101豚 闇の大精霊ナナトリージュ

 ちょっとだけ未来の出来事。

 とは言っても数十年、数百年といった精霊基準の話ではない。

 既に主人公は変幻チェンジされている。

 これは火の大精霊に引っ張られ、様々な後悔を抱えながらも救世主へと昇華し、世界を救ったシューヤ・ニュケルンの物語ではない。

 彼は躊躇わない。

 強大な力も万能の知識も、余すことなく使わなければ辿り着けない。

 だからアニメの中で最後まで舞台に上がることを拒んだ彼女でも、彼は強引に舞台の上へ連れてくることを厭わないのだ。 

 彼は多くを知っている。

 知っているからこそ―――。



   ●   ●   ●   



 見る者を楽しませる調度品が節操無く置かれている。

 煌びやかではあるが、調和の取れていない部屋だった。

 石龍ロックドラゴンの牙が壁には飾られ、暖炉にくべられているのは永遠に燃え続けるとされる巨大な獄炎蜥蜴エビスカスの歯、そして床に敷き詰められている絨毯は北方トラバス平原にしか存在しない生まれたての柔剛毛羊メーンメーンの毛皮。

 その価値たるや、見る者が見れば卒倒しかねない。

 小心者であれば絨毯を汚すことを恐れ、歩くことすら出来ないだろう。

 贅の限りを尽くした部屋の主人はドストル帝国の帝王でもない、そもそも帝王はこの部屋に入ることは許されていない。

 

 帝都ドストルが誇る何重にも渡る守護門の最奥、切り立った崖と一体化するように作られたドストルキャピタルの最上階が彼女の部屋だった。

 純白のシーツに包まれたベッドの脇に置かれた丸いテーブル。

 その上には飲みかけの紅茶や洋菓子、フルーツなどが山盛りに置かれていた。


「勝手に好き勝手する自由連邦もうざいしー、ほんと南方ってどうしようもないわねー。ダリスには光の大精霊でしょー、皇国には風の大精霊でしょー、サーキスタには水の大精霊でしょー、自由連邦にはうーん、あそこはよく分かんない。でもあそこの女に盗まれたし……本当にむかつくわ! あれが無いと死の大精霊の卵が探せないじゃない!」


 羽毛が詰められた枕をテーブルの上に持ってきて、その上もばふんと頭を乗せている女の子。

 彼女こそがこの部屋の支配者。

 ドストル帝国を影より支配している(と思っている)少女。

 闇の大精霊、ナナトリージュであった。

 腰まで伸びた黒絹のような長い髪は艶やかで、冬の訪れを感じさせる雪のような白い肌、触れることが躊躇われるかのようなほっそりとした手足。

 黒いワンピースで着飾りまるで無機質な人形のように虚空を見つめているが、口から漏れ出る言葉は物騒なことこの上なかった。


「―――あー、テストテスト。こちらリアルオーク」

 

