第5話 猫とプリクラ


 ジャイリーンは毎朝のランニングを欠かさない。私もあの食事をどうにか克服してみたいと思い、これに付き合うようになったのですが、自力の違いを痛感させられます。

 ジャイリーンがランニングコースを一周する頃には私と半周以上の差がつき、私が2周目でへばりかけているところを後ろから励まし、そして追い抜いていきます。

 どうにか2周は回れたのですがもう、それだけでヘトヘトのガクガクです。ジャイリーンは少し待っててと言ってさらに1周私がへばっている間に走り終えます。それでいて彼女は、汗をぬぐいながらさわやかに朝ごはんに行きましょうと言うのですから、同じ人間でもこうも違うのかと驚くほかありません。私は明日筋肉痛になりそうだというのに。

 そして、ご飯を食べる。相当疲れてお腹も空かせたから少しは美味しく感じられるに違いないと信じつつ。


 やっぱり、そんなことはありませんでした。


 ジャイリーンは何故こんなにも普通に食べられるのでしょうか。

 食事の時に、休日の過ごし方について取材をしたいと申し出ると、

「ええ、いいわよ」

 と、すんなりOKを貰う。丁度買い物したいと思っていたというので、これはチャンスと、ジャイリーンに猫が好きか尋ねてみる。

「ええ、昔家で飼ってたわ。」

 猫巡りもOKだった。もちろんエイムズの同行についてもOKを貰っている。どちらかといえば、私一人で街に繰り出す方が危ないわとジャイリーンは真面目な顔で言う。

「だってあなた子供と間違えられそうなんだもの」

 私はこめかみを抑えながら、ありがとうとお礼を言った。


 ジャイリーンとの約束の日は、いつも通り日差しが強く、私達は、トウブという頭巾と、ビジャーブという外套を纏い外出することに、女性の肌の露出が禁忌とされている地域ならではの風習だと思っていたのですが、実際に着てみると強い日差しをしっかり遮ってくれるので長袖なのに案外涼しいのです。湿気が少ないのも関係ありそう。エイムズはいつも通りの格好でしたが、心なしか清潔感が上がっています。ああ無精髭も剃ったんだ。


 3人で軽く挨拶を交わした後、基地と街を往復するバスに乗り込む。そういえばずっと基地の中に居たので外の街並みがどんなものか全く見当もつかない。これから行くところはどんなところと聞くと、件の反政府組織が奪還を掲げている聖地のある街だそう。

「いい街だよ、こんな感じさ」

 そう言ってエイムズが撮った写真を見せてもらう。露天があちこちに並んで賑わう様子、泉の縁で遊ぶ子供達、宗教施設周辺で巡礼する信者や観光客。

 時折、そういったものを背景にした猫や犬の写真があって、ジャイリーンと私はそれを眺めながらはしゃいでいました。ですが、その勢いはものの数分で地獄の苦しみへと変わりました。

 理由は簡単、この国は舗装されていない道が多いため、バスは轍でかなり揺れる上に、目的地までは1時間以上かかるのです。乗り物酔いし易い人にとってはかなりの苦行になります。かくいう私がそうですから!

 停留所に着いたバスから逃げる様に降りて道端に屈み込む。ジャイリーンがあらあらと背中をさすってくれているようだけど、舗装されていない道をバスが土埃をしこたまばら撒いて去っていったせいで、涙と鼻水もいっぱい溢れてむせかえしてしまいました。隣でエイムズも砂を吸い込んだらしく咳き込んでいます。ジャイリーンが、そっちも大変ね大丈夫と背中をさすった。面倒見がいい。

 私はどうにか立ち直れたので水を飲んで一息ついていると、エイムズは未だに咽たり履きそうなリアクションを繰り返しています。その度ジャイリーンが優しく肩や背中をさすりながら介抱しています。なんだか手持ち無沙汰になってしまったのでこの姿をこっそり撮影しておくことにしました。しかし、どう考えても、これはエイムズわざとやっているでしょう。

 まずはジャイリーンの案内で日用品や化粧品を見て回ることに、日本に比べると品数が圧倒的に少なく、また大きなスーパーがある訳ではないので基本的に露店や個人経営の商店を複数はしごすることになります。

