6-4 犠牲
本体を攻撃する手段。
それを考えた時にアーニャは全く策がないというわけではなかった。
自身の能力で持参した対能力者用兵器、それの一つを使えば可能性は低いがグローリアへ直接攻撃できるかもしれない。
しかしそれはアーニャの最後の切り札であり、もしもそれすらも通じなければ本当に終わりである。
「何をしているのミランダ、早く行きなさい」
「……分かり……ました」
ミランダはアーニャの言葉に歯を噛みながら返事をし、その場から走りだした。
仕方ない、ここで逃げるのは仕方ないのだと自分に言い聞かせ──
「あらあら優しいわねぇ、まぁあんな子がいても確かに邪魔になるだけかしら?」
ボロボロの身体のキースは勢い良く地面を蹴りアーニャに突っ込んだ。
グローリアの戦いには特に策があるわけではない。
何故なら影にさえ触れれば勝ちなのだ。
そんなグローリアに対しアーニャは自身の兵器の一つを手元に転送した。
それは先端に巨大なハサミをつけたような金属の棒だった。
アーニャがその棒に自身の力を加えると先端のハサミが青く光る。
次の瞬間、バシュっという音とともに先端の光から何かが発射されたかと思うと、それはキースの右足をそのまま綺麗に切断してしまった。
右足を失いバランスを崩したキースの身体は地面にダイブするような形で転んだ。
「なによそれぇ……」
地面に這いつくばるような姿勢のキースの体。
「
「へぇ、よく分からないけど凄いわねぇ……」
「でもね」とグローリアは付け加える。
「所詮は子供の玩具ってところ」
そう言うと切断された右足の影と身体の影がウネウネと動き始め、それぞれの影がが繋がっていく。
そしてその影合わせ、互いが吸い寄せられるように切断された右足と体も繋がる。
それはあっという間の出来事だった。
「まぁ、そうよね……」
「アハハ、だからいくらこの男の体壊しても無駄だっていってるじゃないのぉ」
完全に復活したキースの体は再度アーニャに向かって突っ込んでいく。
人間の限界を超えた速度で迫るキースに対し、
水の刃はキースの足や腕、胴体に首、体の至る所を切断するがすぐに影によって繋がってしまう。
そしてキースの体は段々とアーニャとの距離を詰めていく。
「アハハハハハ、ほらほらもっと頑張らないとぉ!」
水の刃を撃ちこむ度にアーニャの体からは体力が奪われていく。
切断しても切断しても回復し、次第にグローリアもキースの体に慣れてきたのか段々とその回復速度も上がっていく。
(そろそろ限界ね……)
アーニャは覚悟を決めた。
こんなところでグローリア如きに自分の切り札を使うのは愚行。
しかも成功するかも分からないゆえに使えば暫くは動くことすらままならない。
しかしここで死んでしまったらなんの意味も無い。
アーニャはその兵器を手元て転送しようと力を使った。
その時だった──
「アーニャ先輩!!!」
それは逃げたはずのミランダだった。
ミランダはアーニャの肩を掴むとそのまま自分の後ろにその体を突き飛ばす。
「な、なにして──」
アーニャが言葉を言い切る前にミランダの体へキースの拳がめり込んだ。
ゴフッと口から大量の血を吐き出すミランダ。
キースの拳はミランダの皮膚を突き破り、内部にまで突き刺さっている。
「先輩……すみません……」
息も絶え絶えにやっと言葉を話すミランダ。
それに対してアーニャは叫んだ。
「な、何してるのよあなた!? 逃げろって言ったじゃない!!!」
「すみません……でも……先輩には死んで欲しくないんです……」
アーニャには分からなかった。
どうして彼女がここまでして自分を庇ったのか。
「泣けるわねぇ、でもこんな事したって少しだけ死ぬのが遅くなるだけなのに」
グローリアはそのままキースの身体を捨て、ミランダの影へと潜り込む。
キースの身体はグローリアの能力を失った事によりミランダとアーニャによって与えられた傷が一気に押し寄せバラバラに朽ち果てた。
この時すでにグローリアは今後の動きを考えていた。
ミランダの体を操り、そのミランダが命を掛けて庇った人間を殺す。
守るはずの人を自らの手で殺す、なんて素晴らしいのだろう。
まさに悲劇。
(少しチープだけどこういうのってほんとあたしの好みなのよねぇ)
グローリアは影の中で笑顔を浮かべた。
しかしすぐにその異変に気づいた。
痛み。
それは影の中にいれば感じるはずのない感覚だった。
「私気付いたんです……あなたの能力が私の能力によく似ていることに……」
ミランダの声は今にも途切れそうで弱々しいもの、しかしグローリアはその言葉を簡単に聞き流すことは出来なかった。
「私は自分で傷つけた体はいくらでも再生できます……でも他人に傷つけられた体は再生できません……あなたがキースさんの体を再生しているのを見て私はあなたの本体はキースさんの体と繋がっているのではないかと思いました……」
腹部が痛む、それも尋常ではない強烈な痛み。
「自分の能力で操っている体は何が起きても死なない……なら操った人間自身の能力でその体が傷つけられたらあなたはどうなりますかね……」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い
グローリアの頭をそれだけが支配する。
