005_病に侵されし町

 俺の提案を聞いたロリィは、絶句していた。

 何故だ?


「カズト……あなた、なんて性根の悪いことを考えるのよ」

「いや、むしろ悪意を集めろとか悪いことを言っているのに、なぜ気付かないんだよ」

「当たり前じゃない、私は善人なのだから」

「問答無用で村人そのいちにいさんを殺しておいてそれはどうなんだ?」

「悪いやつを倒したのだから善人でしょ。

 そもそも神様が善人じゃなければ誰が善人なのよ」


 つまりロリィにとって、人を瞬殺することに悪意はないということだ。


「悪い神様もいるだろ?」

「悪いことをしたら神落ちするから、悪い神様なんているわけないじゃない」

「悪意を集めることは悪いことじゃないのか?」

「えっ? 進化に必要なことをするのになぜ悪いの?」

「そこまで素で思っているなら良い、思考がだいたいわかった」


 ロリィが善意で行っている限り、神落ちというのはないらしい。

 途中で気が変わったらどうなるんだか。

 もっとも、俺が気を回す必要もないか。


 悪意は直ぐに集めやすいが、大量に集めるとしたら意外と大変かもしれない。

 思いが変わった時の方が強いエネルギーだというのだから、初めは善意を集める方が結果的にはプラスになるはずだ。


 善意と見せかけて私腹を肥やしてやれば、噂になり勝手に伝播して行く。

 そして、誰もが富を求めて集まってくるに違いない。

 それを与えるのが俺であれば、思いもまた俺に向かうはずだ。


 どうせなら信仰のレベルまで達すれば楽な気がするな。

 そこから悪意に染めるのは裏切るだけだ。

 折角集めた富がどんな目的の為に集められたのかを知った時、人々の思いは悪意となって俺に向くだろう。


 まずは、そんな感じで進める。

 作戦が決まれば後は、適当な町にでも行って試すだけだ。

 時間はあるのだから、最初は実験のつもりであたって砕けてみるか。


 道中、遭遇した村人をロリィが死刑した以外には特に変わった出来事もなく、緑豊かで陵丘が続く街道を歩いていた。

 最初はピクニック気分で歩いていたが、さすがに何もないと飽きてくる。


「なぁロリィ。飛行魔法や空間転移といったお手軽な移動方法はないのか?」

「はぁ……その呼び方、変える気がないのね。

 まぁいいわ。一時ひとときの名前に意味なんてないから。

 それで飛空魔法ね。それくらい当然あるわよ」

「あるのかよ!?

 先にそれを教えてくれると助かるんだが」

「なにを言っているのよ。もうあなたの知識にあるはずだわ」

「えっ、そうなのか!?」

「無理やり記憶を入れ込んだからカズトが覚えている気がしないだけで、知識としてはきちんとあるわよ。

 意識して記憶を探ってごらんなさい」


 言われたように、飛行魔法について知っていることを思い出してみる……本当に知っていた!?

 複数の魔法を同時に行使する関係上、上級魔術師の中でも限られた人だけしか使えないようだが、自分に使えるのなら問題ない。


「できそうだ」

「当然よ。少しは敬う気にもなった?」

「最初の姿ならともかく、そんな見た目じゃ子供が背伸びしているようにしか見えないしなぁ。

 でも力そのものには感謝しているよ、ありがとうロリィ」

「そ、そう? 良かったわ」


 腕を組んで仁王立ちする美少女か……3年は長いぞ。


 重力魔法の一つ『重力操作』を使えば、すぐに空を飛べるようになった。

 頼りない浮遊感に最初こそ戸惑いもあったが、慣れれば重力から解放された感じで凄く気分が良い。

 なんとなく解放された気分になりたくて、露出癖に走る人の気持ちも理解できてしまう危うさだ。


 他にも次元魔法で『空間転移』とかもあったが、行先指定に現地のイメージが必要だったので、一度は別の手段で移動しないと駄目だった。


 飛ぶのが楽しくて調子に乗りスピードを上げたら、空気抵抗で燃えるかと思った。

 治癒魔法の『再生』がなければ、一生禿げたまま生きていくことになっていたかもしれない。

 対策として風属性魔法の『風障壁』で、自分の周りを覆えば燃えずに済むようになった。

 ちなみに水の中も同じ魔法でいける。


 そんなこんなと魔法の実験をしながらたどり着いたのは、いわゆる田舎町。

 しかも、飢えと疫病で町自体が死にかけている。

 町の所々には腐乱死体があり、腐敗まではしていない死体でも体中が青黒い痣のようなもので侵食されていた。


 とりあえず気持ちが悪いので、死体は時空魔法の『時空鞄』に片っ端から放り込んでいく。

 物語で良くある『魔法鞄マジック・バック』擬きだな。

 この世界にも『魔法鞄』はあるようだが『時空鞄』ほど高性能ではない上に、貴重な素材を大量に使うらしく、当然高価だった。

 軍需品として使うほどには多くの物を格納できず、もっぱら商人が買い求める傾向にある。

 お貴族様は自分で荷物を運ばないからどうでも良いのだろう。


『時空鞄』は魔法だけで実現出来る上に、空間と空間を繋ぐ狭間の世界では時間の経過も止まるらしく、どんなに離れていてもスープの冷めない距離を維持することが出来る。

 料理を作り過ぎちゃったから、と言って温かいごはんを差し入れしてくれる幼なじみには、是非覚えて戴きたい魔法だ。


 それに、この鞄には自我のある生物が入れられないので、生死の分別が楽だった。

 生きている人間は『重力操作』で町の中央広場に集める。

 そして、死んで腐るようなことがないように『浄化』を掛け、疫病の元となった病原菌を死滅させた。

 ついで治癒魔法の『回復』を掛けておけば死ぬことはないだろう。

 折角だから再発しないように、町全体にも『浄化』を使い綺麗にしておく。


 最後に、町に入った当初から嘔吐えずいていたロリィの背中をさすり、落ち着いたところで生活魔法の『洗浄』で口周りを綺麗にする。

 もがもがと泡のような物に包まれて溺れるロリィは、美少女っぷりが台無しだ。


 というか、暗黒神なのにグロ耐性が低いな!


 自分で魔法を使う余裕がないとか、どれだけ精神にダメージを受けているんだか。

 もっとえげつない神様なのかとも思ったが、意外と人間味があることに驚きだ。


 魔法は形のない魔力を制御して魔方陣を構築する必要がある為、気を乱すと魔方陣が散ってしまい魔法として具現化しない。

 魔力の制御はなかなか難しいのだ。

 特に戦闘中ともなれば集中していられる時間も限られ、迫る死の恐怖の中で魔法陣を完成させるのは、かなりの胆力を要した。

 それでも人の可能性は侮れないもので、歴史上は高度な魔法を使いこなす魔術師も登場している。


 無形の魔力を制御するのは簡単なことではないが、長い研究の中で魔力を制御する為の魔法を最初に掛ける方法が編み出された。

 それにより、ある程度容易に魔法が使えるようになったが、代償として詠唱が必要だ。

 もっとも代償があるとはいえ、使えなかった魔法が使えるようになったのだから、小さな事だろう。

 それに、熟練者になれば詠唱なしでも魔力が制御できるようになる。


 俺の場合は魔力を直接事象として発動するので、魔法陣も詠唱も必要がない。

 もっとも、魔法を使うという意識は必要だから、ロリィのようにその余裕さえなければ使えないと言うこともあり得た。

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