133豚 神速の行方【スロウ・デニング VS 北方魔王】


 森の中を尋常ならざる速度で進む小柄の少女。

 水色の髪をポニーテールにした小娘が木々の隙間を縫うようにして走っていた。

 恐るべきはその速度だ。

 足元に落ちた枝や堅い石をバキバキと踏み抜く音すらも置き去りにして―――北方魔王フレンダは遥か先をゆく者を必死で追い掛けていた。


「―――あり得ぬッ! 全力じゃ―――ゾッッ!!? わらわの全力を出しておるんじゃッ―――ゾッ!? 何故じゃ! 一体何が起きておるのじゃッ! 何でッ―――わらわはあやつに追いつけないのッッッ―――じゃッ!」


 ただの森がダンジョンへと変貌した奇怪な森の要塞。

 冒険者ギルドからS級ダンジョンに指定されている茨の森スオンフォレストで生まれたカリスマの権化。 

 小柄なピクシーでありながら類稀な能力と強靭な身体を持つ茨の森の王スオンフォレスト・キング


 親もおらず、家族もいない。

 茨の森スオンフォレストの奥地に突然現れた不思議なピクシー。

 だけど、姉と慕うピクシーや仲間と呼べるモンスター達がいつも彼女の傍にいた。


 ―――ドストル帝国からドラゴンと同じく危険視され、いつしか北方魔王と呼ばれるようになった異端のモンスター。

 北方魔王フレンダは全力で道無き道を駆けながらもはや内心を隠すことすら忘れていた。


「負けておるッ―――じゃとッ!? このわらわがただのオークにッ! いやッ―――オークに擬態した人間如きにッ! しかしあやつからは魔道具マジックアイテムによる―――ブーストも感じられぬッ! ―――許されぬッ! ―――絶対に許されることじゃッ! 北方魔王たるわらわが駆けっことはいえッ―――人間に負けるわけにはいかんのッ―――じゃあぁぁぁぁあああああッッッ!!!」


 彼女がの視界の中に、小さく小さく映る何者かの後姿。

 ―――オークだった。

 ―――ピチピチのシャツを着たオークだった。

 異常なまでに研ぎ澄まされた北方魔王の耳に聞こえる音。

 

『ブブブブブ、ブブブブブ』

「だからそれは一体何なのじゃ!? そのブブブブブって呪文は聞いたことが無いのじゃッ!!!」

 


   ●   ●   ●



 擬態したオークの魔法使い御一行。

 特にあの大食いのオークの魔法使いに興味を持ち、彼一人を観察するようになって早数日。

 異常事態が起きたのはちょうど食事の時間だった。

 あのオークの魔法使いが大勢のモンスターにヒールを掛け終わり、再びご飯にパクついていた時だった。


 尋常では無い視力の良さ。

 遠方からオークの魔法使いの様子を観察しているさ中、北方魔王フレンダはじりじりと焼きつく熱を肌で感じた。


「……この強大な力は恐らくリンカーンの魔剣によるものじゃな。B級冒険者の二人が消えたことで抑えのたがが外れたと言ったところじゃろうか―――あれ? あやつは…………ほぉ、そうきたか」


 ―――オークの魔法使いが消えていた。

 文字通り―――オークの魔法使いはその場から一瞬で消えたのだ。

 残されたのは机に置かれた食べかけの食器のみ。

 何が起きたか分からずびっくりして騒いでいる様子のオーク達をよそに、北方魔王フレンダだけは正確にその場で何が起きたのかを理解していた。

 口角を吊り上げ、にんまりと笑う。

 

「……やるではないかオークの魔法使い。わらわの予想通り、お主は只の酔狂者ではないようであったか」


 ―――オークの魔法使いは馬鹿らしい程の魔力を足先に込め、躊躇せず一目散に爆ぜ飛び森の中へと駆け込んだのだ。

 ―――余りにも突然の出来事にオーク達にはオークの魔法使いが消えたように思えたのだろう。

 北方魔王フレンダの推測によれば、恐らくあのオークの魔法使いの足元には踏み抜かれて深く凹んだ地面があるに違いない。


「……リンカーンが行動に出て、オークの里のオークキングがおらぬ。……ふむ。良い心意気じゃオークキング。オークにしては逸材じゃ。故にお主はその若さでオークキングに至ったのじゃろうな……だが、もう間に合わぬ。若さゆえの無謀と言った所か。あのオークキングの命とこのオークの里。リンカーンの言うところの天秤に載せれば、わらわであればオークキングの方に重きを取るが……。そうか、若きオークキング。お主が選択したのなら、その命賭してオークの里を守ってみよ。それにしてもオークの魔法使い、お主まさか―――」  


