100豚 ―――モンスターッ!!!

「スロウ様! オークです! シュッとしたオークになりました! 目つきもちょっとつぶらなで、だらーとした体格もポイント高いです! あ! 頭に髪の毛が生えてます! すごいです!」


 え? 髪?

 うわまじだ!

 頭を触ると髪の毛らしき物体が手に触れた。

 俺は自分の身体を見る。

 肌色の太い腕、足、沢山息が吸えそうなでかい鼻。

 紛れの無いオークさんだ!

 ぶひぃぶひぃ!!! 俺は服を着たオークさんなのだ!

  

「スロウ様! 私はどんなモンスターになったんですか? ……あれ? 何だろうこの水着みたいなの……! ……きゃっ!」


 シャーロットが慌てて両手で自分の身体を隠すように押さえた。

 シャーロットの格好は人間らしい容姿を残したまま、ちょっと神秘的な白い肌の妖精さんみたいな感じだ。

 でも面積の少ない生地の服で大事な箇所、ご、ごほんごほん!を隠した小悪魔チックなモンスター!

 悪戯っぽい笑みを浮かべればちょっとアダルティな水着アイドル路線一直線!

 シャーロットはエッチなサキュバスさんだ!

 だけどこれは断じて俺の趣味じゃないぞ!

 皇国で起こるだろう様々な要素を入念に吟味した結果、シャーロットにはサキュバスさんになってもらうことにしたのだ!

 ……ってきわどすぎるだろ、これ。

 いかんのじゃないか、いかんのじゃないかこれ。

 ……そこそこ成長した二つのトマトさんが…………。


「…………ぶひぃ」


 シャーロットはわなわなと震えていた。

 やはり自分の身体を両手で抑えつつ、涙目でオークとなった俺をキッと睨んでいる。


「な、な、な、何でこんな格好なんですか! スロウ様、説明して下さい! こ、こんなの許されません! ハレンチすぎます!」」  

「お、落ち着いてシャーロット。皇国で起こるであろう様々なことを沢山の角度から考察した結果―――」

「私、知ってます! スロウ様が図鑑に折り目つけてたページのこと! そこに乗ってたモンスターもちゃんと覚えてます!」

「ブ、ブヒ!? 折り目!? シャーロット、そんなとこまでチェックしてるの!?」

「これってサキュバスですよね! 北方に生息するモンスター! 南方にはあんまり現れないから残念だなーってスロウ様が昔ぼやいてたの私、覚えてます!」


 何て記憶力だ!

 ぶひぶひぶっひぃぃぃぃぃぃ!

 だが哀れなシャーロットの怒りの声は第三者の怒りの鳴き声によって掻き消されてしまうのだ!。


「にゃああああああああああああ! シャーロットにゃあ! 生シャーロットにゃあ!」


 ぴかーんと光って、遅れて黒猫さんが現れる。

 本日の主役、風の大精霊さんだ!

 だけどただの黒猫じゃない! 尻尾が二つに分かれているのだ!

 化け猫ならぬ猫又さんだ! 

 猫又となった大精霊さんはシャーロットの頭にぴょこんと飛び乗った。


「え、えっ、あ、そうでした! この子が風の大精霊様ですよねスロウ様! アルトアンジュ様、いつも見守って下さってありがとうございます!!」

 

 シャーロットが勢い良くペコリと頭を下げて挨拶したため、大精霊さんは床に落ちてダメージを受けていた。

 前もってシャーロットに姿が見えない風の大精霊さんを見えるようにさせるよーと言っていた。

 だが、アルトアンジュの降臨も忘れてしまうぐらいシャーロットには自分の格好が衝撃的だったらしい。


「忘れられた恨みにゃあああああああ」


 その後、シャーロットに対する大精霊さんのくすぐり攻撃とシャーロットに何故シャーロットがサキュバスさんでないといけないのか説明するのに大分時間が掛かってしまった。 

 シャーロットは今、恥ずかしいのかベットの上にへなへなと座り、毛布を身体に巻き付けて俺を睨んでいる。……ぶひぃ!

