2日目「惨」
6ー1 新たな仲間
【6:41 森エリア 小さな小屋】
雅史は重い瞼を擦りながら目を覚ました。
もしかしたら起きたら自分の部屋で、いつも通りの日常に戻っていることを一瞬期待したが当然そこは自分の世界ではなかった。
「あら、やっと起きたの?」
アーニャはすでに目を覚ましていたようで外の様子を伺っている。
「うるせ、朝弱いんだよ。いつから起きてたんだ?」
「ずっとよ」
「ずっとって、お前寝てねえのかよ」
「当たり前じゃない、別にこの世界で睡眠は特別必要ないみたいだし機械だけに見張りを任せるのは心配だからね」
「それなら起こしてくれりゃよかったのによ……」
「あなたの見張りっていうのもそれはそれで心配だしこれでいいのよ」
「そうかい」
雅史は昨夜のことを思い出していた。
ミカエルに渡された紙には1日目の脱落者とその時間、そして心臓所有者の数が記載されていた。
脱落者12人、その数字は雅史が想像していたよりも少なかったと言える。
参加者の数が一番多い1日目はもっと多くの者が脱落すると思っていたからだ。
これは恐らく天使長とやらの言う多くの者が様子見、あるいは仲間との合流を優先した結果なのだろう。
そしてなにより雅史が安心したのがアーニャのことだった。
アーニャの様子だと仲間の名前は脱落者リストには入っていなかったらしい。
アーニャ自身はどうでもいいといった様子をだったが雅史の目はどこか安心したように見えた。
「さてと、雅史、これを使いなさい」
そう言ってアーニャが雅史に渡したのは歯ブラシと水が入ったペットボトルだった。
「別にしなくてもなんら問題はないらしいけどやっぱり歯磨きくらいしないと朝はさっぱりしないわね」
「いや……別にしなくていいなら俺はいいんだけど」
「なに言ってるの、あなたは今日死ぬかも知れないのよ? 少しは体を清めておきなさいよ」
「縁起でもねぇなおい」
「あとキースの歯も一緒に磨いてあげなさい。彼は今手も動かせないからね」
「俺がかよ!」
「やりなさい」
「……はい」
嫌々ながら自分の歯を磨き始めた雅史だったが歯を磨いているとなんとなく日常に少し戻った感覚がした。
この世界では食べることも寝ることも歯を磨くことさえも無理にする必要はない。
便利な世界だと最初は思ったが段々と自分が生きているという感覚が無くなっていくのを感じていたのだ。
実際自分は死んでいるらしいのだがそんな実感は無く、こうして歯を磨いているとやはり自分は生きているんだと思える。
帰りたい、その思いが雅史の中で強くなっていった。
歯を磨き終え、男が男の歯を磨くというなんとも気持ちが悪い行為をし、雅史は時間を確認した。
時刻は午前7時になろうとしていた。
「そろそろ仲間にこっちに来るように連絡しなさい」
キースの膝に簡単テレパス機を置いてアーニャはそう指示を出した。
キースはこれから出発するという趣旨を仲間に伝え、こっちに来るように言っている。
「来るそうだ」
一晩中外で待機させられていたキースの仲間は正直可哀想だったがどんな奴なのかは気になる。
念のため雅史はナイフを、アーニャは銃を扉に構えその仲間が来るのを待つ。
少ししてコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「あのう、入ってもよろしいでしょうか……?」
その声は雅史が予想していたものとは違い、女性の声であった。
「いいわ、開けなさい」
扉を開けて姿を現したのは金髪の若い女性。
「ミランダ……?」
アーニャは入ってきた女性を見るやそう呟いた。
「アーニャ先輩! お久しぶりです!」
名前を呼ばれた女性も笑顔でアーニャの名前を口に出した。
「おいおい、アーニャの知り合いなのか?」
「はい! 私はミランダ・カリディスと申します。アーニャ先輩とは以前お仕事でご一緒させていただきました!」
女性だったことも意外だったがアーニャの知り合いということに雅史はいっそう驚いた。
それはアーニャも同じようで、珍しく驚いているように見える。
「まさかあなたも参加していたなんてね」
「私もアーニャ先輩がここにいると聞いた時はとても驚きましたよ」
2人の中で会話が進んでいくので、雅史は焦って話に割り込む。
「ちょっと待て、俺にもわかるよう説明してくれないか? このミランダさんもECSなのか?」
「彼女はそうね……ECSの人間ではあるけど私達とは少し違うわ。ECSはその活動内容から色んな国に行くことが多いから世界中のほとんどの国に支部があるのよ。彼女はオーストラリア支部の人間よ」
世界中に支部がある、それはつまり日本にも支部があるということなのだろうかと考える雅史。
「はい! 私はECSオーストラリア支部の諜報部にいました! 以前一度だけアーニャ先輩と一緒に仕事をしたのですが覚えてもらえているなんて光栄です!」
話を聞く限りアーニャはECSの中でも随分と上の人間らしい。
(まぁいつも偉そうな態度だしな)
「キースが言っていたECSの人間ていうのはあなたのことだったのね」
