Prg-b Page.06
「やっといたわ!」
日本語として正しいのかどうなのかと言うセリフが、二限目の移動教室での授業のために廊下を歩いていた
しかも、背後から呼び止めるのではなく、真横からきた。
その瞬間、周囲がざわつくのを惟姫は感じたが、休み時間も長くない。移動教室を急がなければならなかった。
そのためかどうか、惟姫はそのセリフが自分に向けられているのだとは思いもしなかったため、聞こえてはいたがそのまま友人の
「ちょっと!」
今度は感嘆符だったが、セリフだけではなく、腕を掴まれる。
「へ!?僕?!」
「そうよ!いいから、ちょっとついてきて」
「えぇ!?で、でも授業が!」
「すぐ済ませるわよ!あ、そこのお友達さん、こいつはちょっと腹痛でトイレか保健室に行ってることにしておいてね!」
「…へ!?あ、は、はい!」
「が、頑張って生きるんだぞ惟姫!」
不意にかけられる加陽からの激励も意味がわからず、惟姫はその女生徒の歩行ペースに合わせてついていくしかなかった。
掴まれた腕の力はさほど強くはないが、女生徒を相手にでは乱暴に振りほどくのは気が引けてしまう。
「あ、あの、腕」
「逃げないでよ」
「わ、わかった。ついていくから。でもどこに行くのさ」
「屋上」
「へ?」
移動先の教室は理科室だったのでそう遠くはなくて胸を灘下ろす。これなら、ギリギリでも間に合うかもしれない。それにしても、初めて女生徒に屋上に誘われるというのは、なんとも奇妙な感覚だった。
「いいから、とりあえず屋上までは黙って付いてきて」
「あ、う、うん」
ブレザーの女子制服につけられた校章の色は、惟姫と同じ青。
ということは、同級生だということまではわかったが、こんな女子生徒は知り合いになった覚えがない。誰だろう?と考えながら何かひっかりを覚えるが、とりあえず沈黙のまま歩を進めて屋上に到着した。二人で外に出て、惟姫が扉を閉めると、女生徒はキョロキョロと周囲を確認していた。どうやら、人がいるかどうか改めているらしい。
「あ、あのー」
惟姫が控えめに話し始めようと声をかけると、切り出す女生徒。
「あんた、さっきいしん、って呼ばれたけど、名前は?」
「あ、惟姫、真夜惟姫。君は?」
「
惟姫は、そうか、さっき引っかかったのは今朝のことか、と思い至る。
「え、あの有名人が、何の用でしょうか?」
何となく、惟姫は気後れして敬語になってしまう。
「敬語はやめてよ。あたしが年上みたいじゃない」
「あ、ご、ごめん」
「…まあいっか。授業も始まるし、手短に」
「うん」
「あんた、最近なんかあった?」
「え?」
「最近、そうね…ここ二週間くらいで、何か変わったことはない?」
「ちょっと思い返してみないと何ともだけど、すぐ思い出せるのは今日かな」
「何があったの?」
「昨夜、暑いくせにエアコン効きが悪くてコンビニに買い物に出た時の帰りに、チンピラに絡まれちゃって。一発殴られて気を失って、気付いたら朝でさ」
「昨夜?気を失うくらい殴られたの?」
「そう。で、朝公園で目冷まして、慌てて学校に来たよ」
どう説明したらいいのかわからなかった惟姫は、反射的に葵のことを隠してしまっていた。
「なるほどね…で、今朝そんな力で殴られたって割には、どこにも怪我がなさそうだけど」
「え?」
そこで、惟姫は自分の健康体に思い至る。
殴られた。
それは確かだ。
それに、あからさまに寝不足に弱いはずの胃腸も、今日は全くいたって健康だ。
「ほ、ほんとだ…」
思い知って、疑問がわく。
「あれ?僕たしかに殴られたよね?」
「誰に聞いてんのよ。あたしが知るわけないでしょう?」
「そ、そうだよね…おっかしいなぁ」
「連れ出してゴメンなさい。時間も時間だし、もういいわよ。そんなに気を失うほど殴られて無傷っておかしいわよ。他のところに何かあるのかもしれないから、病院に行くことをおすすめするわ」
「そ、そうだね」
「あ、真夜、惟姫、よね」
「そうだよ、
「ありがとう」
「
「すぐ行くわ」
返すと、惟姫は、そっか、それじゃあ、と告げて、もと来た出入り口から校内に戻っていく。
屋上に残された珠希明李は、少しの間無言で思考を己の内側に、視線を空に巡らせてから、始業のチャイムとともに校内へ戻って行った。
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