弱者の集落

失格の烙印

「んー、今日はここらへんで野宿するか」


 地下の祭壇を抜けてからかれこれ五時間ほど当てもなく彷徨って、俺はそう提案した。いやまあ森の中でどこに行こうとかもなく延々と歩き続けたのは流石にあれだと思うけどさ、この世界の今の地理に詳しい奴が一人もいないんじゃ仕方ないじゃないか。ブックマンに訊いても『地理データは更新されておりません』とか言われたし。まあそういう訳でとりあえず歩いていたら日が傾き始めたのでね? ああもうこれは野宿の準備するしかないですわとね? とにかくそういう訳である。


「では薪を集めてきますね」


 俺の提案にラックさんは快く頷き、手に持っていた槍を翻して枯れた枝のありそうな場所を探しに行った。ちなみに彼が持っている槍は、彼女が配下になった後「剣か槍はありませんか?」と聞かれて渡したもので、宝物庫の中にあったものだ。

 形状はかなり特殊と言うか、彼曰くショートスピアだそうだが、どう見ても棍である。一切の飾り気がないシンプルな棒で、穂先もついていない。ただ黒塗りの金属製の本体に書き込まれた赤字のルーン文字だけがこの武器がただの武器ではないと物語っている。まあ実際かなり強いようだし、色合い的にラックさんにとてもよく合っていて良い感じだ。

 というかラックさんのあの美声は何なんだろうか。いや本当に。女性の声にしてはまだ低めの声なのだが、低い声とは思えない程よく通る声で、聴いている側が心地よさすら覚えるほどの優しい雰囲気を感じる声なのだ。凄い。いやあ凄い。あの声で本の朗読やったら金取れるレベル。寧ろ金払うから読んでくれないかな。絵本とか、ダハーカが喜びそうだ。

 ん、ダハーカ? あそうだ。


「ダハーカも行ってきてくれ。薪拾いついでに木の実かなんかを取ってきてくれよ」

『うん、分かったぞ!』


 気をつけろよー、とラックさんを追いかけて飛んでいくダハーカを見送る。ひらひらと振り、ダハーカたちが見えなくなったところで、俺はその場に崩れ落ちた。


「ああっ、ぐ……っ!」


 全身が灼けるように痛い。まあ無理もない、内臓がつぶれかけるほどの衝撃で壁にたたきつけられたんだ。平気な方がおかしい。俺は何度も咳きこみ、口から血の塊を吐きだした。時間が立ってアドレナリンの放出が収まってきたからだろう。信じられないくらい痛い。全身打ち身だ。骨もそうだが、何より筋肉が悲鳴を上げている。千切れてしまいそうだ。


「何でみんなの前で素直に「身体が痛いから今日はもう休もう」って言わないんダ?」

「ばっ、か言え、お前」


 友達と配下の前でこんな情けない恰好見せれるかよ、そう言って笑い、また血を吐いた。ここまでくると何かしらの臓器をやられているかもしれない。俺は近くの木に背を預け、全身のマナを負傷した部位の治癒に向けさせた。マナとは一種の生命エネルギーのようなものでもあるらしく、一定量のマナを治療に用いれば通常では考えられない程の速度での回復が可能になるのだとか。俺は咳で乱れた呼吸をゆっくりと整える。


「俺は良いのかネ」

「……お前、俺にくっついて、るからな。隠しよ、うがないぜ」


 安心しろよ、お前も友達だ。痛みで掠れる意識の中、なんとかそう言葉にするとブックマンは照れたように目を逸らした。かわいい奴だ、本だけど。

 ブックマンはしばらく呼吸を整えてマナの制御に集中する俺を見ていたが、やがて視線を俺の背中にずらした。


「【烙印】さえなければ、ラックの回復魔法でとっくに完治していたんダガナ」


 ブックマンが忌々しげにそう呟く。「それはどうしようもないだろ」とおれは自分の右肩、その少し後ろをそっと撫ぜた。


 俺を召喚したブレイフィンという小国が俺に捺した、勇者失格の【烙印】を。



  ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦



「主殿、傷を見せてください」


 ラックに槍を渡し、例の大穴の所まで来たところで彼はそう言ってきた。


「どうして?」

「ライブ・ゴーレムになってから使えるスキルや魔法が色々と新しくなっていたのでスキルツリーを確認していたのですが、回復魔法を覚えていたので」

「マジか、そいつは助かる」


 まさか回復魔法が使えるとは、ただでさえ強いのに万能すぎやしませんかね。そう笑いながら上着とシャツを脱ぐ。


「……っ」

「これはまた」

『だ、大丈夫なのかセンリ!』


 みんなの反応から何となく予想できたが、ゆっくりと視線を体におろすと、それはもうヤバい感じだった。

 思いっきり壁にぶち当たった右半身は全体が紫色に変色しており、あちこちで内出血を起こして腫れあがっている。直接殴られた左半身などはもう、目も当てられないレベルである。服の上からだとよく分からなかったが、明らかに腕が変な方向に曲がっている。内出血の量も、右側の比ではなくヤバい感じだ。言葉で形容すると本当にえげつない感じなのでヤバいの一言で済ませよう。

 なんかもう卒倒しそうな感じの怪我だが、あまり痛みを感じないのは戦闘の直後でアドレナリンどっぱだからだろう。たしか怪我をしたときとか興奮したときとかに出て、鎮痛作用があるらしい。アドレナリン様々だ。


「もうしわけありません、私のせいで……」


 そう言うとラックは槍を置いて右手を俺の胸の前に構えた。そして霞んだ緑色の光の帯が俺の身体の周りを廻り始める。これは回復魔法のマナ命令式だろうか。マナを魔法式として展開すると帯のように見えるらしいと塔の中でダハーカに聞いた覚えがある。


「『急速治癒ラピッドヒーリング』」


 ラックが静かにそう唱えるのと同時に光の帯は収束し、


「そんな、マナが弾かれた⁉」

「ど、どういうことだ」


 呆然とした様子で自分の掌を見つめるラックさんにそう訊ねると、「あ、いえ」と少し落ち着かない様子で答えてくれた。


「治癒の命令式を込めたマナが発動の直前にキャンセルされたのです」

「マナがキャンセル?」


 俺が怪訝そうに聞き返すと、ラックは「そのようです」と腕を組み、考え込んでしまう。妙に居心地の悪い静寂の中で、俺は俺なりに考えてみることにした。

 まず大前提として、体内でマナに仕事を与えて動かすのと、魔法として働かせるのとでは根本から違う事象である。

 それは先程の俺の戦闘でも言えることで、マナを操作して身体そのものの防御力を上昇させたり、脚にマナを込めて跳躍したりと言ったことは、何の問題もなく行う事が出来た。これはスキルにも言えることで、つまるところ何かしらの原因で阻害されるのは魔法だけとみて良いだろう。

 魔法は、マナ操作やスキルの使用と違って。恐らくだが、俺の身体で今魔法をはじいて見せたのはマナの命令式を破壊させる仕組みと考えられる。もしくは、外部からのマナそのものを弾いているのか。いや後者は無い。現に俺は塔から脱出した際にリーヴス大森林でマナの回復を行った。今だってこうして少しずつマナを回復させているから、外部からの遮断の線は薄いだろう。となるとやはり命令式の破壊か。しかしなんで……。


『なあ友よ』


 俺がうんうんうなっていると、ダハーカが話しかけてきた。羽でペチペチと俺の右の肩甲骨辺りをたたく。


『何かここにかっこいいのが書いてあるぞ』

「は?」


 こういうのってって言うんだろ? と誇らしげに胸を張るダハーカ。発音が少し違う気がするっていうか入れ墨? そんなものを入れた覚えはないんだが。


「少し、失礼します」


 思い当たる節でもあったのかラックが俺の後ろに回り、冷たい掌で俺の背中に触る。


「主殿、貴方は異世界人ですね」

「ああ、そうだけど」


 ヘルムの上からでも分かるくらいの真剣な様子でそう言うラックさん。なんで分かったんだろう。名前がアレだったからか? いやそれなら今言う必要はないか。とすると今の行動で俺が異世界人だとわかる節があったわけで。まさか。


「私はこう見えて世間の情勢には気を配る様にしているから知っているのですが、ブレイフィンと言う国は召喚した異世界人を『合格』と『失格』に分けて、それぞれ別の呪いをかけると言われています。『合格』には国の従順な兵器となるよう、命令に逆らえなくなる【首輪】を。そして『失格』は国の敵になる程強く成長する前に死ぬよう、あらゆる魔法が作用しなくなる【烙印】を』

