8-3 復讐の炎

 氷の城の門の前では三人の男がその城を見上げていた。


「これをあのボレロ・カーティスが作ったのか……」


 三人の男はその光景に息を呑む。

 三百メートル以上はありそうな城の建物、そしてその周りを囲うように広がる庭園。

 庭園は何キロも先へと続いている。

 広大な森の中に佇むそれはあきらかに異様なものであった。


 そしてなによりも特徴的なのがその城、庭園、そして庭園に咲く草花までもが氷で出来ているということだ。

 その色は氷色とでも言うのだろうか、白に白を重ねたような美しい色が辺りを覆っている。


「しかし寒いな、雪国にでも来ちまったみてぇだ」


 この世界に来てから寒いとも暑いとも言えない温度に慣れていた三人の体はどんどんその体温を下げていく。

 

 男達のリーダーはA級の一人ペネロペ・センチェス。

 彼は二人の仲間を引き連れある目的のためにここに来た。


「どうするペネロペ? 行くか?」


 仲間の一人モーゼフは尋ねる。


「どうするもなにも行くしかないだろうが、俺達はこのためにこのゲームに参加したんだからな」


 ペネロペは門を抜け、城へと足を進める。


「ダニー、中の様子はどうだ?」


「はい、どうやら二人の人間が城の階段を降りてこっちに向かってるようです」


「そうか、おそらくボレロとその執事のやつだろ」


 三人は慎重に城の扉へと向かう。

 ここはすでにボレロの領地、いつ何が起きてもおかしくない。


「そろそろ扉の前です、出てきます」


 ダニーと呼ばれる小柄の少年は二人に正確に相手の情報を伝える。


「さぁいつでも来やがれ」


 A級能力者であるペネロペは今まで恐怖というのをほとんど味わったことがなかった。

 問題が起きれば大抵自身の力で解決できてしまう。

 解決にはもちろん手荒い手段も使ったし人も殺したことがある。

 ペネロペは自分の力を絶対だと思っていたし、周りにはその力に憧れ付いてきてくれる仲間もいた。


 しかしペネロペは今恐怖していた。

 絶対の強者、氷の女王と呼ばれるボレロ・カーティスがもうすぐ自分の前へ現れようとしている。


────ギィ


 三人の目の前の扉が開く。

 そこから出てきたのはペネロペ達が想像していた人物とはかけ離れたものであった。


「ようこそー! あたしのお城へ!」


 楽しそうにそういう少女の見た目は確かに以前写真で見たボレロ・カーティス本人であり、自分の城と言っているあたり間違いはないだろう。


「ペネロペ、あれがボレロ・カーティスなのか」


「ああ、間違いないはずだ」


「やけに若いな……」


 写真と変わらない姿のボレロ、しかしその写真は三十年以上も前に撮られた写真である。

 目の前にいる少女はどうみても十代半ばの少女であり、三十年前と全く容姿が変わっていない。


「どうしたの? 早く中入って?」


 そう言って少女と執事は城の中へと戻っていった。


「行くぞ二人とも」


 ペネロペ達はボレロの後を追い城の中へと入っていった。


 城の中もやはり全て氷でできており、その内部はこの世のものとは思えないほど美しいものであった。


「油断するなよ」


 城に入ってすぐ正面にある扉をペネロペは押し開けた。

 そこには長い机に置かれている色とりどりの豪勢な食事、そしてその机の一番奥にはフォークとナイフを握って今か今かと食事を待ちかねているボレロの姿があった。


「ようこそ! どう? あなた達のために用意させたのよ?」


 誇らしげにそう語るボレロ。


「あら、どうしたの? 早く座って食べないと冷めちゃうわよ」


「ふざけるなよ……」


 そう言ったのは三人の中でも一番若いダニーであった。


「あらどうしたの? もしかしてお腹減ってなかった? 確かにこの世界じゃ食事なんて必要ないみたいだけどクロードの料理はとても美味しいのよ?」


「そんなもんいるかあああああああ!!!」


 ダニーは机に用意された食事を床にぶちまけた。


「え? え? ど、どうしたの? もしかして何か嫌いなものがあったのかしら! クロード! 早く新しい料理を用意してちょうだい!」


 涙目になりながらクロードに頼むボレロ。

 クロードはそんな状況に特に驚くこともなく、かしこまりましたと返事をする。


「いつまでふざけてるつもりだこの悪魔め!!!」


 ダニーはボレロを睨みつけそう叫んだ。

 

