007_これはなかなかどうして良いものじゃない?

 俺は適当な高さに浮かび上がると、認識魔法の『索敵』で周りの状況を調べる。

 一気に頭に流れ込んでくる大量の情報から食材になりそうな動物や魔物をピックアップし、リスト化された情報を地表に文字として表示する。

 後は手身近なところから狩って回るだけだ。


 獲物を狩るのにちょうど良い魔法は……風属性魔法の『風刃』か。

 ヒグマみたいなやつの首を切り『重力操作』で血抜きをし『時空鞄』に放り込む。

 でかいダチョウの首を切り『重力操作』で血抜きをし『時空鞄』に放り込む。

 マンモスみたいな猪の首を切り『重力操作』で血抜きをし『時空鞄』に放り込む。

 以下略。


 ロリィと2人で近場の大物を狩りつくし、小1時間ほどで町へと戻る。

 指示しておいた通り火の用意がされていたので、こちらも早速準備に取り掛かった。

 まずは『時空鞄』からヒグマを取り出し『風刃』で切り刻む。

 ついで、適当な大きさの肉片にして『洗浄』『浄化』したテーブルに積み上げる。

 念の為に肉も『浄化』しておいた。


「さぁ、焼き肉パーティーだ。好きなだけ食べてくれ」


 一連の動作を、言葉通り目を丸くして見ていた町人から歓声が上がった。

 よほどお腹を空かせていたのか、中には涙を流しながら肉を焼き始める姿も見られ、中には生焼けの内から口へと運ぶ者もいた。

『浄化』しておいたのでお腹を壊すことはないだろう……


「これだけの食料を惜しみなく分けてくださり、なんとお礼を申し上げればよいか。

 ただひたすら感謝の念が尽きません」

「気にしなくていい。考えあってのことだ」


 好きなだけ食べれば良い。

 そして、丸々太って俺の為に働く駒となれ。

 まずはこの村で『思いの力』がどう動くのか実験だ。


「カズト様、ロリィ様。

 焼き上がりましたのでこちらをどうぞ」


 案内をしてくれた女が、いい感じに肉汁の滴る肉を持って来た。

 見た目は合格だが味の方はどうかな。


「……いけるな」


 肉は想像以上に旨かったが、調味料が塩だけというのはすぐに飽きそうだ。

 これは早急に対策を取るべき案件だな。


「ロリィ、どれだけ食べるつもりだよ」

「いや、これはなかなかどうして良いものじゃない?

