8-2 氷の女王
雅史はアーニャの言葉を聞いた瞬間背筋が凍るのを感じた。
「つーことはあの城はそのボレロ・カーティスって奴の仕業ってことか……」
「その通りよ、あなたが眠ってる間にあの氷の城は作られたわ」
雅史はあらためてその城を見てみる。
かなり距離は離れているため全体の大きさは把握できないがその大きさは計り知れない。
「彼女がどう思ってあの城を建てたのかは分からないけど、今ここで私たちが無闇に動き回って敵と遭遇して目立ちたくないのよ」
「それが二つ目の問題ってわけか」
「ええ、流石にここまで彼女の能力が届くとは思えないけど彼女との接触だけは絶対に避けないといけからね」
確かにアーニャの話通りの能力を持っているのであれば出会った瞬間ゲームオーバーだ。
「今のところ動きはないようだけど彼女が動き出して止められるのは恐らく同じS級のクライムくらい、私たちはその二人が潰し合ってくれるのを願うしかないわね」
「それじゃあ俺達はここでじっとしてるしかねぇってわけか」
ボレロ・カーティスが動き出したのなら確かに迂闊には動けない、ここでおとなしく嵐が過ぎ去るのを待つしか無い、雅史はそう思った。
「そうね、確かに無闇には動けないわね、でもさっき三人で話し合ったんだけどここからある場所へ移動することにしたわ」
「この状況でか?」
「この状況だからこそよ」
「ん? どういう意味だ」
「つまりね、こういう状況にいるのはなにも私たちだけじゃないってことよ、他の参加者も多分ボレロに警戒してじっとしているはず、だからこそその隙にここから移動するってわけ」
「確かに今なら皆おとなしくしてるはず……でもどこに行くってんだ?」
「それは彼から聞きなさい」
そう言ってアーニャは睦沢の方を見る。
「了解ッス、任してくださいッス!」
睦沢はまずこの世界の地理について雅史に話し始めた。
「雅史さんはここの世界がこの森だけだと思ってませんか?」
「違うのか?」
「それが違うんスよ、実はこの世界は大きく分けて二つのエリアがあるッス、まずは自分たちがいるこの森ッスね、参加者は基本的にこの森から全員スタートします、だからこの森しかないと勘違いしがちなんスが実はこの森を抜けるともう一つのエリアに出るんス」
「そのエリアっていうのは?」
「それが自分たちが目指す場所、名前はメトロポリスって言うんスけど、森とは逆にビルが立ち並ぶ大都市って言ったところっスかね」
「ビル? 大都市? そんなもんがここにあんのか?」
確かミカエルはここが天国だと言っていた。
天国にそんなものがあるとは雅史は予想だにもしていなかった。
「そうっス、ここは神が自分たちの世界をトレースして創りだしたもんスからね、自分はジャンの作戦が実行されるようになればそこでジャンと合流する予定だったんスよ、そこなら身を隠せるところもたくさんあるっスから」
「なるほどな、それならここよりかは安全だし、アーニャのトラップを張り巡らせられれば拠点が作れる」
「そういうことッス、ただこの森抜けるには問題があって……」
「まさかあの城の方へ行くとかじゃねぇよな……」
「まぁそういうことッスね」
アーニャの言うとおりこれは大問題だ。
ここにいても危険だが、移動にもかなり危険が伴う。
「結局ここでじっと祈ってても動いてもどっちにしろ危険ってことっッスよ」
睦沢は軽い口調で説明していたが顔は真剣そのもの。
今の状況がどれだけやばいか雅史は認識した。
「そういうことよ、分かったかしら?」
「ああ分かったよ、そんでそのメトロポリスってとこに行くんだろ?」
「ええ、こんなところでじっとしているよりはメトロポリスに行って拠点を作った方がいい、それが私たちの決めたことよ、あなたはどう思うかしら?」
雅史は正直移動自体にはあまり賛成ではなかった。
ボレロ・カーティスが巨大な城を作り上げたからといって動き出したとは限らない。
それならもう少し様子を見るべきではないかと思うからだ。
