6-2 影の中の敵

 歩き初めて5分。

 最初に異変に気付いたのはアーニャだった。

 最初はただの見間違いかと思ったアーニャだったが、に注意して歩いているとやはりおかしい。


「雅史、少し2人から距離を取りなさい」


 アーニャは小声で雅史に話しかける。

 雅史はそれを疑問に感じ、理由を尋ねようとしたがアーニャの真剣な目つきに何かを感じ黙って2人の後ろに距離をとった。

 キースとミランダ、雅史とアーニャで距離が空いたところでアーニャが口を開いた。


「ねぇ2人とも、そこで止まりなさい」


 アーニャの声に反応してその場で止まるキースとミランダ。


「いったいなんの真似ですかアンナさん……」

「こっちを振り向かないで、少しでも動いたら撃つわよ」


 アーニャはすでに二人に銃を向けている。


「ど、どうしたんですか先輩!?」

「ねぇミランダ、影を操る能力者ってあなた知ってる?」


 緊迫した空気の中でミランダに突然そんな事を尋ねるアーニャ。

 ミランダもそんなアーニャに怪訝な表情を浮かべながら質問に答える。


「影を操る? えーと、確かC級からA級に何人かいたはずですけど……」

「A級の名前は?」

「確かA級の影使いの能力者はグローリア・モスカていうイタリアの女性だけだったと思いますが……」

「正解よ」

「それがどうしたんですかアンナさん……?」

「さっきからおかしいのよ……キース、あなたの影だけがね」

「──!」


 アーニャがそれに気づいたのはキースがしている腕時計だった。

 左につけているはずの時計が影では右に付いている。

 ただそれだけのことだったがそれは明らかに普通では考えられない現象だった。


「いるんでしょ? 影の中に潜むことができるなんてあなたくらいだものね、グローリア」


「そっかぁ、バレちゃったらしかたないわねぇ」


 その声はキースの影の中からハッキリと聞こえた。

 キース自身を含むその場の全員がその影に注目すると、影は地面から浮き出るように形を変え、4人の前に姿を現した。


 それは女だった。

 黒髪にパンクのような派手な衣装の女は4人を見るやニヤリと不気味な笑顔を見せる。


「迂闊だったわねぇ、あたしの国じゃ時計って利き腕に付けるものだからつい間違えちゃったわぁ」


「おいアーニャ、こいつ……」

「グローリア・モスカ、さっきも言ったとおりA級の影使いよ。気をつけなさい、彼女は人の影に入り込んでその人間を自由に操ることができるわ」


 自由に操ることができる。

 そのアーニャの言葉を聞き、自分の影に入られたキースの顔は恐怖に歪む。


「やっぱりECSにはあたしのことはバレバレみたいねぇ」

「当たり前よ、血を啜る悪魔の幹部をノーマークなわけないじゃない」

「アハハ、さすがECSの便利屋娘さんねぇ、本当はもう少し様子見してからがよかったけどまぁ仕方ないわねぇ」


 正体がバレたからといって特に焦る様子もなく軽い口調で話すグローリア。


「全員ここで死になさい」


 グローリアの言葉と同時に辺りの地面が揺れ始め、アーニャと雅史の足元が崩れた。


「──!?」


 それを間一髪のところで雅史とアーニャはその場から飛んで回避する。


「ミランダ! 早くキースから離れて!」


「え、あ、はい!」


 アーニャはすぐさまグローリアに向かって銃を発砲したが、グローリアは再度キースの影に潜り込みそれを回避する。


「お、俺はどうすれば!!!」


 またも自分の影に入られたキースはパニックを起こして助けを乞うが、当然どうすることもできない。


「モール! マール! 2人はそのままそこの2人を殺りなさい! 私はこのミランダって子を殺るわ」

「「了解ですグローリア様」」


 モールとマールと呼ばれた2人の声は崩れた地面の中から聞こえてくる。

 アーニャはチッと舌打ちをして雅史に指示を出した。


「雅史! あなたはできるだけ遠くに走って1人でも引きつけて逃げなさい! 私はもう1人を殺るわ!」

「わ、わかった!」


 雅史はすぐさま走りだした。

 今の自分がアーニャと一緒に戦っても足手まといになるだけだと考えたからだ。


 アーニャは雅史が走る後ろを追うように地面が盛り上がるのを確認してミランダに話しかけた。


「ミランダ、キースの事はもう諦めなさい、その女に影に入られたらおしまいよ」

「そ、そんな……」


 その言葉に狼狽するミランダ。

 そんなミランダにキースは今にも消え入りそうな声で話しかけた。


「アンナさんの……言う通りだ……さっきから体がピクリとも動かない……ミランダ……逃げてくれ……」

