あいしてください。

ヒロカワ

あいしてください。

 ボクはマイクロブタ。樹くんに飼われています。名前はくろ。真っ黒だから、くろ。

「くろー、ただいまー」

 おかえり、樹くん!! 大好きな樹くんが帰ってきました。だいがくというところに行っているみたいです。バイトもしてて、帰りが遅い時があります。でも、必ずここに帰ってきてくれます。

「腹減っただろ、ちょっと待ってろよー」

 そう言って、樹くんはご飯を用意してくれます。トレイにドッグフードを入れる音がします。ボクたちマイクロブタは、基本、ドッグフードでも大丈夫です。美味しいです。

「よし、じゃあお手!」

 右前足を樹くんの手の上に置きます。

「おかわり!」

 左前足を樹くんの手の上に置きます。

「食べていいぞ」

 今日もご飯が美味しいです。


*****


 眠る時は、樹くんの布団で一緒に寝ます。お布団はフカフカですごく暖かいです。

「おやすみ、くろー」

 おやすみなさい。樹くん……。

 もし、神様がいるとしたら、ボクは一つだけお願いをしたいです。一日だけで良いから人間になって樹くんとお話がしたいです。そんな事を思いながらボクも眠りについた。


*****


「うわあぁぁ!?」

「ん、どうしたの樹くん」

 樹くんの大声で目が覚めました。何があったんでしょう。

「おま、お前誰だよ!」

「誰って、ボクはくろだよ」

「そういえばくろがいない! お前くろに何かしたのか!?」

「だから、ボクがく…………」

 ちょっと待ってください。オカシイです。何故、樹くんと会話出来てるんでしょう。ボクは自分の前足を見ました。

「あれ、前足じゃない」

 人間の手です。

「いつきくーん!!」

「うぉ!? 泣くな、引っ付くな!」

「ご、ごめんなさい……」

「で? 説明してみろよ」

「はい……」

 寝る寸前に、神様にお願いした事、樹くんと遊びたい事を話しました。

「いや、ありえん……しかし、実際に耳とシッポあるし……」

 うんうんと唸る樹くん。なんだか困らせてしまったみたいです。

「ごめんなさい、樹くん。ボクが願ってしまったから……」

「いや……なんつーか、しょうがねーだろ。とりあえず服着ろ、服」

 そう言って、樹くんがトレーナーと短パンを投げてきました。僕は急いでそれに着替えます。

「あ……パンツ、俺んでいい?」

「樹くんのだったらなんでも」

 楽しくなってにこにこするボクを樹くんも嬉しそうに見つめてきます。

「まさか、くろと話せるなんてな。変な感じだ」

「ボクもです」

 パンツを、ズボンの上から履こうとして、樹くんが慌てて説明してくれました。ズボンの前にパンツを履くのだそうです。

「人間って大変だなぁ」


*****


「朝飯にするかって、お前なに食べるの?」

「? ドッグフード……」

「いや、それは流石に俺の心が痛むからやめてくれ」

 結局樹くんとおなじ物を食べました。人間のご飯はすごく美味しいです!

「俺、今から大学だけど、くろどーする?」

「行ってみたいです!」

「……の、前に帽子買っていくか」

「?」


*****


 広い店内には聞いたことのない音楽が流れています。照明が眩しくてくらくらしました。

「他の服も買っとくか? いや、でも……」

ブツブツと何か言っている樹くんをよそに、ボクはあちこち見て回ります。

「こら、離れるな」

「ごめんなさい」

 あまり動いちゃいけないんだな。勉強になりました。

「くろー、行くぞー」

「はいー」

 樹くんの後ろをてくてく付いていきます。大きな建物の前までやってきました。

「ここが俺の通ってる大学」

「うわぁ、大きいです」

 大学には人間がいっぱいいました。こんなにいっぱいの人間を見たのは初めてでした。樹くんは、付いて来いと言い、また歩き出します。建物の中に入り、複数あるドアの中からひとつ選んで樹くんは中に入りました。

