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「チーッス」

 現場を離れた悠岐飄護ゆうきひょうごは、一度近くに車を止め、現場近くにあったマンションの管理室に電話をかけていた。

 了解を得てから、車を裏手に止めて、管理室に立ち寄る。

「はいはい?」

 受付になっている覗き窓の奥から中年のメガネで作業服の男性が顔を出した。

「さっき電話した、警視庁の悠岐ですが」

「あーはい。さっき電話もらった刑事さんね。今開けますよ」

 と言って、すぐ近くの管理室入り口のドアを開けて招き入れてくれる。掃除用具やらファイルが整然と置かれた、広くはない部屋だ。

「朝からすまんですね」

「いえいえ。お巡りさんもご苦労さんです。監視カメラの記録でしたかな?」

「はい、ここ、2、3時間分をざっくり見せてもらいたいんですが」

「いいですよー。どうぞどうぞ」

 言って男は端末を案内する。

案内されたのは、監視カメラの映像チェックのための民生機で、実際の映像確認は接続されたパソコンで行うものだった。職業柄、同機種のアプリケーションを何度も操作した事のある飄護は、管理人さえ必要でなければこちらで勝手にやるので立会いは結構と告げると、管理人は表掃除してるので終わったら声かけてくれ、と立ち去って行った。

「さってと」

飄護は端末に向き直る。

「君は、誰だい?」

 独り言が口を突いて出る。

 マウスを操作して、再生するアーカイブの時間軸は、今日の午前零時。

 もともとそこまで性能のいいカメラではないらしい。夜間で暗いために暗視モードでの録画になっているのだが、ほぼ白黒だった。しかも設置箇所はマンションの玄関で、カメラは外向きに設置されているため、たまたま偶然、画面奥に公園が映っているという程度のものなのでそれにズームせねばならず、さらに画質は荒くなった。しかしどんなものでも証拠は証拠だ。願わくばできるだけ人相の把握できる画質を期待したいところだったが、そうそう上手いことは行かないらしい。

 飄護はそこから、まずは八倍速で動画を進めていく一時間が七分三十秒で過ぎ去るほどの速度で流れていく動画を、飄護は集中力をもって見守る。

 十秒も経たぬうちに、マウスは等倍再生のボタンをクリックした。

「こいつが、現場の闇血の持ち主っぽいかな‥‥」

 画面に映るのは、短髪の優男だ。手にスティック状と見られる何かをもって、公園の一角、闇血のこびりついていた現場と思われるエリアに進んでいく。

 すると、その男の身長ほどもある植え込みがガサガサと揺れる。

ーあの男が一人で何かしているのか?それとも、もともとあそこには誰かいたのか…。

 しばらくは通行する車などの動きだけで、現場の変化は施設と植え込みに遮られて見えない。

 すると。

 画面左の植え込みに向かって、ゆっくりと近づいていく一人の人間が現れた。

 荒い画面から察するにどうやら男らしいその人物は、やけに慎重に植え込みに向かって歩いていく。

ーやけに慎重。状況を知っている風ではないな。何か聞いたのか?

 その人物もまた、施設の陰にゆっくりと慎重に伺いながら進んでいき、画面からは施設の陰になる。

ーちくしょう。あのトイレには監視カメラついてねーしな……。

 しばらく画面に変化はなく、再生速度を二倍速に切り替える。

 程なくして変化が訪れる。暗視モードが通常モードに切り替わるか切り替わらないかの微妙な時間。施設の陰から、一人の人影が出てきた。慌てて再び等倍速に切り替える。

ー…ほう。ここにきて初登場か。

 暗視モードのカメラが捉えていたのは、一人の髪の長いおそらくは女性と思われる人物が、やけに慎重に現場に近づいていった人物だろう人影の脇に手を回して、引きずりながら施設の陰から出てくる光景だった。

 そんなに巨漢でもなく、見る限り痩せ型で、そんなに身長も高くないその引きずらっれている人物は、決してそこまで体重があるようにはカメラの映像の範囲では見えなかったが、それすらまるで重い土嚢のように引きずる。それほどまでに力のない人物。女性である確率は高まっていく。

ーそれにしてもこれは大ヒントだ。

 その人を引きずる人物の頭部、飄護が髪の長さを判別できた理由。

 白黒に映ってしまっている暗視カメラの映像において、その髪は真っ白く映っていたのだ。

「君たちは、何か知っているのか……」

 飄護が、またひとりごちる。

 女性は人物を引きずりながら画面右にフレームアウトしていき、引き摺られる人物の足先までも、飄護からは完全に見えなくなったその瞬間、陽の光を十分に認識した監視カメラは暗視モードを通常モードに切り替えていた。

「まるで良くできた予告編だな」

 端末を通常の監視モードに切り替えて、席を立ち、管理人に一言礼を告げて飄護はそのマンションを後にした。

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