第7話 フォードの入国 3

「最初に言っておくが、恨みは無しで頼むぞ」

「勿論だ。その分、そちらも手を抜いたりしないでくれ」


 フォードの警告に、サリーは張りのある声で頷いた。


 駐屯基地の側、演習訓練で利用されるような、サッカーコート三つ分ほどの広い荒野にて、両者は10メートル程の距離を開けて向かい合っている。

 二人の周囲は見物の兵士達が取り囲み、輪の先頭はカーボン製の透明な盾を構え、簡易的な柵を作っている。見物に来た兵士たちの数は、駐屯基地に所属するほぼ全員。


 兵を統率するリーダーと魔導機の、一騎打ち。例を見ない戦闘のカードに、鳴り止まないざわつきが囃子のように空間を埋め尽くしている。

 そこの一角に紛れながら、クリムは気が気ではない状況に胸を押さえていた。


「……正気じゃない」


 素直な感想だった。実際に面と向かっていえばサリーの拳骨(恐ろしく堅く重い)が飛んできそうな物だが、それでも言わずにはいられなかった。

 魔導機。この世界で唯一『動力』を持って動く創造物の馬力は、当然ながら人の力量は軽く越えている。

 サリーが強いのは自他共に認めているが、それでも到底無茶な物だった。


 それと共に、信じ難い。

 魔導機とは、繊細で緻密な、芸術ともいえる精密機。

 それを「直ぐに作る」と、あの男は豪語したのだ。


 サリーはタンクトップの上からジャケットと各種装備を身につけ、戦闘用の兵装に身を包んでいる。身軽さを重視しているのか、装備は手に持つAKより大きなものはない。防弾チョッキの類も纏わず一般的な歩兵の装備と比べても軽装で、どう考えても――そもそも立ち向かおうという発想がおかしいのだが――魔導機に対抗する装備ではない。