ミランダの背中にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
その穴はキースの拳が作ったものではない。
ミランダはキースの拳が自分の体に接触しグローリアが自分の影に入って体を操作しようとする一瞬手前、自らの能力によって自身の内蔵を外へ出したのだ。
「先輩……黒の魔術師を探して下さい……」
「ミランダ……」
ミランダはそうアーニャに伝えると笑顔でアーニャに笑いかけた。
グローリアの制御下に置かれたミランダに能力は使えない。
それはつまり内蔵の無くなった自分自身の体を再生することが出来ないということである。
もう少しだけ……生きたかったなぁ……
「このクソあまがぁぁぁぁぁ!!!」
全てを理解したグローリアはそう叫びミランダの影から脱出した。
このままミランダの影の中に入れば痛みは延々と続き、ミランダが死ねば自分も死んでしまう。
「殺して──」
パンッという乾いた音が辺りに響いた。
アーニャの握る銃から出る煙、そして額に穴を開けて仰け反るグローリア。
A級グローリア・モスカとの決着はあっけないものだった。
やがて絶命したグローリアとミランダは心臓へとその姿を変えていく。
戦いが終わったその場にあったのは4つの心臓。
ミランダ、キース、グローリア、もう一つはグローリアがすでに誰かから奪ったものだろう。
その場にたった一人残されたアーニャは地面に散らばる心臓をじっと見つめ、ミランダ・カリディスという女の事を思い出していた。
アーニャにとって彼女はただの部下だった。
年齢は自分よりも上なのに初めて会った時から先輩先輩と鬱陶しく付きまとわれた。
一緒に行動したのもオーストラリアでの任務の1ヶ月ほどだけで、当然ながら部下以上の感情は無かった。
なのにどうして彼女は自分のために命を投げ捨てることができたのだろうか。
そんな疑問はもう今となっては分からない。
「なんなのかしらね、この気持は……」
それは少しだけ両親を失った時と似ていた。
だが確実に何かが違う。
アーニャは暫くその場で考えてみたが結局は結論に至ることはなかった。
ただ一つ分かったのはミランダが自分のために死んだこと。
「なんて言えばいいかわらないけれど……ありがとうミランダ」
そう言い残しアーニャは心臓を回収すると雅史の元に向かった。
◇
【7:44 森エリア】
雅史を放置した場所にアーニャが着くとそこには雅史とは別にもう一人人間がいた。
その人間は横たわる雅史の傍で何かをしているようだった。
(敵……?)
アーニャはゆっくりとその人影に近づき後ろから銃を突きつける。
「そこで何をしているの」
その人影はアーニャに話かけられるとビクッと身体を震わし両手を上げる。
その手は小刻みに震えていた。
「ゆっくりこっちを向きなさい」
人影はアーニャの言う通りにゆっくりと振り向く。
そしてその顔を見てアーニャは銃を下ろした。
「オリビア……どうしてここに?」
それは探していたはずのオリビアだった。
オリビアはアーニャの顔を見ると怯えたような顔から一点、すぐに安心した表情になりアーニャに抱きついた。
「アーニャーーー!!! 会いたかったよぉぉぉぉぉ!!!」
「ちょ、ちょっと、離れなさいよ」
泣きながら抱きつくオリビア。
「よかったぁぁぁ!!! よかったよぉぉぉお!!!」
「あぁもう鼻水がつく!!! いいから離れなさい!!!」
アーニャは無理やりオリビアを自分から引き剥がすと、懐からちり紙を取り出してオリビアへ渡した。
ちり紙でズビーっと鼻をかみ涙を拭くオリビアにアーニャが尋ねる。
「それでどうしてあなたがここにいるの?」
「え、えーとジャンに川の近くにアーニャがいるはずだから見つけてくれって言われて……」
「ジャンに──! それっていつの話!?」
「確か昨日の朝8時くらい……だと思う」
その時間はリアンとドラゴンに追われ逃げている時、もしくはジャンと別れた時の時間だった。
(おそらく私を逃した後ね……)
「ジャンはなんかすっごい焦った声でアーニャを探してくれって……でもその通信の後からジャンからの連絡はなくて……それでアーニャのことずっと探してて、それでさっきその男の人が倒れてるの見つけて怪我してるみたいだから治療してて、それで、えとそれで」
「いいから少し落ち着きなさい、あなた今一人なの?」
混乱している様子のオリビアをなだめ、質問するアーニャ。
「ううん、ジャンの友達って人と一緒だよ」
「友達……? それって」
ジャンの作戦、それがアーニャの頭を過る。
「おーいオリビアさーん!」
遠くからオリビアを呼ぶ声にアーニャは即座に反応した。
「オリビアさん足早いッスよー!」
息を切らしながら走ってきたのはどこかで見覚えのあるやけに顔の整った黒髪の男だった。
「それ以上近寄らないで」
アーニャは銃を向けその男に警告する。
しかし男はそんなアーニャに特に臆することなく平然とした顔で話しかけた。
「あ、もしかしてあなたがアーニャさん?」
「そうよ、あなたは誰かしら?」
男は軽い口調でその質問に答えた。
「俺は睦沢
それを聞き、アーニャは構えていた銃を下ろした。
ゲーム開始2日目、ここに来てアーニャは仲間との合流を果たすことが出来たのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます