132豚 火焔の戦い【VS A級冒険者】⑦

 炎が迫る。

 避けるか―――嫌だ。

 だって―――あいつとの距離が離れてしまう。


「ぶ”ひ”ィ”ィ”ィ”ィ”ィ”ィ”””!!!」


 勝ち目は無い。

 分かっている。

 そんなこと―――分かっているッ!

 けれど、どうすればいいッ!

 おいらはッ、オレはッ!!

 ―――どうすればいいッ!!!

 あの冒険者が剣を振るだけで溢れる火炎が森を焼いていく、ただ黙って見ていることしか出来ないのかッ!!!


「いいじゃないッオークキング! そうよ! その目よッ!! 戦いとはかくあるべしなのよッッ!!! あぁもう命の削り合いッを邪魔する奴らは私が排除してあげるからッ! さっきからチラチラこっちを見てるんじゃないわよ火炎浄炎アークフレアァァァ!」


 空へ向かって一直線に放たれる業火の道。

 時折、冒険者を空から奇襲していた飛翔型モンスターもA級冒険者セカンドランナーの余りの強さを前にして完全なる撤退を決断したようだった。

 それも仕方ないと若きオークキングは夢想する。

 炎を吹き出す魔剣なんて反則だ。


「ぶ”ッ”ッッ”ひ”ィ”ィ”ィ”ィ”ィ”ィ”””!!!」


 でも、あのA級冒険者セカンドランナーを置いて逃げるなんて考えは頭のどこにも出て来ない。

 豊かな緑が死んでいく。

 見慣れた景色が消えていく。

 むせかえるような熱気の中で、何もせずとも皮膚がじりじりと焼けていくようだった。しかしあのA級冒険者セカンドランナーは何らかの魔道具でも使っているのか炎に何ら影響を受けていないようだ。


「アハハハハッ!! 何を睨んでいるのかしらッオークキングッ!! 私が焼け死なないのが不思議って顔ねッ!!? 焔剣フランベルジュの炎は私には無害なのよッ!! アハハハハッさあ掛かってきなさいッオークキングッ! 動きを止めた瞬間に死ぬわよ貴方ッッ!!!」


 ギリっと奥歯を噛みしめる。

 強い、強すぎる、これがA級冒険者セカンドランナーか。

 スローブが逃げろって言っていた意味が今なら分かる。

 相手にならない、いや、されていない。

 自分はあいつの掌の上で無様に踊らされているだけだ。


「ぶ”ッ”ッッ”ひ”ィ”ィ”ィ”ィ”ィ”ぶ”ほ”ッ!!」


 悔しい。

 悔しすぎる。

 これが限界なのか、オークキングの限界なのか。

 大樹ガットーが轟々と燃えている、泉を取り囲む森が爛々と赤く照らし出されており、まるで地獄のような光景だった。

 許せない。

 こんな世界を生み出したあの冒険者が許せない。

 許せないのにまだ一撃も当てていない、そんな自分が不甲斐なかった。


「残念、炎の影に隠れたって無駄よッ火炎浄炎アークフレアァァァ!」


 けれど、吹き飛ばされたのは自分の方だ。

 炎の勢いは凄まじく、どれだけ踏ん張っても立ち止まれない。


「アハッアハハハハッ!!! 動きはいいけど弱すぎるわよオークキングッ! 本当の強者に出会ったことが今まで無かったみたいねッ!! 何ならそのオークの魔法使いってのを呼んでもいいのよ!! 二対一なら多少は良い勝負になるんじゃないかしらッッ!!!」


 その名前を聞いた瞬間、オークキングの頭の中に友の顔が思い浮かんだ。

 澄ました顔で何でも解決してしまうオークの魔法使い。羨ましい程頭が良くて今ではオークの里きっての人気者。

 今、スローブがこの光景を見たらどう思うだろう。唖然とするだろうか、悲しむだろうか。

 きっと、悲しむだろうな。

 スローブはこの場所を気に入っていたから。


「段々、動きが鈍くなってきたわよオークキングッ!! もう限界かしら!! そんな体たらくじゃ私に近づくことすら出来ないわよ!!! さあ焼き尽くしなさい焔剣フランベルジュッ! 目に映るものを焼き尽くして、私はS級冒険者トップランナーへの挑戦権を手に入れるッッッ!!!」

 

 がむしゃらな特攻だ。

 自分らしくないと思う。

 炎に彩られた舞台でオークキングが無様に翻弄されていく。

 進化したのにこの有様。オークは弱い、弱すぎる。

 スローブから借りたモンスター図鑑にもオークは雑魚と書かれていた。

 でも泣き言を言ってなんかいられない。


「スローブは来ないぶひッ! スローブはずっとオークの里にいるようなオークじゃないんだぶひィィ!!!」


 若きオークキングは覚えている。

 あれはいつの日か……そうだ。

 確かスローブと一緒にダンジョンに潜っている時だった。

 ダンジョンモンスターに悩んでいたオークの里。皆が近くに出来たダンジョンをどうしようか悩んでいる時、突然スローブが言い出したのだ。


 ダンジョンコア潰しに行くぶひ。


「あらッオークの魔法使いはスローブって言うのねッ!! オークなのにちょっと変わった名前じゃないッ! 俄然興味が湧いてきたわよッとりあえず邪魔なオークキングを倒して会いに行こうとするかしらッ!!! さぁ逃げ続けなさいオークキング! 足を止めた瞬間が命の終わりよッッッ!」


 ダンジョンの暗い穴倉を二人で歩いていた時だった。

 ぶひぶひ言いながら魔法でダンジョンモンスターを次々と倒していくスローブの後ろをブヒータは歩いていた。

 余りにもやることが無かったから、思わずブヒータはスローブに聞いてみたのだった。


『スローブはいつまでオークの里にいるんだぶひィ?』『さあ、俺にも分からないぶひ。でも目的を果たしたら俺達はオークの里を出て行くぶひよ」『目的? 目的って何だぶひィ?』『ブヒータには特別に教えてあげるぶひ。俺の目的は世界平和ぶひよ。最速で世界を平和にして遊びまくるんだぶひ。これ、冗談じゃないぶひ。まじで遊びまくるぶひ』


 事も無げに世界平和なんて言いのけるスローブの姿が余りにも眩しく見えた。

 ブヒータはオークの里で手一杯だけど、何やらスローブは世界を巻き込んだ壮大な未来のために動いているらしい。そんなカッコいい夢を語るオークを今までブヒータは見たことも聞いたことも無かった。だから何も言葉を発することが出来ずに、ブヒータは感動で打ちのめされたのだった。


「スローブはお前なんかを相手にしないぶひィ!!! スローブは、スローブはッッッ―――!!!」


 だからオークの里を預かる若きオークキングは思うのだ。

 突然現れたオークの魔法使いは、出会った時と同じように突然消えてしまうのだろう。

 じゃあブヒータ。またなぶひ、何て言って気軽に去ってしまうのだろう。


「アハッアハハハハッ!!! 終わりが見えてきたわねオークキング! 貴方が死んだ後、あの巨大な村をオークの魔法使いもろともゆっくりと破壊してあげるわよッ!!!」

「スローブが安心してここを出て行くためにもッ! おいらはA級冒険者セカンドランナーなんかに負け―――ごぶほおっひィィィィィィィ」


 足がもつれて転げてしまった。

 顔を上げれば、迫りくる炎の波。

 自分で自分を鼓舞してみたけれど、もう限界だった。

 

「……死闘の果てってのは想像以上に呆気ないものなのよ。さようなら、オークキング。そこそこ頑張ったと思うわよ?」

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