 しかしそれでも尚異様なのは、何も目立った装備など身につけず、ポケットに両手を入れたままのフォードだ。

 油断なくライフルを握りしめるサリーも、その様子につい口を挟んでしまう。


「……一応聞くけど、真面目なんだよね?」

「さあな。見た目で判断すると、命を落とすかもしれないぞ」

「すまないね。どうも魔導機技師とは合間見えたことが無いんでね」


 言葉通り初めてのサリーは当然。ある程度の知識を持つクリムでさえも当惑していた。

 物質に特殊な加工を施し、魔力というエネルギーを流す、魔導機の精製。

 モノでしかない物が、動力を満たすことによって稼働する。

 それは言わば、人形に命を吹き込むような行為だ。

 今のフォードは全くの手ぶら……その対象である人形さえも持ち合わせてはいない。

 予測のできない事態に、周囲で観戦している兵士たちも、言葉少なに次の動きを見守る。


「アグニ、ルト」


 フォードが二人の名前を呼んだ。


「オイ、ガキ共。出番だぞ」

「……むすー」

「……ぷいっ」

「……おーい」


 顔を向けられ呼ばれても尚、双子は互いに左右にそっぽを向いたまま、フォードの言葉に応じようともしない。

 その様子に、フォードは思わずつんのめり、気障な態度は消え去る。


「ッお前等、まだ根に持って……いや、本来根に持つのは俺の方な筈なんだが!? お前等が俺の金を奪っていったんだぞ!?」

「だってフォード、ずっと怒ってるもん」

「ルトもなんか、今はそんな気分じゃないもん」

「お、お前等なぁ……!」


 雁として応じない双子に痺れをきらし、フォードは情けない顔で、サリーの方を見る。

 懇願するような顔に思わず吹き出しそうになりながら、サリーはその言外のお願いを了承した。


「分かったよ。今晩の夕食は、可能な限り豪勢な物を用意しよう」

「っほんと?」

「ルトもアグニも、食べたいものいっぱいあるよ! 両手で数え切れないぐらいに!」

「用意させよう。周りのお兄さん達に何でも言うといい」

「「やったぁ!!」」


 え? という声がギャラリーから重なったが、双子の精霊にはもう届かない。

 瞬く間にその体が炎に飲み込まれたと思うと、彼ら自身が炎に成り代わる。紅と蒼。激しい暴風のような二色の揺らめきが、フォードの周囲を取り囲む。


『どのくらい?』

「俺の周囲五メートル」

『焼き加減は?』

「ウェルダンでいこう。堅い奴を頼むぞ」


 男とも女ともとれない、混じり合ったような幼い声に、フォードが迷いなく答える。


『りょーかいっ!』


 弾むような声と共に、二色の炎が輪を描いて回り出す。

 フォードの周囲を取り囲むように、激しい炎が立ち上がった。


「うわっ――!」


 遠くに離れていても表皮が焦げ付くような、圧倒的な熱量。ギャラリーのそこかしこで呻きが聞こえ、皆一様に顔を覆う。


「――魔導機の作り方をおさらいしておこう」


 魂を焦がすほどの炎の中で、フォードは悠然と佇んでみせる。


「まずは『加工』。俺の場合は、アグニとルトの二人が物質を灼くことで、魔力の通り道を作る」


 やがて炎が止み、二色の炎が空に浮かぶ。


「準備いーよー!」

「ばっちり!」


 二人が離れた地面は、溶岩のように真っ赤に燃えている。


「その後、その物質を自分好みに、用途に見合うように『成形』。それが済んだら、動作システムを描いた魔法陣に自らの血を流し、魔力を込めて完成だ」


 フォードは自らの腰に手を伸ばす。

 革製のブックホルダーから古びた本を取り出し、開く。その中から手に取った紙切れは……血文字で書かれた、完全な円と魔導の呪文。

 それを宙に放り、自らの足を高く掲げる。


「だが、この『形成』がどうも面倒くさくてね……俺はちょいちょい、これを省略するのさ」


 不敵に笑うと、踵を振り下ろし、魔法陣の描かれた紙を灼けた地面に叩きつけた。

 変化は直ぐに始まった。踏み込んだその地点が青白く発光し、輝き始めた。

 幻想的な光に目を奪われていると、フォードの足下の地面が、まるで光に誘われるように動き出す。


 フォードが上空に昇っていく。

 足下の地面が、周りの土を飲み込みながら膨れ上がっていくのだ。

 まるで蟻地獄を逆さに見ているような、上空に吸い込まれていく土の渦。大きさを増していく土の塊は、次第にその形も変えていく。

 不規則に形を変形させ、すぐにひとまとまりの姿を作り出した。


 巨人だ。恐らくそれが最もふさわしい形容だろう。

 5メートルほどの土の人型。壷のような丸い体は陶器のように堅く、太く無骨な腕の先には、三本の指の同じく巨大な拳。上部には雪だるまのように、半球状に潰れた顔が取り付けられ、細い三日月型の目からは、魔導の力を感じさせる青白い眼光が輝いている。


 それらが何もないはずの地面から形作られていく様は――まさしく奇跡。神の御技に等しい行為。

 僅か十秒足らずで完成した、人型戦略魔導機。初めて見る生成の瞬間に、全員が声も出せずに呆然とする。

 クリムが、震える声で呟く。


「……『成形』を、すっ飛ばした? その行程も、魔法陣に組み込んだって言うの?」


 ただ一人……合見えるサリーのみが、異様な高揚に背筋を粟立たせた。

 盛り上がるままに巨人の頭部に立っていたフォードが、完成を見届けて軽々と降り立つ。


「フォード式魔導機H型、通称『ノーム』だ。簡易式で組成は粗いが、稼働は間違いないぞ。敵は一人、俺が指示すれば攻撃は止まる。そういうプログラムをかけてある。だから降参は早めにしろよ?」


