驚いている訳じゃないだろうな。


「いや、今から潰しに来ると言っているんだから、わざわざ町まで返す理由がない」

「ライデン、ぼけっとしていないで、外にいる衛兵に仲間を集める様に命令しろ。

 戦いはまず数で負けていたら話にならない。

 数の脅威を覆すには圧倒的な練度の差が必要だ」


 北のダンジョンから取ってきた『魔力炉』がある為、最近はこの町に魔物が寄ってくるから、それを狩る冒険者の練度は上がっている。

 しかし、衛兵の練度は治安維持程度では殆ど上がらない。

 衛兵が駄目なら傭兵を雇うか冒険者を上手く使うか、それとも奴隷の使い方を工夫すれば面白いかもしれないな。


「ちょっと待て!

 俺に手を出したらどうなるかわかっているんだろうな!」

「手を出したらどうなるかは知らないが、手を出さなければこの町が襲われるんだよな。

 それより悪いことになるのか?」


 喧嘩を買われると思っていなかったのがみえみえだ。


「何も皆殺しにしようって訳じゃない、資材を分けて貰おうってだけの話だ」

「この町の資材は、この町を魔物やあんたの様な外敵から守る為に用意された物だ。

 それを奪い取ろうという時点で、皆殺しとは言わないまでも似た様なものだろう」


 俺が言い終えると、丁度衛兵が5人ほど入って来た。

 アセドラの護衛がアセドラを守る様に立つが、分の悪さを感じているのが伝わってくる。

 護衛はそれなりに身に覚えがありそうだが、人を1人守って戦わなくてはいけないこと、そして魔術師である俺が居ることを考えると、余裕を見せることが出来ない程度には状況を理解している様だ。

 出来ていないのはアセドラ本人だったりするからタチが悪かった。


 客間の3人掛けソファ。

 その中央に座り、胸を反らして威圧するかのように睥睨へいげいするのは、隣町ビルモの町長アセドラだ。


「俺に手を出して、ただで済むと思うなよ」

「だから、戦争するんだろ?

 むしろ、もう喧嘩は売られたんだ。

 逆にこっちから攻めてお前の家族を先に皆殺しでも良いな」

「なっ、貴様それでも――」

「もう御託は良い、喧嘩は買った。

 戦争はやる、お前は殺す、お前の家族も女子供関係なく殺す。

 それで良いだろう。この男を捕らえろ」


 ……誰も動かない。


 俺に命令権はないしな。

 まぁ、動かないのは命令権がないせいだけともいえないか。

 今この部屋にいる誰もが色々なことを考え葛藤しているのだろう。

 戦争になるかもしれないのだから、それが自然だ。

 考えていないのはロリィだけでいい。


「カズト様。よ、宜しいでしょうか」

「構わない」


 ここはライデンが空気を読んでくれると良いんだが。


「カズト様は先程、自分の町は自分で守れと言われました。

 そんな当たり前のことを言われるまで、私は覚悟が出来ていないことに気付きませんでした。

 なんとかここは穏便にすませることは出来ないでしょうか」


 ライデンは空気が読めなかった。

 冷や汗を垂らし、恐る恐るといった感じだ。

 戦争も辞さないという俺の覚悟は伝わっているようだが、戦争となれば人が死ぬ。

 それを受け入れるのは簡単じゃないか。


 あれ……俺が悪いのか?

 そんな事はないよな?

 傲慢な態度で人の物を奪おうとしたアセドラより、なんか俺の方が恐れられている気がするんだが……

 きっとライデンも初めてのことに動揺しているだけに違いない。


 まぁ、自分の町で戦争が起こるなんて現実味がなかったのだろう。

 魔物やちょっとした強盗くらいは想定していたかもしれないが、町対町での戦争まで普段から想定しておけと言うのは、無茶な話しかも知れない。

 平和ぼけしているのは町長だけともいいきれないしな。


「恐らく町の者も同じ気持ちです。

 このまま戦いになれば、疫病から逃げた様に戦いからも逃げるでしょう。

 カズト様にご尽力を頂き、折角復興を成し遂げたこの町もまた廃墟に逆戻りです」


 町への帰属意識が欠如している……か。

 何か明確な象徴たる人なり物があってそれが侵されそうとかなら、町の為にと思う人もいるかも知れないが、今のこの町にそんな物はない。


「ですが、これから先もこのままで良いとは思っておりません。

 時間を頂けませんでしょうか、町人の意識改革をしたいと思います」

「時間をどうするかはその男が考えることで俺じゃない」


 アセドラはしばらく事の成り行きを見守っていた。

 ライデンではなくアセドラの方が空気を読むとか……


「儂も少し強く言い過ぎた。

 今回のことはなかったことにしたい。それで良いな」


 どう見ても、この場さえ凌げれば後はどうにでもなるといった顔だ。

 面白いから返答はライデンに任せよう。


「ライデン、町長の決断だ」

「アセドラさん、今日はもうお帰りください。

 出来ればこのままそっとしておいて頂きたいのですが」

「それはそっち次第だが、今日はこれで帰るとしよう」


 ライデンのこの甘さがどんな結果を生むか楽しみだ。

 俺の駒を簡単に減らす様なら他の奴と入れ替えよう。


 アセドラは堂々と帰っていったが、それが精一杯の虚栄に見えたのは俺とロリィだけのようだ。

 だが、下手をうって敵地で身柄を拘束され掛けたとは思えない態度は、中々見事だった。

 ライデンにアセドラくらいの度胸があればまた違う結果もあっただろうが、既に事は動き出している。

 ここはお手並み拝見と行こう。


「ライデンの決断が最悪の結果を生まないことを祈っている」


 ライデンは慌てて首脳陣を呼び寄せる伝令を出すと、退出の許しを得て下がっていった。


「ライデンは何故アセドラを殺さなかったの?」


 俺と2人だけになった客間で、ロリィが眉を寄せ理解出来ないという顔をしている。


「殺さなければ本当に攻めてくるかどうかは可能性のままだ。

 殺せば程度の差はあれ、何かしらの敵対行動は取ってくるだろうな」

「将来敵になりそうな芽なら、先に刈り取っておいた方が面倒がないと思うけれど?」


 全くだ。

 その方が楽しそうだから、と放っておく俺とは違うはずなんだが。


「町人が争いを嫌ってライデンの独断専行と断じ、隣町ビルモの意見を尊重する可能性が高いと踏んだのだろう」

「自分たちの富を略奪すると言う奴の方に付いていくとか、人間は面白いわね」

「先延ばし出来る問題は先延ばししたいのさ。

 それが取り返しの付かないことになるとしてもだ」

「短い人生で先送りしている余裕があるとは思えないのに」


 永遠を生きるロリィからしたら、平均寿命が50歳という人間の寿命は本当に短いのだろう。


「俺の読みでは2週間でアセドラは来ると思う」


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