99豚 俺達は―――
クルッシュ魔法学園を抜けだした後は森の中をシャーロットと共に馬を連れて進んだ。
かなりの強行軍だったけどシャーロットが何の苦もなく馬に操っていたのが何よりも印象的。
俺よりも上手な気がしたから理由を聞くと、デニング家での教育の賜ですと自信満々に言っていた。
ん? それよりどうやって馬を手に入れたのかって?
「ただいま、シャーロット。とりあえず一通り買ってきた、でもこれで本当にすっからかんになっちゃったな」
別れの挨拶を学園長としてる最中、ダメ元で頼んだら何と馬を二頭貰えたのだ!
好きな馬を持って行っていいと学園長は快諾してくれた。
さらに俺がデニング家から出奔することに関してもマルディーニ枢機卿や父上に対しての説得は任せろと言ってくれた。学園長はダリスの王宮でもマルディーニ枢機卿に次ぐレベルで強い発言権を持っている、心強い限りだ。
「お帰りなさいスロウ様。…………って肩に担いでいるそれ、スコップですか?」
「紛れの無いスコップさ。ちょっと皇国で宝探しをしようと思ってね」
俺は壁にスコップを立てかけた。
そしてシャーロットに村で買った長持ちする食料品などが詰まった包みを渡す。
「それにしてもこんな場所に村があるなんてビックリです」
「通称、隠者の里。世捨て人みたいに暮らす人達が作る村だ、大陸を巡る旅人ぐらいしか知らないらしいけど、こんな村は他国にも幾つかあるらしい。俺はここだけしか知らないけどね」
俺たちは皇国との国境沿いにある寂れた村の宿の一室にいる。
ダリスも把握していない、旅人の間でこっそりと伝えられているような村だ。
ここの村人も口数も少なく、世の喧騒を嫌う隠者のように生活している。誰が何の目的で訪れたとしてもそれを他所へ口外するようなこともしない。
アニメでシューヤ達が皇国に侵入するために使っていたのを俺は覚えていたのだ!
「……あ。コマの実もあったんですね。これ、非常食としては最適なんです」
「適当に買い込んでみた。持っていけなさそうなものはここでお腹に詰め込んでいこう」
「そうですね……あの、スロウ様。私一体、どんなモンスターになるんですか?」
おずおずとシャーロットは口にする。
可愛らしい白いブラウスに深い緑のスカート。
綺麗なシルバーヘアーに前髪を止める淡い緑色の髪留めと優しげな微笑。
隠者の里なんかには到底似合わない、高貴なお嬢様って感じだ。
そんなシャーロットとは既に様々な秘密をお互い共有している。
精霊の声や姿を見えることや俺の血が精霊にとっての最高の供物であり、杖が無くとも魔法が使えることなど。
シャーロットは当然、その素性や最近、モンスターの気持ちがちょっとだけ分かるようになったことなど。
そんなことを話し合ってからシャーロットは穏やかな表情を見せることが多くなった気がするし、寝る前は皇国が昔どんな国だったのか記憶にある限り話してくれるようになった。
と、当然違うベッドだ! ぶっひぃぃぃぃぃぃぃ!!!
「秘密ぶひ。楽しみにしててぶひ」
「ええー、どうしてですかスロウ様! 教えてくれてもいいじゃないですか! いきなり想像もしてなかったモンスターになったらびっくりしちゃいます! スロウ様が貴族を辞めたって後で聞いた時もびっくりしましたし!」
道中で俺が貴族を辞めることに対しての一悶着はあったのだけど、結局シャーロットが途中で折れたのだ。
あれだけのことをした俺にどのような未来が待っているのか、考えるだけでも恐ろしいことをシャーロットは分かってくれたらしい。
だから隠者の里に辿り着く前に訪れた幾つかの町では俺は出来るだけ宿の中にいるよう努めていた。外に出て食べ物などを買っていたシャーロットの情報によると、町ではダリスにドラゴンスレイヤーが誕生したと大騒ぎになっているらしいけれど、俺が出奔したことについての情報は公開されていなかったらしい。
ダリスで一番の大貴族、デニング公爵家から出奔者が出ればそれだけで話のネタとしては最高だ。それもあの豚公爵、なんて。
でも南方に現れた黒龍やドラゴンスレイヤーの話ばかりってことはマルディーニ枢機卿あたりの上層部が隠し通しているんだろうな。
あの人の今の気持ちは何となく分かる。
南方四大同盟の中でダリスの権威を上げるために俺を利用したくて堪らないんだろうな。
シューヤが南方の旗印としてアニメの中で祭り上げられていたのと同じように。
さーて、これからマルディーニ枢機卿や父上が一体、どんな手を使って俺を探し出そうとするのか……想像しただけでも恐ろしいな……。
「あ、そういえば宿の一階に置いてあった記事に自由連邦のダンジョン冒険者ギルド本部……ええと、あっそうです、ネメシスからドラゴンスレイヤーの功を称えて特A級冒険者の称号がスロウ様に送られるかもって書いてありました」
俺はぐっと拳を握り締めた。
アニメの中でもシューヤがとんでもない活躍をして一気にB級冒険者へとランクアップしていたことがあったのだ。
生きてくためにはお金を稼ぐ必要がある。
色んな仕事の中でも冒険者なんてまさに俺にうってつけ。
高位の冒険者じゃないと潜れないダンジョンも沢山あるから、特A級冒険者なんて最高の称号だ。
最高位であるS級冒険者の一つ下、そんなとこにいきなりカテゴライズされたってことはそれだけドラゴンスレイヤーのインパクトがすごかったんだろうな~。
ありがたい、本当にありがたいことである。
ぶひぶひ。
俺は自由連邦にいるだろうとある
ほんとありがとうございます。
「……いや~、ほんと姿を隠して良かった。あのまま学園にいたら息の付く暇も無さそうな未来が俺を待っていたみたいだ」
「そうですね……でも私、スロウ様が貴族じゃなくなっちゃったからこれからどうしようって思ってましたけど、いざとなったら冒険者になっても食べていけそうなことが分かってほっとしました」
そう言って両手にジャムの瓶を持ったシャーロットは笑った。
「シャーロットと一緒に大陸中のダンジョンを制覇するってのも楽しいかも。しかも特A級冒険者ってことはサーキスタのS級ダンジョンにも挑戦出来る権利がもらえるってことか」
「……わー! 嘘です嘘です冗談です! 冒険者なんて危ないからダメです!」
「未知なるモンスターに出会うチャンスだよシャーロット」
南方に誕生したドラゴンスレイヤー。
でも自由連邦に本拠地を置く冒険者ギルドがそんなことを言い出すってことはよっぽど金になると思われてるんだろうな~。
いやもしかして帝国への牽制って線もあるか?