 気遣うような優しい声音。

 サリーは……興奮に口を歪ませて、その心配を一笑に帰した。


「畏まった。こちらも、全力で望ませていただこう」


 言葉と同時、アサルトライフルがフルオートで射出され、それを合図に、陶製の巨人――ノームは、弾かれたようにサリーへと躍り掛かった。

 先ほどまで土でしかなかった物が、巨大な人の形を作り、生物のような滑らかな動きで襲いかかる。


 半径5メートルの土を集めたノームは、すなわち巨大な岩石だ。重厚な拳が、真上から叩き潰すようにサリーを狙う。

 サリーは即座に転がって回避。土の拳は地面に突き刺さり、凄まじい地響きと拳圧が周囲の兵士をのけぞらせた。

 僅かに停止した隙を見て、サリーはアサルトライフルを撃ち尽くす。反動を殺さずに、足下から頭部まで、すくい上げるように弾丸で撫でつける。


『――』

「ッ無反応かい、土人形!」


 悪態を吐き、再び転がる。再びの拳が、オンッ――と凄まじい音を立てて上空を凪いだ。

 効いていない訳ではない。着弾した箇所は僅かに窪み、ぱらぱらと砂がこぼれている。

 だが、それだけだ。精霊の力で焼成され魔力が流れる土の強度は、ライフル弾程度ではびくともしない。


「ギブアップするときは、なるべく早めに頼むぞー。骨の一本じゃ済まないからなー」

「ッ了解した!」


 叫ぶように返事をし、ローリング。赤毛が宙を踊り、拳圧に豪快に棚引く。


「フォ、フォードさん! そんな暢気なこと言ってないで! 止めてください!」


 クリムはのんびりと鑑賞モードのフォードに駆け寄り、シャツを引っ掴む。


「魔導機の凄さは伝わりましたから! サリーが怪我したらホントに一大事ですっ!」

「大丈夫だよ。簡易式って言ったろ? 魔導システムがシンプルだから動きも単調だ。避けるだけならなんとかなるさ」


 余裕を含ませるフォードの言葉に、納得はできないが理解はできる。

 ノームの動きはごくごく単純だ。動き回るサリーを追いかけ、拳を、あるいは足を繰り出すのみ。機動は非常に滑らかだが、生物としては知能の足りない、単調な攻め方だ。

 それでもサリーを休みなく走り回させているのだが……恐らく、魔導機技師としての実力を見せること自体は、想定の内だったのだろう。


 フォードは計算済みなのだ。実力を見たいというので、生成とそれが動く様をデモンストレーションとして見せた。ノームはそのために、あらかじめ準備されていたのだ。


「まさか戦うなんて言い出すとは思わなかったが……まあ後は、すこぶる丈夫だって事が分かってくれればいいだろう」

「っ……でも、何かの間違いがあったら」

「腕は確かなんだろう? 自分の実力も、引き時も分かってるだろうさ」


 撫でつけた金髪を触りながら、フォードはのんびりとその光景を傍観する。

 戦況は拮抗に移ったらしい。

 しばらくすると、段々と回避も危なげがなくなってきた。サリーも単調に逃げ回ることをやめ、つかず離れずの距離を小刻みに移動して攪乱する。

 その顔は……ずっと笑顔だ。愉しくてしょうがないと言わんばかりに、口の端を見たことないぐらいに持ち上げている。


 ――いいぞーデカブツ! もっと追いつめろ! ――すげえなあ、アレが魔導機か。百人力じゃねえか! ――隊長もやっちまえ! 効いてるぞ、ぶちのめせ! ――息が上がってるぞ。あの魔導機やりやがる ――ああ、見てみてなあ、隊長の悔しがる顔……


 ギャラリーで見守る兵士たちも、すっかりショーとしてこの戦闘を楽しんでいる。豪快なノームの攻撃が振るわれる度に歓声が上がり、撃ち込まれるアサルトライフルの轟音に熱狂する。

