Prg-c Page.01
開け放っていたベランダのサッシから、ベッドに光が差し込んで、眩しさから逃れる夢を見てしまった。
「…‥ん…」
聞く人が聞けば
ーそうだ。私は…
記憶にある限り、初めての、知らない天井。
知らない壁に、見たことのない風景を見せてくれる窓。
たったそれだけだったが。
ーそれだけで、こんなにも穏やかになれるなんて。
施設の天井も壁も、窓からの風景も、それらに迎えられる碧唯の覚醒は、彼女に失意を思い出させたが、今日はそれがない。
そして、混乱していた意識で過ごしていた彼女の元には、今は部屋の主もいない。
ー眩し、い?
初めてだった。
窓から見える空には、太陽が浮かんでいた。
「これが、おひさま…」
口を突いて出る。
仕方なかった。
記憶の限り、自分の中を、碧唯の思考は探し始める。これと似た風景。太陽の記憶。
しかし、彼女の記憶に、その星の記憶は存在しなかった。
15年間、黄昏街に閉じ込められていた経験を持つ彼女は、そこを抜け出した。
積もりに積もった思いが動き出した。そして、それはとてもすごいことだった。こんなものを見ることができた。
積もりに積もった思いは、彼女の行動に困難だけを想定させていたが、こんなに嬉しいことが待っているとは、彼女はそのことの大きさと困難さにやられて、自分の願ったことの先にある素敵を想像していなかった。
あの部屋を、施設を、街を抜け出して地上に逃れた彼女が初めて見たのは、真っ青な空に浮かぶ暖かい太陽。
手助けしてくれた真夜惟姫の部屋で、一人で、生まれて初めて見る太陽に。
「…………え…」
知らず涙していた。
拭っても、溢れる。
拭っても拭っても。
溢れてくる。
「え?あ、あれ?ど、どうして…?」
窓際に立って、立ったまま、立ち尽くしたまま、両手で、隠すように涙を拭う。
それを観測できたものは、きっと誰もいなかったが、それでも彼女は恥ずかしかった。
「や、やだ…」
ひどく泣いてしまって、惟姫が帰ってきても目が腫れてしまっていたら、どう言い訳したらいいのかわからなかった。
そしてよぎる、惟姫の存在。
同時に、自分がなぜここにいるのか。
そして。
「…そっかぁ」
碧唯は、自分の中に、惟姫と出会った瞬間から抱える決定と、作ってしまった秘密に、落胆する。
もう涙は、喜びではなく悲しみのそれに思えてくる。
ーでも、これ以上甘えるわけにはいかない。見つかったら、きっと迷惑をかけてしまう。助けてくれた人をそんな目に合わせるわけにいかないのだ!
内心で決意して、涙を拭う。もう、泣き虫は逃げたようだった。
しかし、改めて思うと、自分の容姿は目立つ。うっすらと青みがかかってはいるものの、それは近づいてよくよく見てみないとわからないほどの青みで、どうせこれも時間が経てば消えてしまう。となれば、いよいよもって、真っ白な腰までのロングヘアだ。世間知らずの碧唯でも、その容姿が目立つことはわかる。
部屋から持ってきたリュックの中を見てみても、これを隠せるものなどありはしない。
ーど、どうしよう。
と思案し始めて、自分が、出来うる限り追手から逃れようとしていることに気づく。
愚かな話だ。すぐに捕まってもいいと覚悟して抜け出してきたのに、あわよくば逃げ延びようとしているのだ。
現金な自分に失笑がこぼれる。
しかしいずれ、惟姫のことがばれないよう、できうる限りで遠くまで逃れる必要があった。
そのためには、この髪を隠さないといけない。
ー…そうだ。
持ってきた服のうちの片方、ワンピースを取り出して着替える。
すっぽりっと頭からかぶってしまえば、髪の大半を隠すことはできたが、そんな変な格好ではまたこれも別のいみで目立ってしまう。
どうしよう、と考えあぐねながら、部屋を見渡すと、帽子が壁に掛けられていた。
背伸びしてなんとか手にとって被ってみると、やや大きめの帽子だった。デザインもそこまでボーイッシュなものでもなく、鍔も付いていて日よけにもなる。
ーこ、これなら!
碧唯は意気揚々と髪の毛をたくし上げて頭の上にまとめあげ、それが解けないよう帽子をかぶった。今度は少し帽子が窮屈に感じられたが、それくらいの方が、途中で謝って白髪を披露することがないような気がして、それでよしとする。
リュックに着替えた服を詰めて持ち物はそれで全部回収し、玄関から外に出る。合鍵は預かっていたので、それで鍵をかける。
ベランダも施錠した。
朝、惟姫が降りていった階段をゆっくりと降りていく。緊張感が大きくなるが、膝は折れない。
まずは、朝の公園を遠くから眺めてみることにする。警察しかいなければ、まだ怖い追手は来ていないということになる。
そこは、一人で歩いてみると驚くほど近い場所にあった。
建物の陰に隠れて公園の方を伺うと、公衆トイレの周辺の一角が黄色いテープで閉鎖されているのがかろうじて見える。
見張りは一人、制服警官だけだった。
ーも、もしかしてまだ…
周囲に他の人間の姿はない。その制服警官もややぼーっと人が通行する道の方を警戒する程度で、誰かと会話をしている風でもなかった。
ーきてない?
碧唯はさっと公園と反対に向き直って、
「あのー君、ちょっといいかな?」
ジャンパーで無精髭の、くわえタバコの男が声をかけてきたのと同時。
碧唯の背後の公園の現場、制服警官の陰から、一人の女が姿を見せていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます