貴方と共に
ラックは後から追いかけてきたダハーカと共に薪になりそうな木と食べられそうな木の実を探していた。今晩の食糧は野営地に選んだ場所に行くまでの道のりで襲ってきたファット・バニーの肉があるので問題ないのだが、如何せん肉だけともいうのも味気ない。それに探せば薬になりそうな木の実もあるかもしれなかった。
センリは平気そうな顔をして歩いていたが、あの傷の痛みが耐えられたようなものでないというのは攻撃したラック自身が手ごたえとしてそれを理解していたし、日が傾きかけているとはいえまだまだ野営の準備には早い時間帯でそろそろ休もうと言い出したのも、直接口に出してはいなかったが、彼の身体が限界に近かったが故の行動だろう。努めて笑顔だったが、自分たちを見送っている時も地獄の苦しみを味わっていたことだろうと、ラックは嘆息する。
本当なら配下として今すぐにでも彼の傷を魔法で癒してやりたいところだが、【烙印】は厄介なのだ。あれがまだ【首輪】なのであればラックの神格を以てして彼を呪縛から解き放つ事が出来るだろうというもの。しかし【烙印】は呪いの中で最も簡単で、最も強固である。大量のマナと焼き鏝、それと熟練した呪術師さえいれば特別な生贄もなく施せるのに、いざ解こうとなると精霊の加護が必要になるときている。
精霊とは、神格を持つものですら到達することのできない第六魔導位界に存在する超自然的存在で、通常これらの存在とコンタクトをとることは不可能であるし、仮に出来たとしてもこの世界における宗教は基本的に彼ら精霊を崇める精霊信仰、下手に精霊に接触することは教会の逆鱗に触れかねない。そもそも、霊装の守護者にして試練たる存在であっても所詮一メイル・ゴーレム、精霊が願いを聞き入れてくれるとはとても思えなかった。
まあ、神格としての彼女ならば、融通の利きそうな精霊に心当たりがないわけではないのだが。いや、とラックは首を振りその考えを否定する。こちらの世界でまで彼女に迷惑はかけられないし、そもそも連絡も取れない。
神格か。ラックは薪を拾う手を止めた。ラックがセンリの配下になると言ったのも、半分くらい彼がこの先手に入れることになるであろう神格に興味があったからだ。
センリは強い。肉体面ではなく精神面が、だ。戦いの最中での彼の行動で、ラックは彼の為人を注意深く観察していた。それがラックの本来の仕事であったからだ。何よりも人間の本性がさらけ出される戦闘時の立ち振る舞いを見て、合否を判断する。結論から言って、彼は文句なしの合格だった。
常に友の事を慮り行動し、自らが傷つくことをいとわず前に立ち、衝動的の様に見えて戦いの空気に呑まれず冷静な判断が下せた。なにより常にこちらに向けていた、強者に対する挑戦心のこもった瞳。それが決め手だった。彼は【リベリオン】を手にする者として、ラックが望んでいたものすべてを有していた。理想そのもの。そう、理想そのものだったのだ。
ラックは拾った薪をまとめて担いで、木々の隙間から僅かにのぞく空を仰いだ。彼が、彼の【神格】が理想とした人物など、一人しかいない。たった一人の、偉大な人。その人に、センリは驚くほど似ていた。顔や口調はまるで違うが、性格が、佇まいが、趣が、そして何よりどれほど誰かの為に戦っても、氷の様に冷え切った心が。
悲しいまでに、あの御方に似ていた。思わず、名前を呼んでしまいそうになるほどに。
『泣いているのか?』
放心したように空を見上げていたラックに、美味しそうな木の実を適当に見繕ってきていたダハーカが話しかける。
「私はゴーレムですよ」
泣けるわけない。そう呟いて、センリのいる野営地に向けて歩を進めた。ずかずかと、ダハーカの事を置き去りにするように。
『泣いてた』
「泣いていません」
『泣いてたって』
「泣いていません」
『絶対泣いてたって』
「……」
ああもう、とラックは振り返る。と、今にも泣きそうなダハーカの顔が目の前にあった。小さな羽を力強く羽ばたかせてホバリングする小さな白いドラゴンが。
「貴女の方が泣きそうじゃないですか」
『ラックの方が泣いてた!』
キッと、強く睨まれる。
『塔の中でたまに見た、センリと同じ顔してた』
だから私に顔は、そう反論しようとして、口をつぐむ。思い出したからだ、今の自分には、『魂の絆』を結んだことにより進化してできた血の通った体があるのだと。そっと、頬を撫ぜる。そこには熱い滴が静かに流れていた。
「……ああ、私は泣いていたのですね」
静かにそう呟いた。泣いていたのは何故だろう。あの御方を思い出して? センリの冷たい心の悲しさを思って? ふがいない今の自分を嘆いて?
分からない。ラックはカリ、と頬を掻いた。この身体、メイル・ゴーレム、今はライブ・ゴーレムだが、の【神格】としてこの世界に顕現してから、分からないことだらけだ。
いや、分からない方が良い事もあるのかもしれない。きっとその方が面白い。ラックはきゅっとこぶしを握り締めた。
『やっと笑ったな!』
ダハーカが満面の笑みを湛えてそう言った。今のは笑っていたのか。そうか、笑っていたのか。ラックは噛みしめるように何度も頷いた。そうだ、今私は笑っていたのだ。
そんなラックの様子を見ていたダハーカは、それにな、と続けた。
『何か悩み事があったら友達に相談するといいらしいぞ!』
『友達?』
ラックが聞き返すとダハーカは嬉しそうに笑う。
『センリがな、言ってたんだ。私もセンリもブックマンも、もうラックとは友達だってな!』
『友、達』
配下の自分を、友と呼ぶのですか。そんな、そんなところまで、そっくりだ。本当に。
何もかもがそっくりで、そっくりだからこそ、もう一度やり直せるのかもしれない。センリに『彼』の姿を重ねることは不敬だろうが、それでも、もう一度。
「早く戻ろう。主殿が、我らの友が待っている」
そう自分に言い聞かせるように、ラックは歩み出した。ダハーカも、楽しそうにそれについていく。
不敬であろうと、惨めであろうと。今この胸の中にある喜びは本物だ。ラックは、彼の『ジンカク』は笑う。かつて、そうしていたように。そうであったように。
二等神格『
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