「あ、それは多分違うと思います! 私なんてまだまだ新米なのでそんな情報たくさんもっているわけではありません……多分キースさんが言ってたのは」
「おいミランダ! 余計なことまで言うな」
「あ、す、すみません!!!」
キースの怒鳴られて慌てるミランダ。
そんなやり取りをアーニャは不審な目で見つつも雅史にキースを自由にするよう指示を出した。
「いいのか?」
「どっちにしろこれから動くのに足手まといになられたら困るしね」
アーニャもミランダを見て少し安心したのだろう。
確かにミランダの様子を見る限りとても敵だとは考えにくい。
雅史はアーニャの指示通りキースの拘束を解く。
「ところでアーニャ先輩、その御方は?」
「ああ、彼はそうね、途中で拾ったのよ」
「拾われた覚えはねえよ! 猫かよ!」
思わずツッコミを入れてしまう雅史。
「でもアーニャ先輩と一緒にいるってことは相当強い方なんですね」
「当たり前じゃない。彼にかかればA級S級なんて道端のゴミと変わらないわ」
「え、えー! そ、それはなんと!!!」
(信じるなよ……てかこいつキースにも仲間が一瞬で殺すとか言ってたな、あれ多分俺のことだと思ってるだろうな)
「でも本当に心強いですね、アーニャ先輩と、えーと」
「市原 雅史だ」
「あ、市原さんが仲間になってくれれば私達の作戦も成功したようなものですよ!」
「まだ仲間になるとは言っていないわ。仲間になるのはオリビアを見つけれたらよ」
「はい、分かっています! 私とキースさんの能力があれば人探しなんてあっという間ですよ! 任して下さい!」
どうもミランダを見ていると気が抜けてしまう。
そう思っているのは雅史だけでなくアーニャも同じだった。
アーニャは基本他人と深く関わろうとは思わないし、周りもそれを察してかあまりアーニャには近付かない。
しかしジャンやミランダのようなタイプの人間はそんな人の気も知らずにずかずかと人の心に入ろうとしてくる。
アーニャはそんな人間が昔から苦手であった。
別にそういう人間が嫌いというわけではなく、ただ単純にどう接したらいいか分からないのだ。
「それじゃあ外も明るくなりましたしさっそく探しましょう!」
殺し合いの場にいるとは思えないような陽気なテンションで頑張るぞー! と気合を入れるミランダ。
こういう奴が一人でもいると空気が変わっていいなと雅史は思った。
4人が小屋から出たところでミランダがさっそく自身の能力を披露した。
あまりこっち見ないでくださいねと恥ずかしそうに断りを入れると突然右目に自分の人差し指と中指を突っ込んだ。
そしてその指を目の中で何やらゴロゴロと動かしている。
「なっ!?」
それを見て思わず声を出してしまう雅史。
グジュグジュという嫌な音が聞こえ、ついに彼女の眼球は目の下に置いていた手のひらにこぼれ落ちた。
その様子をキースとアーニャは冷静に見ている。
「ふいー! 取れました!」
笑顔でそういうミランダの右目はポッカリと穴が開いたように黒くなっている。
だが不思議と血などが出ている様子はない。
「あ、もしかして市原さん驚きました?」
「もしかしてもなにも普通に驚いたよ……大丈夫なのかそれ?」
「大丈夫ですよ! 私の能力は自分の身体の一部を切り離して自在に操ることなので、自分で傷つけた箇所は痛くもないしあとでしっかり回復しますのでご心配なく!」
ご心配無くと言われてもその言葉をそのままはい分かりましたとは素直に言えない。
あまりにもグロテスク過ぎる能力に雅史はさっきまでミランダに感じていた印象を一気に払拭せざる得なかった。
「確認なんですがオリビアさんてちょっと幸薄そうなおっぱいが大きい方で間違いないですよね?」
「ええ、多分そうだと思うわ」
「りょーかいです!」
そう言うとミランダは持っていた眼球を空高く投げた。
眼球はそのまま上に上に上がっていき、途中でその動きを止めた。
地上からではその眼球の姿はほとんど見えず、小さな点のように見える。
「キースさん、何か聞こえますか?」
「そうだな……ここから東に2キロくらいのところを見てくれ、女性の吐息が微かに聞こえる」
確かキースは昨晩自身の能力は聴力を大幅に上げることだと言っていた。
おそらく2人はこの聴力と視力を使って人探し、または索敵を得意としているのだろうと雅史は分析する。
これならオリビアはすぐに見つかるかもしれない、雅史はあらためて能力の便利さに感心した。
「んー、誰かいるようですがここからだと判別できそうにありませんね、幸い道中には誰もいなそうですしもう少し近付いてみましょう」
ミランダの能力である切り離した身体の一部を操作する能力はやはりある程度の限度があるらしく、一番近くにいる女性の近くまで行くことにした。
キースとミランダの能力ならば道中敵に遭遇することは避けられるはずなので、自分とアーニャが2人でいた時よりは遥かに安全だろうと雅史は思った。
それから4人は当たりに気を配りながら女性の近くへと足を進めた。
この時すでに自分達のすぐそばで息を殺して隠れている敵の存在に気づくことなく。
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