 基地の中にいれば、衣服、食事の心配はしなくていいものの、私たち女性には欠かせない生理用品の類は自前で用意しなければならないため非常に難儀することになります。基地内のPXと呼ばれる売店ではこれらを見かけることはありませんでした。なので女性兵士は休日になると必ず町でそれらを調達しなければならないのです。

 しかし、日本のように一定の品質を保った製品は少なく大半は質の悪いものがいい加減な値段で売られていることもあって、いいものを手に入れるにはそれなりに探して回る必要があるのです。なんでも日本軍が駐留していた頃は日本製品も扱っていたそうで、仕入れさえすれば飛ぶように売れていたそうだとか。

 そんなこんなで、女同士あれはこうだ、それはどうだ、と会話を弾ませながら物色する私達。選んで回っている間エイムズは気を利かせて席を外してくれました。

 午前中は女性雑貨中心に露天を見て回るだけであっという間に時間が過ぎてしまいました。

 驚いたことに、ここでの買い物は値引き交渉ありきで商売しているのです。ジャイリーンは小物一つ買うにも提示された額では高いわと言い、交渉を始めます。

 値切りなんてほとんどやったことがない私からすればハラハラする光景でしたが、ジャイリーン曰く、

「最初から高めに値段が付けられているのよ。そして売れないよりも売れたほうがいいわけだから、こっちではそのままの値段で買う奴はいいカモって訳」

 とのこと。そう言われてみると昔行った街でもちょっと高いなと感じながら購入したものが結構あったことを思い出しました。私もジャイリーンを真似て交渉してみたりしながらその感覚をなんとなく理解できるようになりました。これ以降、旅先での値切りは私のスキルの一つとして活躍するのでした。



 お昼、エイムズと合流した私たちはジャイリーンの紹介するお店で食事を摂ることに。

 サルタというこの地方では割とポピュラーなお昼ご飯らしい。よく熱した石窯鍋にオクラやインゲン豆、ニラ、トマト、香草を、ターメリックなどの香辛料で煮込んだスープ(おそらく鶏ガラだと思う)が入っている。これにピタと呼ばれる薄いパンを浸しながら食べる料理だ。

 香草や香辛料の香りが食欲をそそる。一つの鍋で4人前らしいけど、ジャイリーンなら一人でこれを食べつくしてしまえるんじゃないかしら? 千切ったピタを使ってジャイリーンが石窯鍋をかき混ぜてみせる。おお、さらに香りが強くなった!

「いい匂いだね! それじゃ早速僕も」 

 エイムズもピタを浸して一口ぱくり。そして咽せた。どうやら熱かったらしい。一緒に頼んだコーラで流し込もうとするのですが、炭酸でさらに咽せ酷い有様。ギャグだわ。

 ジャイリーンがやっぱりここでも大丈夫と背中をさすったり水を貰いに行ったりしてくれてます。なんというか、孫娘に介護してもらうおじいちゃんのように見えてしまうのは私だけかな?

 エイムズの恋愛バロメーターは間違いなくマイナス側に傾いているよね。それはともかく、料理はとても美味しかったです。うん、やっぱりレーションは美味しくない。

 お昼から猫探しの旅へ、エイムズは飲食店や市場の裏側をひょいひょい覗いて回る。生ゴミの臭いが鼻に付くけれど日陰で涼しく過ごしやすそうな場所ばかりだ。何箇所か回ったところで2、3匹が向き合うようにしてお座りポーズで寛いでいるのを発見。まるで井戸端会議のようでかわいい。

 エイムズは屈み込むとバリアングル液晶のカメラを使ってモニタリングしながら、地面すれすれのところにカメラを構えて撮影し始めました。かなり離れた位置からの撮影ですが、望遠ズームレンズを巧く使いこなして構図を切っている。

 私もそんなエイムズの様子込みの構図を撮影。結構カメラマンが撮影している様子ってシュールな光景が多いのよねー、撮影している時の構えや姿勢がなんでそうなったって感じになってる時があるし。

 と、ジャイリーンは私が撮ったエイムズ入りの画を見て堪えきれず吹き出した。エイムズはそんなことおまいなしに撮影しながらじわり、じわりと猫との距離を詰めていきます。

 おお、凄い。かなり接近しつつあるのに全く猫が気がついていません。私とジャイリーンは次第に無言になってその様子を見守る。なぜか緊張感が高まってくるのを肌に感じます。隣でジャイリーンがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。一匹の猫の耳がピクピクと反応し、エイムズを視線に捉える。時が止まった気がした。

