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 惟姫いしんあおいがきちんと言葉を交わして邂逅かいこうする、その少し前。

 東京都千代田区、霞が関。

 そこには、その国のまつりごとを司る様々な機能を持った多くの省庁が、その心臓となる施設を構えている。永田町ながたちょうに次いで日本の政治の中心と言えようその場所は、また同時に経済の中心としても隆盛りゅうせいを誇っている。周辺の丸の内、大手町などを含めれば様々な企業の本社も少なくなく、金融も数多い。東京駅を挟んですぐには、日本の経済の中枢ちゅうすう、為替と株の流通を司る東京証券取引所も居を構えるこの地域に、とある新進企業の本社がある。

 紅建こうこんホールディングス。

 情報通信事業を主観として、子会社に製薬事業を展開する"蒼天そうてんメディカルリアライズ"、食品関連事業を展開する"緑伸りょくしん食品”、各事業の流通業務を展開する”紫峰しほうロジスティクス”、生体関連技術研究開発事業を展開する”黄巾こうきん技研”などを展開する、新進企業としてはかなり手広で巨大な企業である。

 その本社は、霞ヶ関にある。社屋最上階の社長室からは、皇居と国会議事堂が一望できた。

 今を席巻する勢いを誇る大企業の社長室としてはそこまで広くはないが、備え付けられたインテリアは総じて見るからに高級なレベルに調度が整えられている。

 壁を背にしたデスクにはモニターが三台備えられ、その全てが事細かに別の情報を示している。そのデスクの正面の壁は、日経平均とそれを構成する主要しゅよう225銘柄めいがらの株価チャートが順繰りに表示されるスクリーンとなっていた。現在は取引時間外で、チャートに動きはないが、数分前から東京証券取引所の主要銘柄関連のニュースや、日本とは別の時間軸で動いているニューヨークダウ平均株価の情報、同株式市場のアナリスト分析、為替相場などが黙読にストレスない速度で次々とスクロールする。

 そんな部屋には、数字が苦手な人間にとってみれば地獄のようなデスクに就き不快そうな面持ちで受話した電話を終話させる男と、デスク前のソファに座って無表情にその男の動向を見つめる女の姿があった。

 男は黒い短髪を丁寧に手入れした、仕立てのいいスーツ姿。ビジネスマン然とした格好だが、そのうちにある筋肉が見て取れるような体躯をしている。

 女は艶のある茶髪をアップロールにした、これもまた丁寧な誂えのスーツ姿だ。身を包むスーツの胸元と臀部は緊張感を禁じ得ないが、腰元は締め上げられたようにくびれているのが、座っていてもはっきりとわかる。

朱紅井あかい様」

 ソファの女が声をかける。男は朱紅井あかいというらしい。

「…桓武かんむ。仕事だ」

 桓武かんむと呼ばれたスーツの女は内心で、でしょうね、とつぶやいた。

 電話の着信は、部屋に呼ばれ、車でこのビル到着して桓武かんむが部屋に入ってすぐだった。呼び出された主な要件が電話のそれである可能性もなくはなかったが、桓武かんむはもっと別なことが主な要件ではあろうと思いつつ、タイミングの良すぎる電話に辟易へきえきせずにはいられなかった。

「かしこまりました。今回はどのような」

「女を探せ。この後資料が届く。神支那かみしなが監視し続けていた分家に送った女が、収容されていた施設から消えたらしい」

「では、まずは黄昏街を捜索すればよろしいでしょうか」

「いや、せっかく逃げ出したにも関わらず、あの穴倉にいるのは見つけてくれと言っているようなものだ。施設からそう遠くないところにある破棄されたシャフトの立入禁止テープが破れていたのが発見されたのと、施設からそいつが消えたのが同じく今朝発覚した。人止めが破られていたシャフトは新しいシャフトに通じていたそうだ。ゲートを通らずにメトロに乗っている可能性がある」

「かしこまりました。まずは、こちら側のゲートでトラブルが起きていないか当たります」

「それでいい。直近のシャフトは新宿・市ヶ谷方面行きだ。当たるならばここからが早いな。資料は転送する」

「了解いたしました」

 行って桓武かんむは立ち上がる。それを待っていたかのように、朱紅井あかいはデスクを離れソファの前に立つ桓武かんむの隣の体を投げ出すように座ると、

「脱げ、梓蘭結葵しらゆき

 梓蘭結葵しらゆき、とは桓武かんむを性とする彼女の名だ。

 朱紅井あかいの口調は、先ほど業務命令を下した時のそれとなんら変わりなく、

「…はい」

 やはり、電話はタイミングが良かっただけだった。

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