 フォードから言わせれば、ツカミは上場、といったところか。


「大分危なげなくなってきたな。ここらでちょっと趣向を変えるか……サリー! 気をつけろよ!」

「フォードさん? 一体何を……」


 不審な目を配るクリムの横で、フォードは再び古本から一枚の紙を取り出すと、今度は諸手を打つように両手で挟み込んだ。

 血赤で描かれた魔法陣が発動し、今度は青白く光る陣のみが空中に浮かぶ。


多層陣影オーバーラップ


 宣言し、陣がフォードの手を離れて飛んでいく。

 陣がノームの後頭部辺りに触れると、青白い光を放っていた三日月型の目が、一際強く輝きだした。

 動きを止め未知の変化を始めるノームに、サリーも足を止め、興奮に口を綻ばせる。


「ッ――さあ、一体何が飛び出すんだい?」


 一定の距離を取り、重心を低くして警戒する。

 見た目においては、目立った変化はない。ただ今流れている、蛹が繭を破り新たな生物に生まれ変わるような停滞の時間が、予想だにしない何かが行われていることを確信する。

 魔導の光が漏れる、一瞬の停滞の後。ノームは静かに身じろぎをすると、ゆっくりと腕を持ち上げた。

 肩の位置まで拳を持ち上げ、腕を引く。片方の腕は手を開き、真っ直ぐサリーへと狙いを定める。

 およそ五分。ここにきて初めてとってみせた、精悍な構え。

 次の瞬間――ぐにゃん、と。ノームの体が僅かに揺らぐ。


「ッ――!」


 咄嗟に身の危険を感じ、サリーは瞬間的に自らの体を横に飛ばす。

 十分に距離を取っていたその位置に、土の拳が突き刺さった。

 ライフルの弾さえ通さなかったノームの体が、その一瞬だけ粘土に戻ったように揺らめき、拳がまるで獲物を捕らえる蛇のように伸張したのだ。

 間合いの存在意義を一瞬で打ち砕き、なお衰えのない威力に地面が唸る。

 瞬く間に拳は元の位置まで収まると、ノームはゆっくりと体を回し、体制を立て直すサリーに狙いを定め、再び射出。


 まさしく魔法のようなあり得ない攻撃に、周囲からは興奮の歓声が上がった。

 更に盛り上がりを見せる兵士達に、フォードもしたり顔で拳を振り上げた。


「見たか! これこそ、物質の概念さえ自在に覆してみせる魔導の真髄。誰が呼んだか『ズームパンチ』! 今までと同じと思うなよ」

「ハハッ、まるで出鱈目じゃないか! 面白いねッ!」


 哄笑し、サリーも反撃に転ずる。距離を詰めるというステップを省いたノームの攻撃は、立て続けに突き出される槍のようだ。それでもサリーは攻めを忘れない。一瞬の隙を逃さずに、ライフルの弾を撃ち込む。

 狙うは揺らめき流動する、伸張の瞬間の腕。

 間隙を縫うように放たれた数発が着弾したが、結果はまるで変わらない。鉄を叩くような音と一緒に、僅かに砂がこぼれる程度。流動的でありながら、散々見せつけられた硬度はいっさい衰えてはいないのだ。


 射撃の為に動きを止めれば、彗星のような拳が飛んでくる。一瞬の停滞も敗北に繋がる、そんな怒濤の攻めに、サリーは走り続けることを余儀なくされる。

 サリーの余裕はみるみる失われていく。浮かべたままの笑みはひきつり、玉のような汗が滲む。ギャラリーの兵士の中にも、固唾を呑んで見守るものが出始めていた。

 サリーが目に見えて消耗しているのを、最も敏感に察知したのはクリムだ。一度は引いたものの、先ほどよりも遙かに強くフォードに詰め寄る。


「フォードさん。もう十分でしょう? このままだと……!」

「心配するな、クリム。すでに準備はできてる。二秒もあればノームは動きを止めるさ」

「でも、サリーは絶対に止めろなんて言いませんよ!」

「む……」


 気が気ではないクリムの言葉に、フォードは眉を潜めて少し考える。


「お願いです。こんなことで怪我をされては、今後の志気に関わります!」

「でもなあ……あれ、完全にスイッチ入ってるからなぁ。勝手に止めたらブチ切れるぞ、絶対」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