 普通野良猫といえば人間に対する警戒心が強く、目があった次の瞬間には追いつけない場所まで逃げていくものなので、ああ、これは終わったかもと、私は思ったのですが、

 なぁーん

 止まった時を動かしたのは、目があった猫の甘えた鳴き声だった。猫はスラリと立ち上がると喉をゴロゴロ鳴らしながらこっちに近寄ってくる。

 それも驚きなんですが、エイムズはいつの間にか広角レンズのカメラに持ち替えていてそれを撮っているのです。本当に、いつの間に、さっきまでの望遠レンズどこに行ったなのです。そして猫は、ピンと立てた尻尾を時折左右に揺らしながら、まったくおびえた様子なくエイムズの元に近づき、とうとう体をエイムズにこすりつけながら、ゴロゴロゴロゴロと甘えはじめました。他の猫も真似してエイムズに近づいてきました。私とジャイリーンは顔を見合わせて、再びエイムズに目をやると、さすがに撮れないくらいの距離に近づかれてしまった様子で諦めて猫をあやし始めています。

「凄いわね、なんでそんなに懐かれるの?」

「なに、体質さ、きっと猫好きのフェロモンでも出てるんだろうね」

 一匹の猫を抱き上げて喉やお腹をくすぐるエイムズ、猫は嬉しそうに身を委ねている。他の猫が不満そうにエイムズの足元でにゃーにゃと鳴いている。ジャイリーンが今まで見たこともないような蕩けた表情で猫を見ている。エイムズはそんな彼女をドキマギしながら見つめて、自分の腕の中の猫を彼女に差し出します。ジャイリーンがそれを嬉しそうに手に取り、照れ臭そうに笑ってみせる。エイムズも微笑みながら足元の猫をあやすように抱き上げて見せた。

 私はそんな2人を撮影し続ける。こんなにも露骨にシャッターを切っているのに2人は全く気にするそぶりなく猫を見たりお互いを見つめ合ったりしながら微笑んでいるのです。なんなんでしょうこの疎外感は。

 その後もエイムズは的確に猫スポットを渡り歩き、行く先々で先ほどのような光景を再現して行くのです。

 ジャイリーンは色んな猫たちと遊べて上機嫌、次第に会話はエイムズと彼女が中心になっている気がします。

 まぁ、私もこれにかこつけて結構いい画が撮れてるわけだし、それなりに楽しんではいるのですがー。むむむ、なんだろうこのむずがゆさと、疎外感は。


 日差しがキツくそろそろ一息入れたほうがよさそうだということになり私たちはカフェのような場所に入りました。

 ジャイリーン曰く、インターネットとビリヤード、ダーツができて、軽食も取れるので基地の隊員の間でもそこそこ人気の場所なのだとか。

 日本にもそういう感じのネットカフェありますよね。急で泊まりの宿を見つけられなかった時にベッド代わりに出来る便利空間。

 そんなことを思いうかべながら中に入ると、インターネットスペースは仕切りのないスペースに一昔前のパソコンと安いデスクチェアーずらっと並んでいるだけで。プライバシー的なものがなさそうな感じのレイアウト、利用者はそんなに居なさそう。聞けば、この手のカフェには宿泊機能を備えてはいけない決まりがあるそうです。他はカフェスペースと、2階にビリヤードやダーツコーナーがあり、夕方からはバーになる仕組みだそう。

 エイムズはコーラ、私とジャイリーンは、ミントレモネードというご当地ドリンクを注文する。ミントとレモンのシャーベットドリンクで、ミントの爽やかさが火照った体に心地よい涼しさを運んでくる。

「ここではトウブを外してもいいわよ」

 と、ジャイリーンが脱ぎながら言った。トウブを外してみると布地で遮られていた空調の冷気が肌をくすぐる。ああ、これは気持ちいいかも。

 お茶の時間の話題はエイムズによる猫に警戒されずに撮影するポイント講座がメインになりました。

 いつになくエイムズは饒舌でしたけど、嫌味がなく分かりやすく喋るので思わず聞き入ってしまいます。ジャイリーンも同じようで熱心に語る彼から視線を逸らさずに聞いている。