シューヤもアニメの中では英雄だ英雄だ、と冒険者ギルドから持て囃されてやばいことになってたし。
特A級ってことはダンジョン問題に悩む小国からは良い扱いを受けることが出来そうだな。
そうした待遇を受けるのは楽しそうだけど、今は残念ながら他にやることが沢山あるのだ。速攻で世界平和を達成するために暗躍するのだ俺たちは。
「……スロウ様は小さい頃からモンスター図鑑みたいなのを沢山読んでいました。……はぁ私、どんな可笑しなモンスターにされちゃうんでしょう」
シャーロットは俺をちらりと見て、再び大きな灰色の大きな鞄に向き直った。
水筒とお弁当箱を両手に持ち見比べている、どっちを持っていこうか等と吟味しているようだ。
ちなみに俺はもう貴族じゃないから別に様付けしなくてもいいよと言ったのだけど、自分は従者なのだと言って聞かないのでもうそのまま通すことにしたのだ。
「シャーロットはお姫様だし、それに似合ったモンスターを考えてるよ。モンスター大全を全巻頭の中に入れている俺が選び出したモンスターだから安心してくれぶひ!」
「……スロウ様。オーク語が上手くなりましたね。元からオーク語喋ってたような気もありますけど」
「ぶひぃ!」
俺達はモンスターになって皇国に侵入する。
国境沿いには魔王派の飛翔方モンスターが沢山飛んでいるから、人間が入るとすぐにバレてしまうのだ。
だからこそ俺はシルバに頼んで傭兵さんから秘蔵の魔道具をこっそりと奪っておいてもらったのだった。
「じゃあ、覚悟はいい? シャーロット」
部屋の壁に建てられたスコップが意味深な自己主張を俺に迫る。
あれは皇国にある一本の大樹の下に埋められた死の大精霊の卵を探すためのものだ。
帝国にいる全ての元凶。
俺はそれをさっさと見つけて、闇の大精霊さんとの駆け引きに使うつもりだ。
帝国は国内ではモンスターを北方から追い出すために南方の土地を利用するためだとか散々な理由をでっち上げているけれど、一番の理由は闇の大精霊さんが死の大精霊の卵を求めているからに他ならない。
そんな闇の大精霊さんに死の大精霊の卵を見つけたと伝えれば、俺のいる場所まで急いでやってくるに違いないのだ!
「スロウ様の意地悪! でも、覚悟決めました! 私だってデニングの教育を受けた従者です! ばっちこいです!」
俺たちが向かう先は草原がどこまでも続く皇国跡地。
北方モンスターきっての友和派であるピクシー、エアリスが今は仕切っている大草原。
アニメの中ではちょくちょく皇国から出て迷惑を掛けるモンスターのせいで、数か月後南方四大同盟から痛いしっぺ返しをくらってしまう。
通称、ガラスの涙事件。
とりあえずエアリスが死んじゃったら魔王さんが暗黒面に落ちるのでそれだけは阻止しないといけないのだ! ぶひぃ!
「よーしよし! お待ちかね変身タイムの始まりぶひぃ!!」
エアリスと仲良くなれたら、どこかへ放浪してる魔王さんの居場所を聞いて!
そんで死の大精霊の卵で闇の大精霊さんのご機嫌をとって、モンスターの諸問題を解決しながら、三銃士さん達や色んな国が抱える問題を万能チート知識を使って解決して、世界は平和となる!
うん、死ねるな。
死ねるぐらい大変だから、少しぐらいは俺も楽しむ権利はあるはずぶひ。
「それでは! 今からモンスターに変身したいと思います!!!」
わー、とシャーロットが拍手をしてくれる。
風の大精霊さんもシャーロットの頭の上でにゃあ~とお行儀よく手をあげている。
「
俺は右手の親指で、ピンと黒いボタンを宙に弾き飛ばした。
「闇の影をこの身に宿すも心は不変―――」
くるくると空中で回るウィンドル男爵家に伝わる闇の魔道具、正式な後継者では無い俺は一度きりしか使えない。
「―――だから俺はきっとここにいる、
さあて、それでは。
同胞を守るために命散らす生真面目ピクシー。
大人気アニメ「シューヤ・マリオネット」。
お姉ちゃんになって欲しいランキング堂々の第一位。
死すべき定めを受け入れた君を助けるために―――
「オークの魔法使いの、時間ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
―――俺たちは、モンスターに姿を変えるのだ!
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