006_同じ人を好きならそれは仲間でしょ
気分を悪くしたロリィが、ようやく落ち着きを見せはじめたのはしばらくしてからだ。
「ありがとう……」
「涙目になるくらいなら、付いて来なければいいのに。
町人そのいちにいさんを殺した時に、思いっきり心臓を貫いていただろ」
「あれは腐っていないし虫もいなかったじゃない。
これとは全然別物よ。
大体なんでカズトは平気なのよ」
「気分が悪いとは思うけれど、なんだか平気だな。
きっと俺の知識の中には、もっとひどい状態が記憶されているんじゃないか。
いちいち思い出したいとは思わないが」
もし思い出せば、俺もロリィのことは言えないだろう。
平和な世界で育った俺にグロ耐性があるとは、とても思えない。
「あの、よろしいでしょうか?」
話掛けてきたのは、先ほどまとめて『浄化』『回復』した人々の中にいたらしい初老の男だった。
今では死に掛けていたとは思えないほど元気そうだ。
ただ、酷く汚れていたので『洗浄』を使い、ついでとばかりに広間にいた100人ほどをまとめて綺麗にした。
どこからともなく現れた泡の波が、体と衣類の汚れを洗い流し、再びどこへともなく消えていく。
ロリィと同じように溺れた様子を見せる者もいたが、それも直ぐに収まった。
「この様なことに大規模魔法を使っていただけるなど、なんと感謝したらよいか」
男が感謝の言葉もないといった感じで地面に平伏すと、併せて他の町人も平伏した。
そんな大げさなことだったかと、今更自分の記憶を検索する。
わかったことは、どうやら大規模魔法が使えるのは優秀な魔術師の血統を維持している貴族階級に多いらしく、俺がそれにあたると思われたのだろう。
「俺は貴族じゃないから、そこまでの必要はない」
「されど、同じことでございます。
見捨てられた町を助けて頂いたのです。
私に出来ることでありましたら、如何様なことでもさせて頂きます」
男は町長のライデンと名乗った。
そのライデンは、特に聞いてもいないのに事情を説明し始める。
その話によると、ある日、井戸の水を飲んだ男が倒れ、体に青い痣が浮かび上がったそうだ。
苦しむ男を介抱していた者にもその痣が広がり、次々と町中に広まったらしい。
幸い、早くに町から逃れた者も多く、この程度の被害で収まったとか。
「事情はわかったが、別にそれはどうでもいい。
何でもすると言ったな。
なら今日からしばらく厄介になるから衣食住の面倒を頼む。
実は持ち合わせがないんだ」
「その様なことでございましたらお安い御用です。
実はわたくし、上級魔術師様とお会いするのは初めてでございます。
お恥ずかしながらどの様におもてなししたよろしいか、皆目見当も付かぬ次第でございまして」
「取り敢えずベッドと食事を用意してくれたらいいさ。
後は必要になったら言うから」
「わかりました、すぐにでもご用意いたします」
ライデンは何人かの男に食料の調達を頼み、また、何人かの男に町の無事を伝えるよう近隣の町や村に向かわせたようだ。
それから使いの女を呼び出し、俺たちを迎え入れる部屋を準備するよう指示を出した。
「お部屋の用意が出来るまで客間の方をご利用ください。
ご案内いたします」
ライデンが案内してくれたのは恐らく自宅だろう。
町一番とも思える大きさで、品の良い館だった。
木造の建物が多い町中にあって、石造りなのもここだけのようだ。
まぁ、大きいと言っても俺の感覚からしてだ。
多分、貴族の館なんかはもっと凄いんだろうな。
ホール横の客間に案内された俺は、ロリィと2人きりになりようやく落ち着く。
「気分はどうだ?」
「そうね、直視しなければ大丈夫かな。
それより、悪意を集めたいのに、感謝されてどうするのよ」
「死んでいたら悪意を集めるどころの話じゃないだろ。