「分かった、分かったよ。それじゃあ――」


 フォードが古本から一枚の紙を取り出し、掌に置いた時。

 目の前の光景に、彼の目が驚きに見開かれた。


「っずぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 拳が打ち付ける地響きさえ色あせるほどの、凄まじい咆哮。

 ビリビリと震えるほどの絶叫を上げたと思えば、サリーは弾丸のように飛び出し、ノームに向かって真っ直ぐ走り出した。

 ともすれば、自棄になったようにも見える特攻。生物であればその咆哮に須く圧倒されたであろうが、ノームは臆さずしっかりと構え、サリーに狙いを定める。


「ッ止めてください!」

「いや、まだだ」

「フォードさん!?」


 悲鳴のようなクリムの声を押しとどめ、フォードは真剣にその光景を見る。

 ……あれは、決める目だ。

 確信するフォードの眼前で、サリーに向けて巨大な土塊が放たれる。

 正直に真っ直ぐな、どこまでも伸びる、ただただ重い岩の拳固。山が突進してくるような怒濤の突き。

 人知を超えた攻撃を、サリーは身を翻し、体を僅かに逸らすだけでかわしてみせた。

 頬を撫でるような超至近距離を彗星が通過する。ポニーテールが軌道に巻き込まれ、一房の赤毛が宙に舞う。

 常人であれば失神するような暴圧を受け、それでも走る速度をいっさい緩めず、サリーは土の巨人に猛進する。

 伸びた拳が元の位置に納まる頃には、サリーは既にノームの眼前にまで迫っていた。


 三日月型の目が彼女を捉え、ノームは構えを解く。ギゴ、という僅かな駆動音を上げて、拳を直上から振り下ろした。

 拳という名の落石に大地が唸りを上げ、空気が裂ける。生命を根こそぎ刈り取るような圧倒的な拳。


「――遅いよ」


 それを気にも留めず。臆することない不退転の笑みを浮かべ、サリーは決着の引き金を引いた。

 拳の下をすり抜け、サリーは滑るように体制を低くし、ノームの股下に潜り込んでいた。

 アサルトライフルの銃口は、そこから真上。

 ノームの股下に、凄まじい轟音を上げてライフル弾がフルオートで射出された。

 股間にとてつもない破壊力の弾丸がぶちあたり、ノームも僅かに身をよじらせる。


「どうだい、木偶の坊! ッハハハァ!!」

『――』


 耳をつんざくようなサリーの哄笑。

 男たちが誰からともなく股間を押さえ、サッと目を伏せる。


 ただフォードとクリム、その二者だけが、ノームに起こった変化の瞬間を目撃した。

 今までどんな攻撃も歯牙にかけなかったノームが、まるで糸が切れたように、静かに膝を着いたのだ。


「ッ効いた!?」


 クリムが驚愕の声を張り上げる。サリーは空になったライフルを手放すと、スライディングを維持したまま、股下をくぐり抜けて立ち上がる。

 即座にベルトにつけていた手榴弾を手に取り、ピンを外す。自分の股下をくぐるようにして手を回し、自分の後方――ノームの首筋に放り投げる。

 間を置かずに前方にローリング。瞬間的に距離をとると同時、腰に装備していたハンドガンを抜き取り、放り投げた手榴弾を正確無比に撃ち抜いた。

 踊るように無駄のない正確な動作を経て、ノームの首元で巨大な爆発が起こる。


 炎に、爆煙。衝撃が鼓膜を揺らし、空に陶器の破片が舞う。

 爆発の衝撃はさすがの魔導機でも殺しきることはできず、爆心地を中心として、ノームの体を僅かながら抉り抜く。


 勝負はその一撃で決した。

 未だ形状を保っていたノーム。その目に宿っていた魔導の光が薄れたと思うと、不意に潰え、眼孔がただの空洞と化した。

 爆発を受けた土の体はあらゆる動きを停止し、そのままゆっくりと体を落とし、地響きと共に地に倒れ伏した。


『……』