 そして見事、オークさんになった俺はというと……。


「……あれ、前より疲れるな……確かに闇の魔法は苦手だけど……」


 かなりの疲労感を感じて、床にへたり込んでしまっていた。


「にゃあ達二人も闇の魔法で姿を変えるなんてとんでもない大魔法にゃあ。むしろそれだけですんでるお前がありえないにゃあ」


 シャーロットの頭の上に乗っているアルトアンジュが言った。


「私もそう思います。冷静に考えると、こうして本当に姿が変わるなんてびっくりです……そりゃあもっと違うモンスターが良かったですけど……ハレンチすぎます……こんな姿で外歩けません私……」

「大丈夫。上から服を羽織ればいいんだシャーロット」

「うー……。根本的な解決になってません……」


 国境付近を飛んでいるモンスターからは怪しまれるだろうけど、俺たちもモンスターだ。

 服なんか着て、変わり者のモンスターがやって来たと思われるぐらいだろう。


「あの黒いボタン。ナナリーの力を感じるにゃあ。最悪にゃあ。それここに捨てていかないかにゃあ」

「後でちゃんと傭兵さんに返さないといけないからダメだ」

「げえ~にゃあ。あいつが近くにるような感じにゃあ」


 闇の大精霊さんは他の大精霊さんから嫌われてるからなあ。

 迷惑かけてばっかりだから、当然なんだけど。


「それにしても魔力が一気に持っていかれた気がするな」

「あの傭兵でも自分一人の姿を変えるぐらいが限界なのにゃあ。幾ら六大魔法に適性がある全属性エレメンタルマスターとはいえ向き不向きがあるにゃあ。スロウの場合、一番向いてるのが風魔法で、一番向いてないのが闇魔法にゃあ。魔力消費が激しいって言われてる闇の魔法を使ってそれぐらいですんでるなんて末恐ろしいにゃあ」


 うーん、確かにな。

 魔道具の正当な後継者であり、闇の魔法に熟知した傭兵さんでも自分一人の姿を変えるのが精一杯なのだ。

 つまり、今の俺はチートリアルオークさんなのだ!


「でも闇の魔法を使い過ぎるとナナリーに……。にゃあ、闇の大精霊のあだ名にゃあ。あいつに目を付けられるから止めたほうがいいにゃあ」

「目を付けられるってどういうこと?」

「闇の大精霊は闇の素養を持つ者に敏感にゃあ。大陸各地で優秀な闇の魔法使いの気配を感じたら、直接スカウトに行っていた時代もあるぐらいにゃあ。だからあつの国はあれだけ強くなったにゃあ。闇の魔法で簡単に実体化出来るあいつだからこそ出来る技だにゃあ」


 闇の大精霊さんはそんなこともしていたのか。

 そういえば自分の気に入ったものは何でも収集するっていうコレクター癖があったよな確か。

 

「あと、前に言ったにゃあ。あの薬を飲み始めてから脂肪が魔力に変換されてたって。学園で暴れた時を基準に魔法を使ったらダメにゃあ。すぐにノックダウンするにゃあ。同じぐらい魔法使いたかったら脂肪を蓄積しないといけないにゃあ」


 そして何やら力説する大精霊さんを前にして、俺は嘆息するのだった。

 どうやら俺はとんでも体質オークさんになってしまったようだ。

 脂肪を魔力変換なんて聞いたことがないぞ。


「じゃあ太れば太るほど魔法が使えるってことか……全くあの痩せ薬はとんでもない代物だったんだな」

「そうにゃあ。」

「……よし! 俺は皇国で太るぞ!」

「ええ! どうしてそういう発想になるんですかスロウ様! 可笑しいです! ダリスに戻ってあの薬の成分とかを調べないと! いえ先にあの大会の主催者さんに抗議しないと!」


 これから自由連邦で起こる代理戦争に俺は介入するつもりだ。

 【秋の亡霊大祭り】とまで呼ばれたアニメでも屈指のバトルシーン。

 黒龍さんとの闘いの比較にもならないものになるだろうから俺も準備しとかないと! 沢山太るぞ!

 ぶひい!! ぶひぶっひぃぃぃぃぃぃ!!

 俺は買い込んだ食料が詰まる袋に手を突っ込んだ!


「あ! スロウ様! ダメです! それは皇国に持っていくご飯です! 今食べたら皇国で何を食べたらいいか分からなくなっちゃいます!」


 取り出した果物を丸かじり。

 シャーロットが慌てて止めるが、もういっちょ丸かじり!

 ぶひぃぃぶひひぶひ!! 果汁が溢れ出る! ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!!!!!!

 さらにアルトアンジュが袋に突進して、中からゴロゴロと食べ物が床に転がった。


「にゃあも食べるにゃあああ! 食いだめにゃあ!!」

「ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!!」

「止めて下さい! スロウ様! アルトアンジュ様も! 怒りますよ!」


 その後、俺は丸まった背中をポカポカとサキュバスさんに叩かれ続けたのだった。

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