 不意に、エイムズが我に返った表情で、

「ああ、いけない動物のことになるといつも喋りすぎちゃうんだよ、退屈してないかい? 」

 申し訳なさそうに私達を交互に見る。ジャイリーンがぷっと吹き出して、

「そんなことないわ、凄く動物好きなのが伝わってくるわ、基地の男連中と大違い、あいつら自慢話か下ネタばっかりなんだもの、エイムズって紳士的なのね」

 エイムズが呼吸でも止まったかのように静止した後、漫画のように顔を真っ赤にしてたじろぐ、

「そ、そんな紳士的なんて、僕は君達みたいにシャンとした男じゃないし、その、紳士だなんて………」

 言葉が続かず目線が泳いだり汗をかいて手で拭ったり、シャツの襟をはためかせたりと忙しない様子のエイムズ、ジャイリーンはそれを見てまた一段と笑顔。

 私はなんだろうこの空気と思いつつストローの端を噛みながらシャーベットを啜る。そんな空気を察したのかどうかは分からないけれど、私ちょっとお手洗い行ってもいいかしらとジャイリーンが席を立ちました。

 私とエイムズ二人きり。エイムズが盛大なため息とともに椅子の背もたれにもたれて天を仰ぎます。

 私は何も言わずにシャーベットを啜る。ジュルジュルジュル。

「なぁ、ソーニャ僕に脈はありそうかい?」

 脱力してブラブラさせていた右手の甲を額に当てながら、エイムズがポツリと呟く。

「そうねー、日本で合コンするときに女子が連れ立ってトイレに行ったら脈ナシだと思っていいわ。」

 ズズ、ズズッっとワザとらしくストローの音を立てながら答える。

 エイムズはそうか、とだけ答えました。

 人の恋路を間近で見るのはこそばゆすぎて、体のあちこちがムズムズしてしまう。理由もなく捻くれた事も言いたくなるのです。



 ジャイリーンが戻ってきて、さてこれからどうしようという話をしながら店の出口に向かう途中で、物凄いものがある事に気がつき思わずえっと声が出て立ち止まる。ジャイリーンとエイムズが揃ってどうしたのと私の目線の先を追う。私にとってはあまりにも見慣れたものがそこにあったのです。


 プリクラ!


 しかも日本製。美白ナントカというデコ文字タイトルに茶髪のギャル系メイクしたモデルがプリントされたカーテンが掛かっている。よくよく見ればタイトル文字の下に小さく現地訳のタイトルが張り紙してある『キレイ凄い自由白肌』大体あってるけど訳しきれてない感じがちょっと面白い。

 でも何この凄い違和感、なんでこんなものがここに? そんな事を考えていたらジャイリーンが、

「ああ、これかぁウチの男連中の間で流行ってるわね、女自慢みたいな感じで」

 ジャイリーンは呆れた口調でそう言った。何それと聞き返すと、これこれと、筐体を指差して見せる。

 筐体がやけにカラフルで纏まりがない模様になっています。見ると、焼きあがったシールを隙間なく貼り重ねて出来た柄なのです。

 ロゴやカーテン部分以外はそれで埋め尽くされているので元がどんな色の筐体なのかすら分からない有様です。よく見れば、子供達より大人のカップルが多いらしく記念に貼り付けていくというローカルルールが定着しているよう。

 そんな中に見知った顔がある事に気がつく。ジミーだ、現地人とは思えない露出の多い派手そうな女性と写っている。さらにもう一枚発見、しかし一緒に写っている女性が違う。一度見つけてしまえば、ここにも、そこにも、あそこにもとジミーが写ったシールがどんどん見つかるようになってくる、毎回違う女性と写っているようだ。えーとつまり………

「女癖悪い奴なのよ、商売女だろうが誰かの彼女だろうがお構いなしって感じでね、手帳に今まで落とした女のコレクションとか言ってファイルした奴を自慢してたわ。」

 あー、よく見ると全部ジミーは全部同じフレームを使っているみたい、おまけにポーズと表情も一緒なので探しやすい、こういうのって確か撃墜数をどうとかっていう、そう、キルマークのつもりなのかしら。