 本来あり得ない筈の声が彼女の部屋に響き渡る。

 声も出さずに彼女は驚愕した。

 よく見れば視界の隅、部屋の隅で埃を被っていた魔道具の山から声が聞こえているようだった。


「―――えー、聞こえていますか。闇の大精霊ナナトリージュ」

「え? 誰? え……えええ、うそ、うそうそうそ!? 誰!?」


 ナナトリージュは魔道具の山を両手で掻き分け、音の発生源を瞳に映した。

 変幻チェンジの力を込めし黒いボタン。

 黒衣のボタンと昔、名付けた魔道具マジックアイテムから声が出ていた。


「―――一応、成功してるみたいだな」

「うそうそっ! 何で! 魔道具に込めた交信の魔法! 誰にも話してないのに! どうして知ってるのよ!!!」


 ナナトリージュは今まで自分が力を込めた魔道具にある機能を付属させていた。

 いつでも自分と対話出来るようにと考えた通話の魔法だ。

 ナナトリージュは素養のある闇の魔法使いにお手製の魔道具を上げる際、必ず対になるペアを作り自室に置いている。

 何かあれば闇の魔法使い達を自室から一方的にパシリにしようと考えていたからだ。

 だが交信の機能があることを教えたことは誰にも無かったし、結局その機能は一度も使われることが無かった。

 だから、魔道具を介して声が届くなんてあり得ないことだった。

 それも―――あちらから。


「えー、こちらリアルオーク。死の大精霊の卵は俺が預かった。繰り返す、こちら。リアルオーク。死の大精霊の卵は俺が預かった」

「はえっ!?」


 闇の大精霊ナナトリージュはさらに驚いた。

 死の大精霊の卵は自分と帝国の王ぐらいしか知らない代物だ。

 全土に死の厄を振りまくと言われている、実に彼女好みのとんでもない魔道具なのだ。


「何で知ってるのよ! ていうかあんた誰よ!」


 ナナトリージュは黒衣のボタンを握り締め、窓の外に飛び出した。

 対となる魔道具を持っている限り、作成者である闇の大精霊ナナトリージュにはどこから声を発信しているか大凡の場所が分かるのだ。


「闇は翼となりて、この身を風へと偽装する! 黒翼ダークウィンド!」


 ナナトリージュは闇の魔道具を握り締めたまま、帝都ドストルキャニオンを空から俯瞰する。

 切り立った崖に巨大な城を作らせ、その周りを何重にも巨大な門が囲んでいる。

 これ以上立派な街が大陸にあろうかと誇らしい程の要塞だが、今はそんなことどうでもよかった。


「えー、こちらリアルオーク。聞こえてますか?」

「―――聞こえてるわよ! このあたしが闇の大精霊ナナトリージュ様だって知ってるワケ! あんまりふざけたこと言ってるとぶっ殺すわよ!!!」

「繰り返す。闇の大精霊ナナトリージュ。死の大精霊の卵は預かった」

「―――何度も言わなくても聞こえてるってのー!」

「繰り返す。闇の大精霊ナナトリージュ。俺の声が聞こえていないのか?」

「―――聞こえてるって言ってるじゃない。頭可笑しいんじゃないの! 会話ってのはね、一方通行でやられるとすっごいムカつくだからー! それに何よりリアルオークですって! 頭可笑しいんじゃないの!」

「繰り返す。こちらリアルオーク。俺は今、皇国にいる。そして俺は一人でお前を迎え撃つ覚悟がある。だからお前も一人で来い」

「―――なによこれー! 壊れてるじゃない! っち、あたしの声は届いていないってわけね! こんなことなら魔道具全部ちゃんとメンテナンスしとくんだった!」

「繰り返す。こちらリアルオーク……いや、冗談は止めとこう。俺の名前はスロウだ。風の神童と呼ばれ、お前に暗殺者を送り込まれた豚だ。―――え、おいブヒータ! どうしたッ!」

「―――こっちの声が届かないってのはイラつくわね! いっそのことこれを直して通信出来るようになってからこいつの元に……いや、直接行ったほうが早いわ!」

「冒険者のパーティ!? おいブヒータ! そいつらの中に色付きの腕輪を付けている奴はいないか! それがある程度の強さの目安になる! ……へえ、青か! だったらB級冒険者ってやつだ! ああ今そっちに行く……ぶひ! いっちょ人間相手に腕試しをしてやるかぶひ!」

「―――冒険者!? もう! ああもう! イライラするわね! 何なのよー! あんた! 何してるのよー! 気になるじゃない! あと所々のそのぶひは何なのよ!!」

「俺の声が聞こえてることを願って闇の大精霊ナナトリージュ。死の大精霊の卵は俺が預かっている」

「―――分かってるわよ! だから全速力でそっちに向かってやるって言ってんのよ! あとね! 風の神童なんてカッコつけてるけど滅茶苦茶ダサいんだから! あんたのセンスの疑うわ! ……ん……風の神童? どこかで聞き覚えがあるような……」

「クソッ、この魔道具に残されたお前の力も後僅かみたいだ。だから最後に一言伝えとくぞ」

「―――分かってるわよ! どうせ死の大精霊の卵は預かってるとか言うんでしょう」

「おい、ブヒータ! お前は病人、ぶひ! ああくそ! いいか、出来るだけ早く俺の元に――――――やってこい!!」

「―――チ! 途切れた! ……ああもう言いたいことばかり言って何て奴よー! ……それに、風の神童って……あ、思い出したー! こっちでも話題になっていたじゃない!……風の神童、スロ~デニング! 南方に生まれたドラゴンスレイヤー!」


 その日、帝都から闇の大精霊が消えた。

 はち切れんばかりの意思が込められた声を聞き、久々に身が震えるような高揚心をナナトリージュは味わっていた。

 この帝国を支配する闇の大精霊に向かって、何たる暴言。

 闇の大精霊ナナトリージュは苛立たし気に闇の魔道具マジックアイテム、黒衣のボタンを握り締めた。


「―――待ってなさい風の神童。いいえ……リアルオーク、スロ~デニング! あんたが誰に喧嘩を売ったか……じっくりと身体に味合わせてあげるんだからー!」

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