189豚 ギフト・サーキスタ②

 馬車の先にデニング公爵家で雇われているらしい騎士達の姿。彼らはサーキスタまで護衛として付いてくるらしいが馬車が中々出発しないことに少しばかり苛立っている様子だった。

 諸々の原因であるアリシアは馬車の中からちょこっと顔を出し、お見送りにきたらしいシルバとシャーロットの二人の顔を見つめている。


「帰りたくない? 何でまた急にそんな我儘を……あぁ、なるほど。スロウの坊ちゃんが見送りにも来ないからか。それに今回は殆ど坊ちゃん、こっちに顔を出せなかったからなあ。アリシアちゃんが機嫌悪くするのも無理はないか、そもそもデニング公爵領地への滞在は坊ちゃんとの仲を深めることだしな」


 アリシアはシルバをにらみつける。

 そんなに心の内をずばずばと当てられたらいい気はしないものだ。 


「結局アリシアちゃんの相手をした時間は俺たちのほうが坊ちゃんよりも何倍も多かったなあ。いつも通りっていったらいつも通りだけど、今回は殆ど顔を合わす時間さえ無かったもんな」


 へらへらとシルバが笑い、シャーロットが申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。

 小さなアリシアがへそを曲げていた。


「分かってくれよアリシアちゃん。坊ちゃんはああ見えて随分と忙しいんだよ。まだ子供だが公爵様の寵愛を一心に受け、ダリスを背負う運命を背負ったお方だ。各国の情勢についての勉強や軍の指揮。今はまだ卓上で理論を習っている段階だがこのままだと最年少で、十になる前に戦場に送り出される可能性もある。というか、なるだろうな。あの公爵様が周りの反対や慣例を押しのけて、直々に教育に乗り出しているんだから」

「そ、そうです! すごいんです! スロウ様は!」


 シャーロットが必死にフォローしているがそんなことは小さなアリシアでも知っていた。

 だからこそサーキスタ王室は自分とスロウ・デニングとの婚約に躍起になったのだから。議会から主権を取り戻すための力として、デニングを求めたのだ。


「これはここだけの話だけど、坊ちゃんはアリシアちゃんが来るのを楽しみにしていたんだぜ。少し前から妙にそわそわしてたしな」

「そうです! そわそわしてました!」

「まあ、実際にアリシアちゃんが来るとそんな様子を微塵にも見せないところが坊ちゃんのすごい所だが……きっとそういう訓練を公爵様や教育係から受けているんだろうな。腹の内を探られないよう己の感情を隠すのは、領地繁栄を目指す貴族にとっては必須の技能だ。シャーロットちゃんみたいに分かりやすいほうが俺としてはやりやすいところもあるけれど、あれが坊ちゃんらしいと言われればらしい」

「シルバさん。別に私、分かりやすくありませんよ」

「そうだな。シャーロットちゃんは分かりやすくない」

「そうです。全然分かりやすくないです」

「本当にそうだ……ええっと、これもアリシアちゃんに言っておこう。実は昨日のこと。ほんとは迷子になったアリシアちゃんの探索に坊ちゃんが参加する予定は無かったんだ。王都から……ダリス王室から派遣された使者が何人かうちに来てて、坊ちゃんと急に話し合いの場が設けられることになってな。公爵様がいない時にやってくるって言うのがデニングの中であいつらが嫌われる原因に違いねえ。えーと。だからさ、坊ちゃんは昨日一日中予定があったんだよ。でも坊ちゃんはアリシアちゃんを自分が探すって言って聞かなくてさ」


 初耳だった。

 しかしダリス王室がどうしてデニング公爵領地に来ていたんだろう。

 これはサーキスタによる公式な訪問だし、あちらにも今回のことは伝えていたハズだ。


「まあ実際は坊ちゃん一人がアリシアちゃんを見つけたわけだから俺達は随分と助かったんだけど。てか、思い出したら洒落にならねえな。もう少し遅かったらアリシアちゃんがどうなってたことか、あーこわ」

「そうです! スオウ様が頑張ったんです! シルバさんもスロウ様を見習って下さい! お酒飲んで酔っぱらってたの私しってます!」

「シャーロットちゃん スオウ様じゃなくてスロウ様な! あと、それは内緒って言っただろ……」


 馬車の先にいる雇われ騎士達からの視線がシルバに向けられる。


「おいてめえら。何見てんだコラ。これはサーキスタのプリンセスとデニング公爵家次期当主であらせられる坊ちゃんの専属騎士である俺と坊ちゃんの正式な従者であるシャーロットちゃんとの神聖な会話だぞ。盗み聞きは斬首だぞ、斬首」


 雇われ達は慌てて耳を塞いだ。

 別にシルバが怖かったわけでない。

 何せシルバは元平民だ、それに年だってまだ十六かそこらだ。

 一応は貴族でもある雇われ達にとってはシルバなど、何生意気なこと言ってんじゃ剣だけのクソ平民が、ってな具合である。

 けれどデニング次期当主の坊ちゃんと言われれば、彼らは従わざるを得なかった。

 雇われ達はシルバになどは微塵たりとも敬意を持っていなかったが、スロウ・デニングには公爵様に向けるものと同じぐらいの敬愛を抱いていた。

 領内を守るために一時的に雇われた貴族のぼんぼん。

 いや、一応は彼らの名誉に合わせて騎士といっておこう。

 そんあ騎士達ですらスロウ・デニングがどれだけで出来た人格の持ち主で、どれだけ多才な才能を持った子供であるかを知っていたのである。

 そして彼が優秀なデニングの兄弟達を押しのけて次期当主となることは、火を見るよりも明らかなのだから。


「えーと。それで、アリシアちゃん。今回、愛すべき婚約者である君の見送りに来れなかった坊ちゃんから君に渡してほしいと頼まれたものがある」


 シルバは後ろに隠していた左手を馬車の窓に差し向けた。

 杖だ。

 昨日、魔法の下手っぴなアリシアには勿体無いからと言われ、スロウに取られてしまった杖がシルバの手には握られていた。


「何か昨日と違うものがあることに気付くかい? アリシアちゃん」

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