「おはよ、樹……って、誰、その子」

「あぁ、親戚の子。しばらく面倒みるように言われてさ」

「へー、君名前は?」

「くろです」

「くろ? 珍しい名前だな」

「黒谷、な苗字だよ、苗字」

「で、下の名前は?」

「黒助だ」

「黒谷黒助……そんな名前の子もいるんだな……」

「あはは、親戚のおばさん、ちょっと変わってて」

「まぁいいや。宜しくなくろちゃん。俺は新藤一馬」

「一馬さん、よろしくお願いします」

 お辞儀をする。

「え、何この子可愛くない!? 俺、ショタコンじゃねーけど、可愛くない!?」

「手を出しそうで怖い。近付くな」

「やーだー、くろちゃーん」

樹くんに、連れて行かれ一馬さんは少し機嫌が悪そうです。

「おはよ。樹」

「智、おはよう」

「あ、さっき一馬からメール来たから。親戚の子な」

「ぬかりねーぜ!」

「……頼もしい限りだよ」

「初めまして、俺は安達智。よろしくね」

「はい! よろしくおねがいします!!」

「ちゃんと挨拶出来て偉いね」

 褒められて嬉しくなりました。


*****


 大学の講義が終わりボクと樹くんは家に帰りました。今日はバイトをお休みするそうです。

「ボクのせいでごめんなさい……」

「いいよ。俺もくろといっぱい話がしたいし」

「ありがとう、樹くん!」

 嬉しくなって樹くんに抱きつきます。いつもの樹くんのシャンプーの匂いがして安心します。

「くろ……」

 樹くんが毛……じゃない、髪の毛を撫でてくれます。気持ちがいいです。

「なぁ、耳としっぽってどうなってんの? 触ってみていい?」

 興味津々に樹くんが聞いてきます。

「いいよ。あ、でもあんまり触り過ぎないでね」

「なんで?」

 樹くんの手が伸びてきてふにふにとボクの耳を触ります。

「その、気持ちよくなるので……」

「あー、そういえばくろ、耳触ったら気持ちよさそうに鳴いてたもんなー」

「だからあんまり……」

「ん、解ったおしまいな」

少し寂しい気持ちがして、だけどそれを気付かれないようにボクは返事をした。

「うん!」


*****


 樹くんと一緒にお風呂に入る。しゃんぷーとこんでぃしょなーの使い方を教えてもらって自分で髪の毛を洗う。難しい。樹くんにサポートしてもらいながら髪と体を洗い終えた。

「お風呂はあったかくて気持ちいいね、樹くん」

「くろは綺麗好きだもんな。やっぱ毎日洗ってやった方がいい?」

「うん、そうかも……」

 くんくんと自分の匂いを嗅いでみる。臭いだろうか。

「今洗ったばかりだろ」

「そうだった…」

「かわいいなーくろは」

 いつもの調子で、そう口にする樹くん。だけど、ボクはなんだかドキドキしてしまった。

「そ、そうかな?」

「うん、俺マイクロブタ大好きだから」

「ありがとう、樹くん……」

 ボクのご主人様が樹くんでよかったな。心底そう思った。


*****


 お風呂から上がり、ボクはいつもみたいに布団に入る。ぬくぬくして暖かい。眠気はすぐにやって来た。

「なぁ、くろ」

「ん……?」

「明日になったらくろは元の姿に戻っちゃうのか?」

「あ……。…解らない、けど、きっとそうだと思う」

「じゃあ、さ。俺のお願いも一つ聞いてもらっていい?」

「?」

 樹くんがベッドの端に腰かける。スプリングがギシリと音を立てた。

「何、樹くん?」

「ごめんな」

「え……?」

 唇に、何か柔らかいものがふれる。それは一瞬で……。

「え? え??」

「好きだよ、くろ。人間のお前も、ブタのお前も」

「樹く……」

 涙がポロポロこぼれた。明日には元の姿に戻っているかもしれない。それがとても怖くて、でも樹くんの言葉も嬉しくてたくさん涙が出た。

「なぁ、くろ。俺と話したいって思ってくれてありがとうな。俺、一生お前の面倒見るから」

「ボクを、……ボクを愛してください」

「え?」

「いっぱいいっぱい、可愛がってください」

「うん……」

「ボクが死ぬその時まで、どうか……」

「っうん……」


*****


 朝日が眩しくて、ボクは目を覚ました。樹くんはもう起きているみたいでベッドにはいません。夢を見ていたのかな、ボクはそう思いました。夢なら夢で、とても幸せな夢でした。

「くろ、おはよう」

 おはよう、樹くん。今日は天気がいいよ。

「あぁ、天気がいいな」

 あれ? ボクの言いたいことわかるの?

「くろ、おいで」

 ボクは急いで樹くんの所まで走ります。

「昨日はくろとたくさん話が出来て楽しかった。お前がまた願ってくれたら人間になれたりするかな?」

 わからない。

「くろ、お前を一生愛すから」

 チュッとキスされる。恥ずかしくて鳴いた。

「プギー」

「ははっ照れるなよ」





 ボクを愛してくれてありがとう、樹くん――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あいしてください。 ヒロカワ @hirokawa730

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