 わたしは気に入った。カズトももっと食べると良い」


 はじめは気が乗らなそうだったのに、食べ始めたら止まらない。

 俺にも覚えがある。


「美味しいのは自分で用意したのも理由の1つだ。

 体を動かして獲物を狩るだけじゃなく、より美味しくなるように知恵を絞って料理を覚えていくと、尚美味しく食べられるぞ」

「ふむ、悪くないわね」


 お腹を満たした町人からも感謝の言葉をもらう。

 人の心は胃袋から掴むとは賢人の知恵か、素晴らしい。

 まずは、このまま餌付けをして100人の駒を手に入れよう。

 手駒が多ければ出来ることも増える。


 この国の人口は、さすがに元の国ほど多くはないようだ。

 普通の町でだいたい1000人ほど。

 大きな町なら3000人、要所となる町で1万人。

 さすがに地方都市や王都ともなれば数万から数10万といった人口になるが、全てを合わせても俺が生まれた都市の人口に満たない。


 まぁ、だいたいの目安として考えるなら、国に影響を与えるには数万人ほどは手駒が必要になるな。

 まずはそれを目指し、餌を用意する事から始めるか。


 ◇


 俺が餌付けをしつつ人心を掌握して1週間が過ぎていた。

 長居をしているのは、この町で計画通りに事が運ぶかどうか様子を見ている為と、日に日に町へと戻ってくる住民全員を相手にしていたからだ――主に食料の面で。

 その数は増えに増えて、今日現在1200人近い。


 元々、この町には1000人ほどが住んでいた。

 当初の人口より多いのは、人の移動に合わせて商人が入ってきたからだ。

 大量に人が動けばお金も動く。

 利に聡い商人が集まってくるのは自然だった。


 だが、努力は実った。

 俺は町を疫病から救い出し、食を与え、保護し、近隣の魔物を狩りつくして安全と開拓の手助けを行い、魔物の素材を提供することで資金を得て町の再建に尽くした。

 それは町人全員の喝采をもって迎えられ、ここに手駒が増えたことを実感する。


 しかし、あろうことかせっかく増やした手駒を減らす馬鹿どもが現れた。

 俺が狩りに出ている間に現れたそいつらは、50人程度で町の南から入ってくると、年寄りと男子供を殺し、食料と金目の物を奪い、女を攫って逃げていったという。


 せっかく増えた手駒が200人も減った。

 この怒りは馬鹿どもを相手に晴らすしかあるまい。


「折角カズト様のおかげで、町に活気が戻ってきた矢先だというのに、なんと労しいことか」


 ライデンを先頭に、多くの町人が別れを告げに集まっているのは、町の外れにある墓地。

 そこに埋められていく2度と動かない人々を前に、啜り泣く者、既に泣き枯れた者、怒りと憎しみに染まる者、それぞれが思い思いの感情で見送っていた。


 悲しみは人それぞれだ。

 かく言う俺も、見掛けた顔がそこに横たわっているのを見れば、怒りの感情くらいは湧いていた。

 町を散策している時、後をずっとついて回っていた女の子が埋められていく。

 振り向くとはにかんだ笑顔を見せる、ちょっとおませな女の子だ。

 自分は何も食べず、全部子供に回していた母親が埋められていく。

 いつも子供を気遣う優しい女性だった。


 俺の知識には過去の様々な悲しい出来事も記録されている為か、今の感情が怒りや悲しみに満ちているはずなのに、それを客観的な物として感じていた。

 おかげで冷静に復讐が出来る。


 俺の知識の中に『蘇生』魔法が存在した。

 だが、蘇生出来るのは魂がまだ『世界の記憶』に取り込まれる前という条件があった。


『世界の記憶』とは言葉の通り、この世界で起きたことがすべて記憶されている。

 この世界その物を構成する核であり、最高神の秘術により作られた『世界の記憶』。

 その中に俺たちは存在する。

 ちなみに『索敵』は『世界の記憶』を垣間見る魔法でもある。


 もし『世界の記憶』が覗けたなら、全知全能も夢ではないかも知れない。

 もっとも、到底人に扱える情報量ではなく、その記憶の一部を垣間見ようとしただけでも廃人となるだけだ。


 いくら俺が知識を与えられたといっても、それはあくまでも人に扱えるレベルの知識であって、歴史を含めて全てではない。

 知っているのは人の記憶として語り継がれていることや、一般常識だけだ。

 ちなみに、この知識はロリィの記憶でもある為、多少ポンコツである。


 死んだ町人は既に『世界の記憶』に取り込まれていた。

 残念ながら、狩りに出ていた俺には間に合わなかった。

 もし、間に合ったとしても、今この場で使うべきかは判断に迷うところだが。


 でも、代わりに出来ることはある。


 俺はさっそく『索敵』で馬鹿どもを探す。

 なんの接点も情報もない為、馬鹿共を直接探すことは出来ない。

 ある程度人の集まった場所を特定することは出来るが、小さな村か馬鹿どものアジトかの区別は付かなかった。

 いちいちライデンに確認を取るという手もあるが、それよりも、連れ去られた女たちの中には見知った者もいたので、そこから追うことが出来た。


 その結果、馬鹿どもは南に向かう街道から少し離れたところにある洞窟に居住を構えているとわかった。

 ロリィが町人そのいちにいさんを殺したのもその辺りだな。

 思えばその風貌や態度は町人らしくないし、話すことは下種なことばかり……どう考えても盗賊の類だった。

 ロリィに瞬殺された時は憐れみを感じたものだが、今となっては俺に殺させろと言いたい。


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