第6話 ゆかいな仲間たち


 そろそろ滞在2週間。取材はスムーズに進行し終了予定を前倒し出来そう。ジャイリーンやスティーブ中尉の取り計らいもあって、取材に不自由さを感じることはほとんどありませんでした。

 場所によってはセキュリティチェックや段階的な承認をもらうまでは不可というものもあったけれど、これらを初日の内にジャイリーンがあらかじめ整理してスティーブ中尉に申請してくれていたのです。彼女達には改めて頭が下がる思い。

 ジャイリーンは手をひらひらさせながら、いいのよ、軍隊なんて暇を持て余してるだけなんだからと言いました。

 最後の休日は私がご馳走するわと約束したら、私大食いよと返してきたので、知ってるわと返す。

 2人で大笑いした。


 まあ、実際軍隊というのは暇は多い方だと思います。

 取材初日こそ実弾訓練などがあったせいもあり多忙に見えましたが、実際には曜日ごとに座学や武器整備のみという場合の方が多く、仕事自体昼食後1時間そこいらで片付く場合が殆どだったりします。

 これは何故かとスティーブ中尉に質問すると、

『仕事をどれだけ早く的確に終わらせられるかで練度を測っているのさ。戦闘になれば嫌でも休めない上に最悪死ぬしな、その帳尻合わせと考えれば逆に安いだろう。

 PTSDって聞いたことあるかい? 日常生活の最中に戦場の光景がフラッシュバックして攻撃的になったり、周りが敵だらけに見えて引きこもっちまって生活に支障を来してしまうやつ。ああいったのを予防するために余暇の充実ってのは重要なんだ。もちろん、練度不足や適当に怠けてる奴が居ないか目を光らせておく必要がある。そんな連中のケツを叩くのが俺なんだよ』

とのこと。なるほど納得。

 しかし、だからと言って仕事時間中に堂々と昼寝する訳にもいかないので、兵士は専らクラブ活動やジョギングに精を出しているようです。クラブ活動は体力錬成を兼ねるスポーツが大半で、とりわけここではボクシングとサッカーの人気が高いようです。日が高い日中にも関わらず、訓練場のトラックでピブスを着た兵士たちがボールを追いかけて走っています。

 そういうこともあり、私自身も二週間の間、取材にならない日の方が意外と多かったりしたのです。

 エドワードと親交が深まったのはそんな時。きっかけは私の暇つぶし用に持ってきたゲーム機をポケットに忍ばせ始めた頃から。

 ゲーム機同士のアバター通信機能が毎日のように基地内の誰アカウントに接触しているらしく頻繁に表示されるようになったのです。基地内といってもかなりの広さ。ほぼ毎日接触するとなるとジャイリーンの所属する部隊の誰かしかありえません。

 一体誰だろう? しかも面白いのはこのアカウント名、『山田太郎』という日本人名で、アバターも黒髪眼鏡のテンプレ日本人顏。

 これまでに日本人らしい人物を見た覚えはありません。一体誰がこんなアカウントを使っているのかしら。

 とはいえ、小隊の誰彼構わず『山田太郎さんはいらっしゃいますか』と聞いて回るのは憚られるので、機会を逸したまま日々は過ぎていったのです。

 そして今日、ジャイリーンやジミー達が各々のランニングやクラブ活動に出払い、私も手持ち無沙汰なのでどうしようかとブラブラしているところをエドワードに話しかけられて、その正体を知ることになりました。

