011_俺の資産はゼロどころかマイナスだった

 打ち合わせをした夕方には『魔力炉』を持って現れた俺に上層部は大慌てとなり、至急寄って来る魔物の対策をとる為の作戦会議が開かれた。

 それは俺が面倒みるから、さっさと冒険者を集めろという一言で終わったが。


 それから1週間が過ぎて、町の人口は1500人に膨れ上がっていた。

 奴隷が集まり、冒険者も集まり、商人が集まり、それ以外にも景気の良い町に仕事を探しに来た出稼ぎ組が集まる。

 宿泊施設の不足から町の周りには多くのテントが築かれていた。


 人が多くなると途端に町が臭くなった。

 最初は腐乱死体の匂いで気付かず、その後も『浄化』『洗浄』をしたので気付かなかったが、ところどころにある肥溜めが処理能力を超えていた。


 俺がこの町にいるなら『浄化』『洗浄』でどうにでもなるが、いちいちその為に巡回するとか馬鹿らしいので、対策は町人に任せる。

 この世界には下水があった。

 ただ、技術的には可能でもメンテナンスが難しい下水は、魔法技術との併用によって実現され、最終的には大河へと通じている。

 化学薬品的な物が存在しないこの世界では、自然の浄化作用により希釈分解されるので問題がないのだろう。


 と言うことで、ちょうど出稼ぎ組がいることもあり、上下水道の完備を優先させる。

 ただ、この町には土木ギルドがないので、隣町で仕事にあぶれていた職人を設計および現場監督として引き込むことにした。

 それらの教えで技術的なことはどうにかなったが、資材の石から用意していたら時間が掛かり過ぎて俺の鼻が耐えられない。

 結局、俺がサクッと山に行き『風刃』で適当に切り砕いて『時空鞄』で運び込む。

 資材と人手と職人がいるのだから、後はどうにでもなるはずだ。


 さらに1週間が過ぎ、人口が2000人に増えていた。

 人が増えたことでちょっとしたいざこざも増え、元の衛兵だけでは手が回らなくなりはじめたので、隣町の傭兵ギルドから人を雇うことで対応する。


 テントがどんどん町の外に増えていくのも、治安維持の面で面倒だ。

 景観は悪くなるが一時的なものとして、『土壌整形』を使って集合マンションを作り、そこに強制移住させる。

 元の世界で言うところのウサギ小屋と呼ばれるそれは、この世界の住人にとって牢屋のような物だろうが、気にしないことにした。


 文句は俺に言え。

 そう思っていたが、一切の文句が出なかったのは謎だ。


 また1週間が過ぎると、人口がさらに増えて2500人に達していた。

 行政が全く追いつかなくなったので、出稼ぎ組から読み書きと算数が出来るやつを選び出し、簡単なことから手伝いをさせる。

 しかし、これはうまくいかなかった。

 教える方に手間が掛かり、肝心の業務自体が滞ってしまう。

 そうすると工事周りに停滞が出始めた。


 仕方がないのでいったん俺の元に集め、自分で教えることにする。

 俺自身は知らないが、俺の知識が必要なことを知っているので問題ない。

 行政の方は商業ギルドから人を派遣してもらうことで、何とか急場をしのぐ。


 3人娘はこの1ヶ月しっかりと学び、一通り台帳を付けられるようになっていた。

 ついでに多少の淑女教育も受けているようだ。

 粗雑な雰囲気だったのが、ちょっとは品のある雰囲気を持つようになっている。

 だが、流石に町長レベルでは貴族のお嬢様レベルには出来ないようだ。


 仕方がないので、3人娘にも俺の知識を与えて淑女育成計画を実行する。

 しかし1日では覚えてくれなかった。

 残念ながら継続は力なりという言葉に頼ることにする。


 良いこともあった。

 3人とも絶望していたので心を折る手間もなく洗脳できた。

 内容は俺の言うことを聞き、俺の為に生きろと言うものだ。


 どうしたら人の思いを誘導できるかという実験の結果だが、自殺しようとしていたのさえ諦めるくらいの効果はあった。

 特に、スパルタで教育を受けさせた後に、旨いご飯を与えるといった洗脳には目を見張る効果があった。

 飴と鞭とはさすが賢人の言葉である。

 自己啓発とか言う授業の元、様々な偉人の言葉を学んだ俺に隙はない。


 3人娘には食事を必要以上に与えていたこともあり、血色も良くなっている。

 これでしばらくは壊れないだろう。

 長く働いて貰えるようで何よりだ。


 そして、教育の結果を見せて貰おうと早速台帳を付けてもらったところ、俺の資産はゼロどころかマイナスだった。

 3人娘が顔を見合わせてから小さく笑う。

 いつの間に笑顔を見せるようになったのか、見るの初めてだ。