それに100人程度をコツコツ集めていてもキリがないさ。
100人を仲間に引き込んで、それを駒に1000人の人心掌握だ。
それだけいれば、次は近隣の町を狙える。
少しずつ大きくしていって、時が来たら『俺は魔王で。おまえたちは魔王の手先だ』と言えば、みんなが俺を裏切り者と呼び悪意に染まるだろ。
俺一人が頑張って飛び回っても、そこを離れるそばから俺に対する想いが失われていくようじゃ意味がない。
やるならまとめて一気にだ」
「一応考えているのね。
ならばカズトのすることに口出ししないわ」
まぁ、思ったことを言っただけで、それで上手くいくかどうかはわからない――などとはわざわざ言わない。
確証バイアス的に言えば、人は信じたいものを信じる。
ならば信じたいものを用意すれば良い。
目の前に美味しい餌があれば、人は頑張るだろう。
後は何を餌にするかだ。
「地方都市辺りまで洗脳が進んだら、しばらく花の学園ライフでも楽しむさ」
「本気だったの?」
「本気も本気。
甘く切ない学園恋愛もしないと」
おっ、何気に美少女のジト目ってくるものがあるな。
口出ししないと言った手前、態度で示すようだ。
「まさか嫉妬とかで邪魔しないだろうな」
「する訳ないでしょ。
それこそ瞬きするような時間で枯れる人の恋心なんて、気にするだけ無駄よ。
それに嫉妬というのは私がカズトに惚れていなければ成立しないわ」
「それは安心した。
ロリィが俺に惚れたら、近付く子がみんな殺されてしまいそうだ」
「殺さないわよ。
だって同じ人を好きならそれは仲間でしょ」
なんか善人ぽいことを言っているが、状況が変わると考えも変わる。
そしたら今は良いと思っていても、後になったら悪いになっているかもしれない。
ロリィは悪いことに対するならば容赦しない可能性がある。
朝起きたらベッドが血みどろだったとか笑えない話だ。
日が地平線に差し掛かってきたころ、食事の用意が出来たと使いの女が来た。
案内されて向かった場所には、長テーブルがあり、粗末な食事が用意されていた。
「……申し訳ございません。
精いっぱい集めさせたのですが、食材は傷み、狩りをするにも道具が持ち出されていて獲物を狩ることが出来ませんでした」
ライデンは恐縮してやまない。
別に贅沢をする気はないが、さすがに木の実と果物では食事をしたという気がしない。
ライデンの様子を見れば、精いっぱいのことをしてくれたのは伝わってくる。
まぁ、無理なものは無理、そこを責めても仕方がない。
「構わない。ただ、さすがに物足りないな。
ちょっと食材を集めてくるから待っててくれ。
ロリィはどうする。一緒に来るか?」
「そもそも、食事をする必要がある?」
どうやら不老となった時点で、魔力をエネルギーとして身体機能を維持することが出来るようになったらしい。
その為、食事をしたり睡眠をとったりする必要がないようだ。
とは言え、食欲とか睡眠欲自体はある。
微妙にポンコツな仕様の気もするが、食べ物を味わえるのは助かった。
「食事は大切だろ、至福の時間だぞ」
「そう? まぁ物は試しとも言うわね。
それじゃ狩りに付いていくわ」
「と言うことだ。
肉を集めてくるから、庭で火の準備をしてくれ。
ついでだから町人全員呼んでおいてくれれば、振る舞えるくらいは集めてくる」
「よろしいのですか?」
「ついでだからな」
後の準備をライデンに任せ、俺はロリィと外に出て『飛行魔法』で上空に浮かび上がる。
それを見た町長を初めとする町人が驚きの様子を見せたが、空を飛ぶ魔法の存在を噂では知っているようで、パニックにはなっていない。
さぁ、狩りの時間だ。
魔物の強さを実感しておくには丁度良いだろう。
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