「やぁ、ソーニャ今暇かい? 」

「ええ、かなり。あなたはクラブ活動に行かないの?」

「ああ、僕はこれからさー、ところで君このゲーム機持ってるだろ」

そう言ってフラットブラックのゲーム機をポケットから取り出すエドワード。

「持ってるわ、ってことはあなたが山田太郎だったの?」

「正解ーsoniaさん、というか良く読めるね日本語」

「ええ、そりゃ私育ちは日本だし。」

 エドワードは愕然とした表情になる。

「何だって、嘘だろ! くそー、もっと早く声かければ良かったよーー!」

 頭を抱えて悔しそうな表情。アカウント名からも想像がつく通り彼はかなりの日本オタク、とりわけニンジャ、サムライ、アニメ、ゲームが大好きだという。そんなエドワードがせっかくだから所属しているクラブを紹介すると持ち掛けてきました。いったいどんなクラブに所属しているのかという好奇心が勝ったので私はこれに応じました。若干エドワードが興奮気味なのがちょっと気になりはしましたが。

 エドワードに連れられて訓練場とは真逆の談話室やレクリエーションルームなどがある隊舎の一室に通される。部屋には「戦術研究会」と書かれています。中に入ると、年齢が高めな兵士数名がボードゲームらしきものをああでもない、こうでもないと議論しながらプレイしているようです。

 私たちが入ってきた事に気がついた途端驚きの声が上がる。

「エドワード、どうした何か悪いものでも食べたのか!? 」

「エドワード、とうとう犯罪に手を出したか! よりにもよってそんな幼子を!」

「エドワード、わしと共にウィザードの道を貫く約束を破るつもりか!」

「エドワード、飯はまだかのう」

 どういう反応なんだろう?

「落ち着いてください、こちら、カメラマンのソーニャさんです。戦術研究会の見学に連れてきたんですよー、後僕は賢者を目指してますのでー」

 エドワードもエドワードで何かおかしい。

「おお、そうか、しかし、えらいまた年若いカメラマンさんじゃの。キャンディーをあげよう」

 一番年長者と思しき兵士が缶箱からアメを取り出して私に手渡す。まるでおじいちゃんの家に遊びに来た孫のような扱いです。

 そんな扱いを気にしてかエドワードが、

「基本的にみんないい人達だから、まあ、その気を悪くしたらごめんねー」

 と、フォローを入れてくれました。

 私はそれに気にしていないと答え、エドワードにここがどんな場所かを尋ねると、ここでは戦術研究と称して世界中のボードゲームやコンピューターゲームを集めて遊びがてら研究するクラブとのこと。具体的には図上演習等に適したボードゲームやソフトウェアの提案であったり、戦況情報の整理に適した手法を考えて研究発表会等を行っているそうです。

 それって建前をつけて遊びたいだけなんじゃ、というと、一番年長とおぼしき兵士が、

「くくく、ばれたからには我らの仲間になってもらうしかないのう」

 と、悪い笑顔で私をそそのかしてきました。後で知ったのですがこの人は、この基地の司令官です。言われないと分からないくらい優しそうなお爺ちゃんといった感じの人なのでそれを知ったときはビックリしました。

 年齢高めなおじさんたちに囲まれてゲームというのもちょっと勇気が要る提案なのですが、暇な時に一人でゲームというのも味気ないわけで、結論を言えば私も悪の一味となったのです。

 そんなこともあってか、ジャイリーンやエイムズ達と話す機会が極端に減り、代わりに戦術研究会の面々と連れ立ってパブで夕食を取るのが新しい日課となりつつありました。さらば、レーションに挑む日々。

 なんだかんだで紅一点で混じると男は極端に紳士になるようです。

 日を追うごと部屋が綺麗になっていたり、お菓子が豪華になったり、幽霊化していた面々が積極的に参加するようになったりと分かりやすい変化が起きて居ました。

 やっていることはほとんど賭けゲームだったりするのですが、ミリタリー映画にありがちなポーカーやブラックジャック等はなく、モノポリーや人生ゲームといった双六を始めとした世界各国から集めたボードゲームと、コンピューターゲームが中心です。少額とはいえお金がかかっているのでかなり真剣。正直私も勝率は5割切っているので赤字になっています。何度かこなすうちにボードゲームでは水面下の交渉のようなものが横行している事に気がつき。早いタイミングでダメージを与える相手を決めて徹底的に蹴落とした後、誰が出し抜けるかという状況を流動的に行っているのです。

 何気なくタップしたり駒の動かし方で合図を送っている事に気がついたあたりで、想像以上にエゲツないと思いつつもこれを利用して最後の最後で逆転して見せたときはとんでもなく気持ちがよかったりします。

 あまり気にして居なかったのですが、実はこの戦術研究会の面々は部隊長クラスが大半で一般隊員が入会するにはこの面々に5回以内に3勝以上しなければならないというかなりハードルが高い代物なのだそうです。

 そもそも、部隊長クラスに囲まれて一般兵がゲームを遊ぶと言うのはかなりタフな精神を要求されるとかで、年に1人か2人挑戦する物好きがいるくらいで、大抵早々に3敗してこの門戸をくぐることはないそうですが、エドワードは5年ぶりに全勝で入会した逸材とのこと。

「こいつは、部隊長を敬っとらん、手加減を知らんけしからんやつじゃ」

「童貞のくせに偉そうな奴で腹が立つ」

「脱衣麻雀ではせわになったの、じゃがそれ以外はクソじゃ」

 と、全敗組からは罵られ、

「可哀想な奴なんじゃ、ゲームに全てを捧げるしかない男なのじゃ」

 と、互角な面々からは哀れまれている。当のエドワードは二次元嫁が居るから僕は幸せさと、ゲームのスクリーンショットを自慢げに見せる、まごう事なきオタクです。

 しかし、今のこの状況は何かに似ている気がする。大学とかの男だらけのアニ研に女子が一人だけ紛れ込んでちやほやされるような………は、これってもしかして、オタサーの姫ってやつなのでは。

 う、でもこれはこれで結構いい身分かもしれない。


ジミーの本命

 プリクラにいたずらをしたことがバレた翌日、ジミーが勢いよく私のもとに駆け付けてきました。

「おいおい、ソーニャ! ありゃ一体何なんだ!!」

「え、なんだって何が?」

「これだよこれ、どうなってやがるんだよ!!」

ジミーが筐体に張り付けていたと思しき私たちのプリクラを一枚剥がして目の前に突き付けます。よりによってムンクの叫び顔のやつを。

「えと、プリクラがどうかしたの?」

「どうもこうもねぇよ! こりゃ一体どうやって作れるんだよ?」

「もしかしてフレームのこと?」

「そうそうそう! 女共がこれをやりたいって言うんだよ! けどよ、どこをどうやりゃいいのかさっぱりわかんねぇんだよ!」

 まぁ、日本語インターフェイスのままだし、中途半端にタッチペンを使う部分があったからあの項目まで移動することの方が難しいのも分かる。

「別にいいけど、ああいうの評判良くないみたいよ? 誰にちょっかいかけてるってすぐ判っちゃうじゃない」

「は、見た目通りお子ちゃまだなぁ。そういうのも含めて燃えるんだよ」

「下品、教えたくないなぁ」

「ああ、わりいわりい、そこなんとかさぁ頼んますよ!」

 こんな調子のジミーに付き合い続けるのも面倒なので、適当なメモ紙に操作方法をしたためて渡すことにしました。

 ジミーはそれを受け取ると満面の笑顔で走り去っていきました。今日も休暇をとっているのだとか。その後、プリクラまみれの筐体はより一層カラフルな仕上がりになったそうです。


 そうそう、プリクラと言えばムラージの事も忘れてはいけません。ジミーが走り去ったのを見届けた私はため息をつきながら迫撃砲小隊の倉庫へ、そこでムラージが武器整備を行っていたので合間を縫って話を聞くことにしました。

「ああ、アレは4人目だな、目端が利くので娶ることにした」

 と、ストレートな回答で、私は思わず目を白黒させてしまいました。


 ともあれ、ジャイリーンの班の面々は私の思う以上に個性的な面々で、以後合間合間で何かと貴重な取材ネタにあやかることが出来ました。あ、ジミーは特に何もありませんでしたが。

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