「てことはまさか」


 ええ、とラックさんは頷く。つまるところあれだ。俺がいくら塔の中で特訓して魔力を少しずつ上げていっても魔法が全く使えなかったのも、今こうして回復魔法が効かなかったのも、失格を言い渡された異世界人が生き残ることなく死んでいったのも、全てブレイフィンと言う国家が捺した【烙印】の所為だったと言うわけだ。



  ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦



「何とか、ある程度は回復したか」


 ぐぐっと、体を捩って立ち上がる。まだ体の節々が痛むが、それでも内出血や擦り傷は全部治っている。ラックみたいなのはともかく、ここに来るまでに遭遇した魔物とくらいなら戦えそうだ。


「何をするつもりダ?」


 『大口ビックポケット』に手を突っ込んでごそごそと漁る俺を見てブックマンが怪訝そうに尋ねてくる。


「ラックは薪になりそうな枝、ダハーカは木の実を採りに行ったろ? だから俺は水を汲んで来ようと思ってな」


 ここに来る途中に小川があっただろ、『大口』から、宝物庫で手に入れた皮の水筒を取り出してそう告げる。ちなみにこれもマジックアイテムで、いくらでも水が入る上に、中に入った水は綺麗に浄化されるらしい。すごい。


「それならもう暗くなり始めてるシ『状況理解』で索敵してから行くことをお勧めスルゼ。それにしてもハゲが川に行くとは、何だ、気に良さそうな水草でも探しに行くのカ?」

「いやそんなつもりは無いんだけど」


 え、割とガチで俺の事ハゲだと思ってたのこいつ、怖いんだけど。まあ向上しない俺の扱いは良いとして、提案自体はまともなので俺は大人しく『状況理解』を発動。地味にレベルアップしたことにより、半径三十五メートル以内の状況を理解する。と、これは。


「ブックマン、戦闘準備だ」

「敵、か?」


 ブックマンがそう確認してくる。まあ、敵と言えば敵だ。


「誰かが魔物の群れに襲われてる」


 ラックとダハーカを呼びに行きたいところだが、位置は俺を挟んで対角線。呼びに行ってる暇はない。幸い魔物は中型犬くらいのサイズの角が生えたグロイうさぎみたいな『ファット・バニー』が三体。ここに来る途中でラックが瞬殺してたやつだ。力はそれなりにあるが、動きは鈍い。【霊装】を使わずとも、ビー玉があれば十分俺一人で戦える相手だ。

 俺は大量に『複写コピー』した岩と空気のビー玉をリベリオンに限界、各六発ずつ装填する。これは待機状態のリベリオンでも使える武器で、拳方向に向いたのが二門、肘方向に向いたのが四門の計六門が両腕で十二門。ビー玉専用の射出口で、前の四門は銃として、後ろの八門は空気をビー玉に変えたものを装填して、空気に戻した時の風圧を利用したブースターとして使用するらしい。

 俺の能力にここまで合わせてあるのは、俺のものになったときに【霊装】の姿かたちが決定したからだそうだ。


「あの手合いはまずは岩で牽制、距離を詰められないようになぶり殺し、これでイコウ」

「おう」


 手短に作戦を立てて走り出す。野蛮過ぎるが気にしない。方角は南南西、距離は三十一メートル。ただし木々が生い茂っている為ここからの攻撃は不可能。というか結構近いのに気づかないものである。木々があったからとはいえ、ここら辺はもう少し努力しないといけない。

 俺は反省しながらなるべく音を立てないように接近、しばらく進むと戦闘音が聞こえてきた。金属がぶつかる音――これは恐らくファット・バニーの角を何かしらの武器で弾いている音だろう。戦っている場所は先程俺がいたのと同じ森の。何かしらの理由でそこに生えていた木が倒れて生まれた、木々の無い開けた場所だった。

 俺はできるだけすばやくこちらの位置が見えない場所に移動、木陰から状況を把握しにかかる。


「あれは、ゴブリンか?」


 襲われていたのは身長九十センチくらいの緑色の肌をしたゴブリンだった。

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