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 桓武かんむは新宿第一中学校を出て、一度六本木のオフィスに向かっていた。

 桓武梓蘭結葵かんむしらゆきは、紅建こうこんホールディングス朱紅井あかい社長の秘書以外に、もう一つ仕事があった。

 それが、現政権与党の生天目なばため副幹事長の非常勤秘書、というポジションだった。

 朱紅井が紅建ホールディングスの設立記念パーティに生天目を招待した際に、彼の秘書として邂逅かいこうしたのが初めてで、その時からしばらくことあるごとに生天目は朱紅井と桓武を口説いてきた。

 桓武の個人的判断は何の意味も持たないため、朱紅井が断り続ける限りは、それに歩調を合わせて断っていたのだが、ある日政治との連絡もそろそろ必要ではないかという朱紅井の判断で、桓武は生天目からのオファーを快諾する形で、非常勤という条件付きで副業に生天目副幹事長の秘書室に出入りしていた。

 六本木交差点をやや離れたところにあるビルに、生天目の個人事務所が入居していたため、彼女は車を得て、霞が関と六本木、赤坂や永田町、品川を拠点に活動している。

 そして、朱紅井から特別な呼び出しがない限りは、六本木の生天目のオフィスか、港区の自宅で活動している。

 その六本木のオフィスに向かう道中の赤信号で朱紅井からの着信を受信した。

「はい」

『警察が何か掴んだようだ。所轄の情報提供者から、中野の公園で大量の闇血痕あんけつこんが見つかったらしい。現在は警察が封鎖している。今から向かえるか』

「わかりました。生天目に連絡して向かいます」

『頼む』

 短い通話だった。

 そのまま生天目に遅れる旨を連絡、快諾され、車は進路を変更、一路中野へハンドルを切る。

 少しすると位置情報がナビに到着して位置を確認。平日の午前の都内は空いていて、ものの15分で現場に到着した。

 すでに所轄も公安も去っており、鑑識も現場検証を終えていた。

 残っている警官に、常に携帯している黄巾技研の社員証を見せて捜査協力だと事情を告げると、あっさり立ち入り禁止を示すテープの内側に通される。

 桓武はまず、その地面に残された闇血の量にやや驚きを禁じえない。これだけの量が出血したということは、負傷はひどいはずだ。

 しかし、死にはしないだろう。まだ、そこまでの量ではない。

 地面に膝をついて、闇血だらけの地面を軽く撫でてみる。

 明らかに、乾いてそれなりに時間が経っていた。

 手にやや付着した闇血を口に運ぶ。

 確認する。

 体が、ボウと熱くなって、一瞬のうちにイメージが頭に流れ込む。

ー二人、いや三人。そのうち、負傷したのは…

 わからない。しかし、明らかに、この場に残された血の残留記憶粒子ざんりゅうきおくりゅうしはその流血に関して三人の人間が関わっていることがわかった。

 ひざまづいていたにもかかわらず、少しのめまいに襲われるが、手をついて耐え、土をひとつまみハンカチに包んでジャケットのポケットに仕舞い込む。

 これは、桓武梓蘭結葵かんむしらゆきという人間が、マギフォイア化と同時に手に入れた、魔力的能力の一つだ。

 この世界には、世間的にマギフォイアの存在よりも確実に、魔法師、魔法使いと呼ばれる存在があった。それは血中にEイー遺伝子体と呼ばれる組織を有し、空気中に漂うエーテルという魔力の原子をその血中のE遺伝子体に取り込むことで、力に変換することのできる能力を先天的、あるいは後天的に持った者たちのことだ。マギフォイアに必須とされる闇血は、この魔法使的才能を備えるE遺伝子体と、ヴァンパイア的才能を備えるナギ細胞が混生してできた新血液である。この二者の偏りを示す者がVampireヴァンパイア Magiaマギア偏差、通称VMヴイエム偏差と呼ばれている。この数値が高ければその個体はヴァンパイア的形質が強く、低ければ魔法師的形質が強いとされている。

 この魔法師は、あくまでも日常的にすぐそこにいる存在ではなかったが、テレビに出演する有名芸能人のような確率で、日常生活に溶け込んでいる。かつては争いになり荒れた歴史も存在するが、今は魔法師世界も治安が安定して、緊急の危機ではなくなり、一部の啓蒙けいもう活動により、一部の人間から羨望を浴びるまでの存在となった。

 これに比べればマギフォイアの存在はまだまだ世間一般に明かせるものではないほどに混乱を発生させる要素を多分に含んでいるのが現実だった。

 桓武が得た魔力的才能は、一度体内で活動した闇血が体外に排出された場合に限り、排出されるまでにその闇血に通っていた体が体験した記憶を若干再生することができるというものだった。これはE遺伝子体が、魔力行使者の意思に呼応して活動する随意細胞ずいいさいぼうであるための性質と考えられている。

ー見えた、とは言えないかもね。

 時間が経ち過ぎていたかもしれない。出血した血の主が印象的だと感じた出来事の記憶粒子きおくりゅうししか残っていなかった。

 情報ではあるが、成果とは言えない。

 桓武がその場で出来るのは、そこまでだった。

 テープをくぐって、見張りの警官に礼を言ってからその場を離れ車に向かうと、離れたところに見覚えのある人影が見えた。

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