「キースさん……」

「早く……逃げろ……」


 キースの言葉にミランダは目に涙を浮かべながら走りだす。


「逃さないわよぉ」


 それをグローリアに操られたキースの体が追いかける。

 結果的にその場に残ったのはアーニャと地面の中にいる敵だけとなった。


「さてと、私は早くあなたを殺してどっちかの加勢に行かないといけないわね」

「グフフ、ECSの小娘がこのモールを殺す? 殺されるの間違いだろ?」

「下品な声ね、耳障りだわ」


 地面の中にいるモールの発言を一蹴するアーニャ。


「この女……ナメやがってぇぇぇぇぇぇ!!!」


 一瞬、アーニャの地面が盛り上がったかと思うとそこから5本の鋭い刃物のような爪が飛び出した。

 その爪は真っ直ぐアーニャの首をめがけて向かうがアーニャはそれをなんなく躱す。


「女にしてはいい動きをするじゃねえかぁ!!!」

「あなたこそ私を舐めないでほしいわね、これでもECSの人間よ」

「ECSがどうしたぁ!!! 俺は血を啜る悪魔だぁ!!!」


 モールの声と同時に5本の爪が地面からアーニャを襲う。

 それを避けるアーニャだが、今度は一度でなく何度も素早く地面から爪が飛び出す。

 間髪入れずに飛び出す爪は徐々にアーニャの首に近づいていく。


「どうしたどうした!!! 逃げてばっかじゃ俺には勝てねえぞ!!!」


 次々と繰り出されるモールの攻撃がついにアーニャの首に届くか否かの瞬間、アーニャはその飛び出してくるモールの腕を掴んだ。


「──え?」


 そしてそのままその腕を上に持ち上げ地面に潜むモールを地上に引っ張りだした。

 引っ張りだされたモールの身体は胴体が異様に大きく、両腕は茶色い毛に覆われ、その腕の先には鋭い5本の爪が生えている。


「やっぱりあなたモグラ兄弟ね」

「え……あ、ちょ、ちょっと待て! 俺の攻撃がこんな簡単に見切れるわけがねえ!」


 まるで引っこ抜かれた芋のような情けない格好でじたばたと足掻くモール。


「だから言ったでしょ、あまり私をなめないでって」


 超常現象対策協会、通称ECS。

 ECSは能力者の確保、監視、そして処分を主な仕事としているため危険な能力者との接触は避けられない。

 構成員も全てが能力者というわけではなくその9割は非能力者である。

 なので能力者との接触、戦闘の際に必要なのはその能力ではなく個人の身体能力やチームワークが不可欠になってくるのだ。

 これは能力者も非能力者も同じでECSに所属するものは対能力者用戦闘訓練を受けることになり、ECSの人間は非戦闘員であってもその戦闘能力は一般人の約3倍と言われている。

 もちろん例外もあるがその力は上の人間になればなるほど強力なもので、強いものならその肉体だけで能力者を確保や処分も可能とする。


 そんなECSの中でアーニャの戦闘センスは同期でも群を抜いてトップ、18歳という若さでECS本部に配属されていたのは能力だけではなくその戦闘能力を買われての事だった。

 

「くそったれ!!! この俺がこんな小娘なんかに!!!」

「あなたは知らないかもしれないけど、あなたのECSでの評価はC級よ、つまり──」


 モールは最後の足掻きとして掴まれていない左手での攻撃を選んだ。

 完全に油断している今なら確実に首をとれる、モールの攻撃はそう確信した上での全力の攻撃であった。


「あなた程度なら私でも能力無しで殺せるってこと」


 モールの攻撃はアーニャに当たることはなかった。

 それは攻撃をしかけた瞬間にアーニャが自身の持っていた銃でモールの額を撃ち抜いたからである。

 後頭部を突き抜けた銃弾と共に意識を刈り取られたモールはそのまま力を無くし、やがて心臓へと姿を変えていく。

 アーニャはそのままモールの心臓を回収し、次の行動を決めるために思考を巡らせた。

  

 雅史とミランダ、どちらを助けに行くべきか。

 今後の戦力的な面を考えればミランダを助けるべきであろう。

 しかしミランダが相手をしているのはA級のグローリアである。

 ミランダと2人で挑んだとしても勝てる確率は低い。


「……まずはあのバカね。ミランダ、少しは粘りなさいよ」


 悩んだ末アーニャは雅史の元へ行くことにした。

 自分と雅史とミランダ、3人で挑めば奇跡的にグローリアを倒すこともできるかもしれない。

 アーニャは雅史の走っていった方向へと走りだした。

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