 さらによく見ると、貼られたシールに規則性がある事に気がつく。同じ女性だけがずっと連なっている列がいくつかある。男が写っているであろう部分を覆い隠すように貼られている。

 ジミーの逆で男が変わっているということなのかしら? 面白いのは貼り重ねられる毎に女性の身なりが変化しているのです、化粧、アクセサリー、指輪、ドレスにバッグと貼り重ねられる毎に豪華になっています。女にとってもある種のステータスになっているのでしょう。一番長く続いている女性の先頭に貼られたシールを見て思わず吹き出す。豪華な花嫁装束を着た女性の隣に立っていたのは盛装したムラージだった。意外過ぎて笑うしかない。

 しかし、使い方は間違っていないはずなのに何故こうも殺伐としているのでしょうか男同士の縄張り争いと、女の見栄が複雑に交錯した弱肉強食の世界観が構築されています。

 こんなの私の知ってるプリクラじゃないわと言うと、本当は一体どうやって使うの? とジャイリーン、エイムズが興味津々で尋ねてくる。せっかくなので説明がてら撮影することに、中身もやっぱりというか完全に日本のそれで、UIも音声ガイドも日本語。どおりで誰も落書きやスタンプを使ってない訳ね。ますますなんでこんな所に有るのか謎。

 貼り付けられたものを見る限りフレームも初期画面にあるもの以外使われてなさそう。次のページと書かれたタッチキーを押して別のフレームを物色する。かなりコミカルなパターンも用意してある。

 分かりやすいところで「ムンクの叫び」あたりを選んでみる、みんなでムンクの叫びの真似をするのよと説明したが、ジャイリーンとエイムズはどういうこと? と、イマイチ理解できなかった様子。そうこうしているうちに撮影時間になったらしく「さーん」というアニメ声が聞こえてきた。仕方ない、お手本を見せるか。こうよ! 「にー」モニターに写る私の渾身の表情を見た二人が動きを止める「いち!」二人が私を指差して爆笑し始めたあたりでシャッターが下りた。

油絵調のフィルターがかかった完成画面が表示される。それを見たジャイリーンは大はしゃぎで、

「なにこれ、なにこれ! 面白い、っーーーーあはははは、もうヒドいわソーニャの顔っ、これ、これ! もう、あはははははーーーーっ」

 画面に表示される私の顔を見るたびに爆笑して会話にならないジャイリーン、エイムズは必死で笑いを堪えて目を白黒させているので、エイムズに顔芸を再度披露。エイムズ轟沈、オナラのような音を口から唾と一緒に出して笑い転げる。

 私、大勝利。

 更に落書きの方法やスタンプなどを教えるとこれまたツボにハマったらしく、髭を書いたりスタンプしたりとジャイリーンとエイムズがあれをやろうこれをやろうと止まらない。

 浮世絵、映画ポスター、ロボット、魔女っ子と、次々にフレームを選んでは誰が一番変な顔で笑わせるかで競い始めた。

 次第にエスカレートしていく私達。ジャイリーンがペンで私の顔の周りに「オラウータンの女王」と書く、仕返しに私はまだ教えていなかった目を大きくする修正ペンを使ってジャイリーンの目を拡大し「未知との遭遇」と書く、ジャイリーンは爆笑しながら、

「ズルい、それどうやるの? 」

 と、ボタンをあれこれ触り始める。

 そんな私達の肩を後ろから叩くエイムズ、振り返るとエイムズが変顔をしてポーズを決めている。それだけなら、すでに散々やってきたので何を今更と思った。しかし、私たちは一瞬言葉を失った。エイムズは鼻の穴に硬貨をはめ込んで不敵に笑っていたのだ。

 ジャイリーンがもはや叫び声のような笑いを轟かせて手を叩いたりお腹をさすりまくった。私はむしろ驚きの方が強くて、どうやったら入るのよとジャイリーンの笑い声に負けないくらいの大声で突っ込む。短縮ボタンか何かに触れたらしく、その瞬間シャッターが降りる。

 写ったモニターには、目を見開いて叫んでいる私と、笑いすぎて逆にしかめ面で歯を食いしばっているジャイリーンを両脇に従えて無表情の鼻コインエイムズが仁王立ちする地獄のような光景が収められていました。