 興味があった。

 人間の癖にオークに姿を変えて、皇国に忍び込んだ侵入者。

 けれど何をするわけでも無く、オークの里で楽しそうに毎日を過ごす奇特の人間。

 モンスターでありながら人間の世界へ、冒険者に身をやつしている自分とどこか似ているなと北方魔王フレンダは心の片隅で感じていた。


「リンカーンがいるのは大樹ガットーが生える泉の岸辺、このオークの里からではわらわが本気で急いだとしても10分は掛かる。ふむ、もしかするとわらわが人間の生活を知るために冒険者になったように、オークの魔法使い。お主もモンスターの生活を知るためにこの場所に来たのかなしれぬな。……ならば、お主は知るだろう。モンスターの命など塵のように儚いものじゃ。お主はあのオークキングと仲が良かったようじゃが……助かるまいよ、あのオークキングがリンカーンを相手に何分も持たせられるとは思えぬからの…………なあに安心はせいオークの里のモンスター共。リンカーンがオークキングを抹殺しこの里に迫るようであれば、わらわが魔王としてあの者を葬って―――馬 鹿 な ッ」


 ―――しかし北方魔王の思惑は数刻を待たず、崩壊した。



   ●   ●   ●



 残像すらも残さず崇高なる北方魔王は道無き道をひた走る。

 時には木々の枝に片手を掛け、勢いそのままに一気に距離を稼ぐことすらも厭わない。

 ピクシー種に有るまじき暴挙だが、そんな彼女こそが大陸の北方に存在するモンスターの頂点、茨の森の王スオンフォレスト・キング

 北方で暴れるモンスターを次々と傘下に収め、遂にはドストル帝国からもモンスターの親玉、北方魔王として認知されるようになった異色のピクシー。

 類稀なる力を持つ彼女は茨の森スオンフォレストを守るため、高位の冒険者や帝国の精鋭達と幾度刃を交えたか分からない。 


「有り得ぬッ! 有り得ぬぞッッ!!! このわらわがただの人間に追い着けぬと申すかッッッ!!!」


 帝国の軍隊をたった一人で追い返した。

 数人で構成されたA級冒険者パーティを一蹴した。

 他のダンジョンから侵攻してきたS級に指定されるダンジョンマスターをぶちのめした。

 すると、いつの間にか多くのモンスターが彼女に庇護を求めるようになった。


 冒険者ギルドも対策を取らずにはいられなかった。

 そこで負け無しの可愛らしくも恐ろしいピクシー、茨の森の王スオンフォレスト・キングにとある二つ名を授けた。

 彼女こそが茨の森スオンフォレスト手出し厳禁の水色妖精ノータッチ・ブルーライト

 S級モンスターを越える手出し厳禁の災害級モンスターである。


 しかし、そんな恐ろしいモンスターであるフレンダでも―――。


「あやつは南方の人間ッッ―――じゃろうッ!! 北方人と比べて南方人はひ弱で弱いとッ―――聞いていたがあれはッ―――何じゃッ! わらわは帝国の三馬鹿銃士の一人、フランシスカからも逃げ切ったこともあるのッ―――じゃぞ! それが何故離されていくのじゃッ! 何故じゃあああああああああああああああああ!!!!!!」


 ―――追いつけない。

 追いつけない

 オークの魔法使いの背中はどんどん小さくなる。

 オークの魔法使いとの距離はどんどん離されていく。

 焦り、苛立ち、理解不能の現実を前にして―――。

 

「使うかわらわ必殺の―――ふぎゃッッ」


 前方不注意、脳天に光が舞った。

 北方魔王フレンダは黒樹と呼ばれるとっても堅い木の幹に頭からぶつかり意識を飛ばした。

 ピクシー種にしては珍しいが、北方魔王はオークと同じぐらいまぬけな性格をしていたのだった。

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