 鐘のように響きわたった決着の音で、周囲は水を打ったように静まりかえる。

 誰しもが、目の前で起こった光景を信じることができない。

 そんな中で、サリーがリラックスした笑みを浮かべながら、ゆっくりと起きあがる。


「どこかで聞きかじった知識だけど、魔法陣を壊せば止まるっていうのは本当みたいだね。巧くいってよかったよ」

「……すげえなぁ」


 誰しもが開いた口を塞げないままの状況で、フォードの拍手が奇妙に大きく響いた。


「破壊力だけなら、歩兵部隊一つを導入させる戦力のはずなんだが……負けたよ。正直脱帽だ」

「なにを言う、ヘイミッシュ殿。一瞬で作った魔導機であの出来なんだ。兵も皆、子供のように目を輝かせていたぞ」

「見てたのはきっとアンタの勇士だよ、隊長」

「ははっ、君も弁が立つなあ」


 どちらからともなく手を差しだし、堅く握手をする。両者共に、自信をたぎらせた不適な笑みがよく似合った。


「気づいたのはいつだ、多層陣影オーバーラップの時か?」

「ご名答さ。頭部にあるとは踏んでいたが、アレで確信した」

「股下を狙ったのは? 魔導の流れを読めたとは思えないが……」

「人型である以上、弱点や表皮の薄い部分は同じだろう? 間接部、特に足を狙うのも、対人戦では定石さ」

「なるほどねぇ……魔導マジカル物理フィジカルで御したわけか。とんでもない」


 呆れたような笑みを浮かべるフォード。サリーも満足げに上気した息を整えると、周囲で惚けていた兵たちを一喝した。


「お前達! ボンヤリ見ている時間はないぞ。北ベナントの戦いはこんな物ではない! コレに各々が臆することなく立ち向かえるようになれ!」

『はっ、はい!』

「分かったら鍛えろ! 散開ッ!」

『ハッ!!』


 サリーの怒号に、蜘蛛の子を散らすように兵士が作業に戻っていく。

 不意に、ボウッと眩い光があがったと思うと、体を蒼色の炎に包ませたルトがサニーの側まで飛来した。

 ルトが蒼い小さな手をかざすと、そこを中心に風が巻き起こり、サリーの体を包み込んだ。赤髪をなびかせる穏やかな風にうっとりと目を閉じ、その空気に身を任せる。


「ああ、これはいいね。気持ちがいい」

「おねーさん、すっごいね! どーんって! カッコよかったよ!」

「ルトもね、ルトもねっ! ほわ~ってなっちゃった!」

「本当かい? ありがとう」


 アグニとルトの二人が、興奮冷めやらないままにじゃれつく。

 フォードの後ろでずっと控えていたラクシュミーが、嬉しそうに口元に手を添える。


「ふふ。二人は彼女を随分と気に入ったみたいですね」

「派手好きだからな。魔導機に正面から突貫する豪傑を気に入るのは自然だろ」

「……あの、馬鹿にしてます?」

「別に悪口じゃねえよ。ただ馬鹿としか呼べねえだろ、アレは」


 聞こえないぐらいの小声で言い合っていると、サリーはフォードに目を向け、いつもの毅然とした調子で腰に手を添えた。


「ともかく、やはり魔導機とは凄まじいものだな。貴公の実力もこれで十分理解できた……願わくば、これから私たちと共に戦ってほしい。南ベナントの、誇りのためにも」


 晴れやかな笑顔の先には、得も言えない力で塗りつぶされた眼の光。

 一言で表すなら、信念のような、異質なそれ。

 フォードは静かに目を細めて、差し出された手を取った。


「……勘違いはしないでくれよ。あくまで俺の関係はビジネスだ。だが、期待には添えてみせよう」


 静かに自らの立場を伺いながら、もう一度握手を交わす。

 交わった視線には、互いの本意を伺うような、先ほどの情熱とは打って変わった、冷やかな緊張が滲んでいた。

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