6-3 A級能力者の力
【7:28 森エリア】
この時すでにグローリアの襲撃から10分が経過しようとしていた。
モールを殺し雅史の元へとアーニャが向かっている頃、その雅史はマールから逃げることを止めその場で立ち尽くしていた。
その理由は逃げるのを諦めたからではない。
逃げる必要が無くなったからだった。
「あれ……」
目の前に広がる光景に雅史は見覚えがあった。
体の半分を失い内臓をぶち撒けている目の前のそれ。
それは雅史が夢で見た光景と被るのだ。
あの夢に出てくる少女は血に塗れていた。
しかし今目の前に血塗れの少女はいない。
代わりに血塗れになっているのは自分自身の手。
その死体は暫くすると粒子化し心臓へと変わる。
「俺って一体誰なんだ……普通の大学生……あれ? 俺って学校どこ行ってたっけ……元の世界でどうやって生活してたっけ……両親、友人、同級生……誰の顔も思い出せない……おかしいな……」
何も思い出せない。
自分がいたはずの世界のことを何一つ思い出せない。
思い出せるのは自分の名前と夢の中の記憶だけ。
頭が痛い。
思い出そうとすると頭が痛む。
「の……ぞみ……?」
元の世界を思い出そうと必死に記憶を探ってできたのはのぞみという言葉だけだった。
「これ……あなたがやったの……?」
いつの間にかアーニャが雅史の後ろに立っていた。
マールの死体は消えているが辺りの木や地面の至る所に残された爪痕、そして飛び散った血と心臓を見てマールが殺されたのは明白だった。
「あなた一体なにしたの……?」
アーニャの問いに雅史は笑顔で言った。
「のぞみ……よかった……無事だったんだね……」
そう言って雅史はその場に倒れた。
「何が一体どうなってるのよ……」
理解が追いつかないアーニャ。
状況から見て雅史がマールを殺したのはほぼ確実であったがその方法が分からない。
それに今の雅史の様子、考えれば考えるほどに謎は深まっていく。
辺りを見渡すアーニャはここで地面に落ちているある物を見つけた。
「……羽?」
それは黒い羽だった。
一見すればカラスの羽のように見えるそれは雅史の周りに何枚か落ちており、それがこの今の状況に関係するのは確かだった。
雅史の能力、はたまた第三者の介入。
考えられる可能性はいくつかあるが、アーニャはひとまずこの件を保留することにした。
「とりあえず今はミランダのところに急がないと……」
アーニャはすぐには起きそうもない雅史を木の陰に隠すように寝かせ、元来た道を戻った。
ミランダと離れてから約10分。
下手すればミランダは殺されている、自分の本来の目的を優先するならばミランダの事は忘れここから早く離れるのが正解だろう。
しかし頭では分かっていてもアーニャの体はミランダが逃げた方へと向かっていた。
「結局私はなにがしたいのかしら……」
自分の行動に自分で驚かされるアーニャだったがそれでも歩みは止めない。
アーニャは気づいていなかった、周りの人間をこれ以上失うのを恐れていることに。
◇
その頃ミランダはグローリアから逃げ続けていた。
体力には多少の自信があったミランダだったがグローリアの操るキースは全く速度を落とさずにミランダについて来る。
逃げても逃げても追ってくるグローリアにミランダの精神は限界であった。
「ハァ、ハァ……もう……諦めました」
そう言ってミランダは逃げるのを止め、その場で立ち止まった。
「あらぁ? 鬼ごっこはもうお終い?」
そんなミランダに楽しそうに話しかけるグローリア。
「キースさんを操っているあなたに体力の消耗はない……結局は逃げ切れません」
「アハハ、ご名答」
「だから体力が残っているうちに戦うことにしました」
「へぇ、まぁあたしは追いかける手間も省けていいんだけど──いや? やっぱり獲物を追い詰めてく楽しみがなくなってちょっと残念ねぇ」
まるで今の状況を楽しんでいるかのようなグローリアに向かいミランダは声を荒げた。
「私だってECSの一員なんです!!! あなたみたいな人にただで殺されるわけにはいきません!!!」
「アハ、勇ましいお嬢さんだこと、なら少しは楽しましてねぇ」
グローリアの能力は相手の影にさえ入ればその相手を好きに操ることが出来る。
つまり影に入られた時点で決着が着いてしまうのだ。
一瞬の油断もできないそんな相手に対し、ミランダは慎重に相手の出方を伺う。
「様子見ってわけぇ? つまらないわねぇ、でもこっちはいかせてもらうわよ」
操られたキースの身体は真っ直ぐミランダの元に走り拳を振り上げた。
一瞬自分の腕でガードしようとしたミランダだったがすぐにまずい事に気が付き、思い切り後ろに飛んで拳を躱す。
キースの拳はそのまま勢い余って地面へと激突した。
勢いよくぶつかった地面はドゴン!!! と大きな音を立てて深く抉れた。
「──!」
それは明らかに人間の力ではない威力。
あの拳を自分の体で受けていたらと考えミランダは額から冷や汗を流す。
「アハハ、びっくりした? 人間の迷いない拳って結構な威力なのよ?」