 ジャイリーンはもはや箸が転んだだけでも笑う状態に陥ったらしく、モニターを見ては爆笑し、落書きしては吹き出しと、せっかくの美人台無しな有様。

 まさかプリクラだけでこんなに盛り上がれるとは思いもしなかった。

 エイムズが追加のコインを入れたあたりで私のコインが切れていたことに気がつき、両替に行ってくるわと席を外すことに。

 ゲームセンターのような両替機がなかったのでカウンターで両替を頼む、小銭に交換というのを煙たがられたので適当な飲み物を頼むことに。

 結構いい時間遊んだわねと思いながらプリクラの前に戻る。ジャイリーンたちはどんなのを撮っているのかしら、膝丈くらいまでしか隠れないカーテンなのでエイムズとジャイリーンがまだ撮影中なのが分かる。そのまま駆け込もうとしたその時、ジャイリーンのパンプスのかかとがふわりと上がるのが見えた。アニメ声のカウントダウン、シャッターと共に漏れるフラッシュの光、それからたっぷり10秒くらい間をおいて下がるかかと。撮り終わったら毎度爆笑していたジャイリーンの声がしない。

 あと5分、どこで時間潰そうかな。



 焼きあがったプリクラを切り分け終わったくらいのタイミングを見計らい、ジャイリーンたちに合流する。

「あら、遅かったわね」

 切り分けたプリクラをエイムズのポケットに押し込みすました表情のジャイリーン、若干焦った表情のエイムズ、私は知らぬ素振りで、

「トイレよトイレ、水の流れが悪くて焦ったわ」

 と、返す。

「ね、このプリクラどうしようか?」

 プリクラのシートの束をジャイリーンが扇子のように広げて見せる。こうしてみると結構な枚数撮っているなと驚く。ま、適当な所に貼り付けるのが一番よねと言うと、

「せっかくだから私たちも、ここに貼ってみる?」

と、私がシールまみれの筐体を指差す。

「ええ、僕たちの変顔ばっかりだよ!」

エイムズが慌てる、反対にジャイリーンは

「ああ、そうだ、それならいい場所があるわね」

ジャイリーンがいたずらっぽい笑みでペタリと筐体に貼り付ける。

そこは、ジミーが貼り付けていた場所だった。

「酷いことするわねー」

「いいのよ、これのせいであいつ無駄に恨まれたりしてるんだからむしろ感謝して欲しいくらいだわ」

「ははは、なら全部隠しておかないとね」

 エイムズが先ほどの主張をあっさり翻してジャイリーンに同意し別のジミーに貼り付ける。ジャイリーンがキメ顔しているやつだ。

「あ、やだ、それ張っちゃうの?」

「どうして? かわいいじゃないか」

「あんまりそういうの人に見られたくないわ」

「なるほど、じゃ、これだ」

 そう言ってエイムズが貼り付けたのは、私の変顔ドアップだ。ジャイリーン爆笑スイッチオン。エイムズドヤ顔、ほほう気を遣って二人空間を邪魔しなかった私に対してこの仕打ちか………

「じゃ、これと、これも貼らないとね」

 ジャイリーンが鼻をほじっているやつと、エイムズの女装フレームで恍惚とした表情のやつを貼る。

 もちろんジミーの上にだ。エイムズはあららさまにしまったという表情、ジャイリーンは逆に変なスイッチが入ったようで酷い写真を選んでドンドン貼りはじめる。もはや無差別テロです。しかし私ははテロには屈しないのです。

 気がつけば私達は競うようにジミーを探してはそこに私達の変顔プリクラを貼り付ける戦いが勃発していた。

 そんなこんなで気がつけば私達は基地に向かうバスの最終便ギリギリまで遊んでしまった。帰途、ジャイリーンはエイムズほとんどエイムズと話していたので、私は疲れて寝たフリをしていました。なんだか雰囲気よさそうに話す彼女達を薄目で眺めていたらいつの間にか本当に眠りに落ちてしまっていたのですが。

 数日後プリクラの異変に気がついたジミーだったが、ジャイリーンに苦情ではなくフレームやスタンプの使い方を教えてくれと頼み込んだそう。どうやら私達のプリクラを見た女性の間でデコレーションを使ったものが流行りだしたようです。

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