「え?」


「覚えてないか? 三十年前にお前が滅ぼしたスペインのシエラって町のことをよ」


「シ……エラ……?」


「そうだ、お前がその力で町を凍らせ、その住民を残らず食っちまったことをだよ!!!」


 ボレロは暫く考えこむ素振りを見せるとクロードを手招きして呼び寄せた。


「ねぇクロード? あの人が言ってること覚えてる?」


「はい、おそらく彼が仰っているのは三十年前にお嬢様がスペインに旅行へ行った時に通りがかった町のことでしょう、確かそこの住人の方々がお嬢様の気分を害するような汚い言葉をお嬢様に投げかけたためお嬢様はご立腹されたのではなかったでしょうか?」


「あー、そういえばそんなこともあったわね」


 ボレロはそのことを思い出したようだった。


「確かあいつらあたしのことを魔女だ! って言って追いだそうとしたからつい本気になっちゃったのよね、あ、それでそれがどうかしたのかしら?」


「それがどうしただと……? お前が、お前があの時俺の両親を!!!」


「待て! 落ち着けダニー!!!」


 ボレロに飛びかかろうとしたダニーをペネロペとモーゼフが必死で止める。


「お前の気持ちは痛いほど分かる! だが無闇に飛びかかったところで無駄死するだけだぞ! 手筈通りやるんだ!」


 ペネロペとモーゼフの必死の説得によりやっと冷静さを取り戻すダニー。


「すいません、二人も俺と同じように辛いはずなのに……」


「いいんだ、さっさとこんなこと終わらせて故郷に帰ろう」


「はい!」


 三人はあらためてボレロとクロードの方を向き直す。


「モーゼフとダニーはあの執事を、ボレロは俺がやる」

「ああ」「頼みました」


 その様子をみてボレロはクロードに質問をした。


「ねぇクロード? もしかしてあの人達は客人じゃないのかしら?」


「どうやらそのようですね」


「そっかぁ、じゃあ一体何しにここにきたの?」


「さぁ、大方昔にお嬢様に滅ぼされた町の人間の肉親が復讐にきたということでしょうか?」


「ふーん、それじゃあ友達にもなれそうにないわね」


「そうですね、仕方ありませんので食材として使いましょうか」


「そうね、あんまり美味しくなさそうだけどクロードなら美味しくしてくれるでしょ?」


「もちろんですお嬢様」


「それじゃあさっさと終わらせましょうか」

 

 ボレロはそう言うと席から立ち上がり三人の方へ目を向けた。


「来るぞ、まずは頼んだぞモーゼフ」


「ああ、分かってる」


 モーゼフは自身の両手を地面へと付け、力を込めた。

 その瞬間ゴゴゴという音が城の内部に響き、地面が揺れ始める。


「なに!? 地震!? どうしようクロード!」


「ご安心くださいお嬢様、これは地震ではなくどうやら地面が動いているようです」


 次第にゴゴゴと鳴る音の中にパキパキという音が含まれ始める。

 そして突如氷の床が割れ、その割れ目から土の壁が飛び出した。

 土の壁はクロードとボレロの間を塞ぐように二人の間に壁を作った。


「ちょ、ちょっとクロード!」


「もう声は届かねぇよ氷の女王様」


 一人になってしまったボレロの前にはペネロペが立っていた。


「お前は俺がここで必ず殺す」


「知らないわよ! どうなってるの! 早くこの壁どかしなさいよ!」


「それは無理な注文だぜ、あっちじゃ俺の仲間があんたの執事と戦ってんだからな」


「もう! ほんっと最悪! お城には誰も遊び来ないしせっかく来たと思ったらいきなりお城の床から変なの出てくるし!」


 ボレロはその怒りをぶつけるように土の壁を蹴り上げる。


────ガンッ


 鈍い音をたてボレロの全身に痛みが走る。


「いったー!!! もうなんなのよ!」


「無駄だぜ、その壁はたとえ大砲が打ち込まれても砕けることはねぇ」


「許さない! 絶対許さないんだから!」


「それはこっちのセリフだぜ」


 ペネロペは自身の能力、部屋を覆い尽くす炎をボレロに向けて放った。

 その炎は城の壁や床である氷を溶かし、ボレロの体を包み込んだ。 

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