 感情は死んでいたはずだが、生きることを選んだことで何か変化があったのかも知れない。

 それ自体はマイナスだと考えている。

 手駒であるならば機械的に物事を処理してくれた方が良いし、そこに感情は邪魔なだけだ。


 とは言え、絶望に伏せている顔よりは笑顔が零れるくらいの方が、見ている俺としては気分が良い。

 それに、笑顔を向けられる程度には信用も得ている、と思うことにしよう。

 全てが思うがままとはいかないが、実験が順調に進んでいるようで俺も満足だ。


 とりあえず、保護した3人娘は俺の方で賄う必要があるので、行き掛けの駄賃で狩っていたダンジョンの魔物を放出する。

 服だ装飾品だ楽器だ舞踊だと、淑女教育にはお金が掛かるらしく、親代わりもなかなか大変なのである。

 しかし、俺にイモくさい田舎娘を連れて歩く趣味はない。

 よってこれは必須事項だ。


 ついでに、高級素材が大量に持ち込まれたことで、町は1週間に渡るお祭り騒ぎとなり、それに合わせて3人娘も忙しく台帳と睨めっこすることになった。


 そして1週間後。

 人口が3000人に達した頃に、町の外を覆う柵――いや壁が完成した。

 出来上がったのは石壁だ……途中で計画を変更したからな。


 建築ラッシュが始まり、木材不足で柵に回す余裕がなかった。

 ロリィにも手伝わせて毎日のように石材を用意していたおかげか、奴隷を含む十分な人手の元でみるみる間に完成していた。

 ロリィもいい汗を流して働いては、ご飯が美味しいと喜んでいる。

 たぶん石壁の半分はロリィが完成させたのだろう。

 リズミカルに作業指揮をとる姿は、なかなか堂に入ったものだった。


 この町で1番高い建物は、5階建ての集合マンションになる。

 俺はその屋上から町を眺め、ある種の達成感を味わっていた。


 元の人口の3倍に達したこの町は、非常に活気の溢れる町に変貌した。

 今はまだ手を付けていないが、『魔力炉』を使った各種動力を導入すれば、さらに利便性が上がりますます発展するだろう。


「落ち着いてきたみたいね」

「そうだな。なんでこんなに忙しい思いしていたのか今更疑問に思うが」

「本当に今更ね。

 でも、随分とカズトへの『思いの力』は集まっているわよ。

 このまま進めていても良さそうだけれど?」

「次は敵を用意する番だな。

 明確な敵が現れることで、人の思いは一方を示すようになる。

 そのままでは『思いの力』も敵に向かうが、一時的な思いに価値はない」


 本当に欲しいのは、揺るぎない思いだ。

 それは強ければ強いほど望ましい。

 強い思いは人を巻き込んで進み続ける。

 その中心に俺がいれば、裏切るのは簡単だ。


 いつしか弾けんばかりに大きくなった時――


「お前たちは利用されていただけだと知らせれば、すべてが俺への悪意に染まる」

「それが決まれば、理想的な『思いの力』になる訳ね」

「ああ。ただ、失敗して最初からやり直しとかは避けたいから、育てられるだけ育ててからだな」

「それには同感よ」


 俺は振り向いて背後に控える3人娘に声を掛ける。


「そう言う訳で、聞いていた通りだ。

 俺は正義の味方じゃないし、これからやることも良いことじゃない。

 最後にはみんなを騙すだろう。

 許せないと思うならこれ以上付き合わなくてもいい」


 3人娘は顔を見合わせるとそろって首を縦に振り、最近まとめ役になりつつある1番年上のフーガが代表して答える。


「私たち3人は同じ日に救われて、新しい人生を得ました。

 生ある限りカズト様に付き従います。

 カズト様がされることがどんなことであれ構いません。

 誰かを殺せというなら殺します。

 私たちはすでに人殺しですから」


 3人娘を穢した馬鹿どもは、すでに全員が処刑という名の復讐で死んでいた。

 その時、感情もなく馬鹿どもの胸にナイフを突き立てる3人娘を俺は見ている。


 洗脳の効果は確実に出ているようだな。

 これなら俺の駒として使うにも不足はない。


「その強い『思いの力』がひっくり返る時が楽しみね」


 ロリィが試すように声を掛ける。


「そんなことはありません」

「あら、でも聞いていた通り、ひっくり返すのがカズトの望みよ?」

「そ、それは……それでもひっくり返りません」

「まぁ、いいさ。どうなるかは先のお楽しみだ。

 付いてくるというならしっかり付いてくればいい」


 どちらに転んだところで3人には違いない。

 計画に対してその程度の『思いの力』は誤差範囲だろう。


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