グローリアは人間の影から影へと潜り込む、キースとの肉体的な接触をすれば影が繋がり危険だと判断したミランダの行動だったがまともに受けていたら骨折だけでは済まなかっただろう。
「早くあなたもなんか見せなさいよぉ? こっちばかり攻めてもつまらないじゃないの」
「……分かりました。私の戦い見せてあげます」
ミランダは自信の右手で左腕を掴むと、そのまま左腕を肩から引き千切った。
そのまま千切れた左腕の断面に右手を突っ込み何かを取り出す。
「へぇ、身体の中に武器を隠してるわけ?」
取り出したのは直径20センチはあろう巨大な針だった。
取り出した針は全部で4本。
それを千切れた左腕の指の間で一つ一つ挟んでゆく。
「なるほどねぇ、その腕を操って戦うってわけ?」
「そうです」
「でもいいのぉ? この体はあなたの仲間の体なのよ? そんなので攻撃されたらこの人死んじゃうんじゃないの?」
そう言いながら見せびらかすように先ほど地面を抉ったキースの拳をミランダに見せつける。
その拳は指がひしゃげ、手の甲からは骨が飛び出し血が噴き出している。
あの威力で地面を叩いたのだから当然だろう。
当の本人は操られているせいか無表情のままだが、その怪我がかなり重症なことは見るだけで分かる。
「確かにキースさんは死ぬかもしれません──いえ、かもではなく私が殺します。それしかあなたを影から出す方法を思いつきませんから」
「そっ、案外薄情なのねぇ」
グローリアの言葉を合図にミランダは切り離した針付きの左腕をキースの身体に向かって飛ばした。
凄まじい速度で飛んで行く左腕はその先端にある針でキースの体を突き刺す。
しかしキースの身体はそれを物ともせずにミランダの懐へと入り込んだ。
「いくら攻撃したって無駄よぉ」
「まだです!!!」
キースの拳がミランダの腹部目掛けて向かった瞬間、ミランダの腹部から大量の針が飛び出した。
その針はキースの拳や身体を貫き、そのままその体を遠くへ吹き飛ばす。
吹き飛ばされた体は全身に針が刺さったまま地面を転がり木の根元にぶつかり動きを止めた。
「アハ……やるじゃないの」
常人であれば即死の怪我、しかしキースの体はゆっくりと何事も無かったように起き上がる。
「あなたの能力は切り離した身体の一部を操るって聞いてたんだけど、どうやら自身の体を自由に操れるみたいねぇ」
「さてどうですかね」
「でもそういう能力って自分の能力以外で身体が傷付けられると結構脆いものなのよねぇ……」
グローリアはキースの腕を操り全身に刺さった針を躊躇なく次々と抜いていく。
針が体から抜かれる度に体から血を吹き出すが、キースが心臓に変わることはない。
(勝てない……)
その光景を見てミランダは静かに思った。
なんとか間一髪のところで影に入られずに済んでいるが、相手が痛みも感じず死ぬこともない人形相手では消耗戦でいずれは追い込まれてしまう。
影の中にいるグローリアに直接ダメージを与える手段がなければ絶対に勝てないのだ。
「アハハ、打つ手なしって顔ねぇ、ならこれで終わりかしらぁ」
キースの体は先程と同じように真っ直ぐミランダに突っ込む。
ミランダの体にはもう針は残っていない。
為す術のないミランダはその場に座り込み自分の死を待つのみであった。
「すみません先輩、ここまでみたいです」
あまりにも非力な自分を呪い、役に立つことが出来なかったアーニャに謝罪し目を瞑るミランダ。
そんなミランダの耳にある人物の声が響いた。
「なに諦めてるのよミランダ」
声と同時に乾いた銃声が周囲に響き、キースの身体は再び吹き飛ばされた。
ミランダが恐る恐る目を開けると、目の前にはアーニャの背中があった。
「ア、アーニャ先輩!!!」
「余計な話はいいから状況を簡潔に教えなさい」
「は、はい!」
ミランダは自分を助けてくれたアーニャに礼の言葉を言おうとしたが、それをグッと飲み込み今の状況とグローリアの能力についてを簡潔に説明した。
「グローリアを倒すには影の中にいる本体に直接攻撃しないと無理そうです! キースさんにいくら攻撃しても無駄です!」
「やっぱりね……」
アーニャは少しだけ考え、すぐに今の状況において適切な指示をミランダに出した。
「逃げなさいミランダ。私が少しの間こいつの足止めをするわ」
「え……」
「勘違いしないで。あなたがここにいても邪魔なのよ」
ピシャリと言い放つアーニャにミランダは言い返すことが出来なかった。
確かに自分がこのままここにいても何も出来ないかもしれない、むしろ足を引っ張ってしまう。
「……でも」
「いきなり出てきて撃ってくるなんてひどいじゃないのよぉ?」
額と胸部から血を流しながら立ち上がるキース。
「何をやっても無駄よぉ、あたしが操っている人間はどんなになっても死ぬことなんてないんだから」
その姿はまるでゾンビ。
「確かにミランダの言う通りみたいね……」
アーニャの頬を一筋の汗が伝う。
それはまさに絶望的な状況であった。
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