だがアーニャの言うとおりこれはピンチでもあるがチャンスでもある。
「分かった、俺も賛成だ」
今を考えるなら移動には反対だが今後のことを考えるなら今のうちにメトロポリスに移動してしまった方がいいかもしれない。
それが雅史の出した結論だった。
「そう、まぁあなたが反対したところで私たちはメトロポリスへ向かうのだけれどね」
「っておい、じゃあなんで俺に聞いたんだよ」
「特に意味は無いわよ」
(この女……)
「じゃあ雅史も元気になったことだしさっそく向かうとしましょうか」
三人はメトロポリスを目指し歩き出した。
◇
アーニャ達がメトロポリスを目指し動き出した頃、氷の城の最上階内部ではボレロ・カーティスが氷で出来た玉座でワイングラスを片手にくつろいでいた。
「あーあ、ほんっとつまんなーい、そう思わないクロード?」
白に近い青い髪、雪のような真っ白な肌、そして白いドレスに身を包んだ彼女は退屈そうに隣にいる男へ質問を投げかけた。
「仰る通りでございますお嬢様」
男は答える。
「なんなのよぉ! せっかくこんなおっきいお城作ったのに誰も遊びに来ないじゃないのよ!」
怒りをまき散らすボレロの傍らにはクロード呼ばれる燕尾服を着た男が背筋をしっかり伸ばし、じっとボレロの話を聞いている。
「こんなに綺麗なお城があるんだから普通だったら真っ先に見に来るはずでしょ? なのにもう三時間よ! 遊びに来るどころか近くに来る人間すらいないじゃないの! どうなってるのよクロード!」
「仰る通りでございます」
「あんたそれしか言わないわね! 執事なんだからもっと気の利く言葉とかないわけ?」
「申し訳ございません」
「あーもういいわよ! なんか面白いことしなさいよ面白いこと! あんた吸血鬼でしょ? なんか特技とかないわけ?」
「と申されましてもワタクシの特技はすでにお嬢様に全てお見せしてしまったゆえ──」
「いいからなんかしなさいよ!」
「かしこまりました」
クロードはそう言うとポケットから一枚のコインを取り出した。
それを空中に放り、両腕でそのコインを掴む動作をする。
「さぁ、コインはどちらの手にあるでしょうか?」
「……どっちでもいい」
ぶっきらぼうにそう答えるボレロ。
「さすがお嬢様、正解です、コインなどどちらの手にあっても同じこと、お嬢様が言う方にコインはあるのですから」
「つまんない」
「申し訳ありません、では今度はワタクシが日本で仕入れた紙芝居というものを──」
「もういい、あたしは外に出かけるわ」
「かしこまりした、それでは外出用のお召し物をご用意いたしますね」
「別にいいわよこの格好で」
「そうですか、かしこましました」
ボレロは階段へと向かう。
「おや? お嬢様、少々お待ちください」
クロードは何かに気付いたようでボレロを呼び止める。
「なによ?」
「どうやらお客様が見えたようです」
「え!? ほんと!?」
「はい、足音が門の方でします、どうします? お迎えいたしますか?」
「いいわ! あたし直々に向かえに行くから! なんせ最初のお客さんだものね!」
そう行ってボレロは楽しそうに城の門へと向かった。
「お嬢様、あまり急がれますと足を滑らせますよ」
「なにを言ってるの、自分の力で作ったもので転ぶわけ──」
────ズルッ
ドシンと音を立てて盛大に転ぶボレロ。
「……」
それを冷めた目で見つめるクロード。
「……なによ」
「いぇ、ワタクシ何も見ておりませんゆえ」
「……」
「よければお手を貸しましょうか?」
クロードはすっと手を差し出す。
「い、いらないわよ!!! いいから早く行くわよ!」
「かしこまりました」
二人は階段を降り始めた。
心なしかクロードの目にはさっきよりも慎重に歩くボレロが映っていた。
誰もいなくなった城の玉座。
そこには首を失って倒れている人間の体と、丸い机の上に置かれている赤い液体が入ったワイングラスだけが取り残された。
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