203豚 荒野に佇む全属性エピローグ中編

 何だ……水晶から聞こえてきた声はお前の声だったんだな。

 今まで何度も占いで危険を教えてくれて……俺を助けてくれてたのか?

 いや……そうだな。

 もう……別に、どうでもいいや。


「―――」


 火の大精霊、エルドレッド。

 この身体はお前のものだよ。

 お前が正しい。

 だって、そういう約束だった。

 お前は俺を助けてくれた、お前の力でニュケルン領を救ってくれた。

 もしもあの時。

 お前が声を掛けてくれなかったら……俺の家族も、あんなど田舎を好きだと言って住んでくれてる領民達も、多分、グレイトロード領の人たちも死んでいた。


「―――」


 何で俺は忘れていたんだろう。

 あんなに大切なことをどうしてずっと思い出せなかったんだろう。

 お前の声もあの時の記憶も、俺は忘れていた。

 当り前だった全ては、あの時の奇跡によって生まれていたのに。


「―――」


 いや、いいんだ。

 確かにあの時俺は幼かったけど。

 でもさ。

 もしも今、あの時に戻れたとしても……。

 俺は何度だって同じ選択をすると思うから。


「―――」


 だからお前には感謝しているんだ。

 お前は命の恩人だ。


「―――?」


 俺が可笑しいって?

 そうか? 

 だって俺には将来の夢もないし、好きな人もいないし、未練はきっと……他の人たちよりは少ないんだよ。


 お前は今まで俺に好きなように生きることを許してくれた。

 四歳で終わるはずだった俺の命は、十六歳まで生きることが出来た。

 あそこで起きた崩壊は、お前の力で食い止められた。

 

「―――」


 俺には小さいけれど弟がいる。

 お前がいなければ、あいつがこの世に生まれることも無かったんだろう。

 だから俺はお前に感謝してるんだ。

 ……俺がいなくなってもニュケルン男爵領は安泰ってわけだ。


「―――」


 最後のお願い?

 ……そうだな。

 最後って言われても、あんまり思い浮かばない。

 俺に好きな子とか、大切な人がいたら違ってたんだろうな。


 だったらやっぱり、あれしかないよ。

 エルドレッド。

 俺の命を糧にして、あいつを。

 三銃士を北に追い返してくれ。

 今ならまだ間に合うから。

 あの氷から生まれるモンスター達がユニバースにたどり着く前に、あいつを倒してくれ。

 帝国の三銃士は一度も負けたことがないと言われてるけど……。


「―――」


 エルドレッド。

 お前は大精霊だ。

 

 お前ならあいつを倒せるって俺は信じてる。

 だから……俺の身体を使ってくれ。


「―――」


 ……もういいんだよ。

 最後の言葉を伝えたい相手なんて別にいないし……何だ案外俺の人生って寂しいものだったんだな。はは、最後に寂しい現実に気付いちまった。


 そう考えればここに連れてきてくれたアリシアには感謝しないと。

 最後の最後に良い思い出が出来た。

 へへっ、ダンジョンに潜るのは俺の夢だったんだよ。

 

「―――ッ!? ッッ!! ッッッ!!!」


 ……?

 おい、どうした。

 エルドレッド……どこに消えた?

 

「ッ!!!」

「―――俺の友達だッ!! 悪いけど一端離脱させてもらうぞ! こいつを安全な場所に運びたい!」


 ……誰だ、お前は。

 ここは俺の心。

 ここは俺たちの世界だ。


 ……そうか。


「嘘じゃない! 俺はあいつのダンジョンコアを破壊出来る! それにこんな場面で嘘なんかつくか!」


 ダイエット、成功したんだな。 

 学園にいた頃のお前とは似ても似つかない。

 アリシアがお前の手配書をずっと持ってたから自然とお前の顔を覚えちまったよ。

 

 なあ……お前……何をしてたんだよ。

 皆がお前を探していたんだぜ。

 アリシアだって、学園の皆だって、デニング公爵家の人たちだって、ダリス王室だって、ダリスの国民がドラゴンスレイヤーの誕生に熱狂してる。 

 英雄だ。

 久しぶりにダリスに、英雄が生まれた。

 

「ナナトリ―ジュ! 君もドライバックのダンジョンコア破壊を願っていた筈だ! 俺が破壊してやる! 約束だ! 俺の命に代えても、あいつのダンジョンコアをぶっ壊してやる! だから俺が戻って来るまであいつの足止めをしてくれ!!」


 なぁ……だから早くダリスに戻ってやれよ。

 皆がお前のことを心配してるんだせ、それに大勢の人が真実を知りたがっている。


「君の声なら届くだろう!」


 お前がダリスに戻ったら、きっとお祭り騒ぎになるに違いないと思うから。


 お前の帰還は、きっと、俺のニュケルン領にも届くと思うから。

 ……俺がいなくなったことに誰も気づかないぐらい、ニュケルン領を熱狂させてくれ。


「雑魚はどうでもいい! だけど銀の砂丘に由来するモンスターは一体もこの地の外に出さないでくれ! その力なら出来る筈だ! 闇の大精霊である君なら!」


 なあ、デニング。

 教えてくれ。


 どうして。

 お前はそんなに必死になって、俺を助けてくれるんだ?



  ●  ●  ●



「シューヤ! それでいいのか!」


 長い長い夢の先。

 世界を救う救世主ではなくなった少年はどうなるのだろうか?

 

「応えろシューヤ! 俺の声が聞こえている筈だろ!」


 序章の終わり。

 時計の針は戻らない。


「ッ! お前をアリシアの元に連れて行ってやる!! そこでよく考えろ!!!」


 風と炎が結び合う。

 アニメという誰もが忘れていた、長い長い昨日を飛び超えて。

 シューヤ・ニュケルンの新しい未来がすぐそこまでやってこようとしていた。



  ●  ●  ●



 最後に、教えてくれよ。 


「シューヤ! 起きて!」


 何で俺だったんだ。

 エルドレッド、どうして俺だったんだよ。


「ねえ何があったのよ! シューヤ! こらシューヤ!」

「アリシア様。この少年、心臓が止まっているにも関わらず、――息があるだと!? どういうことだ……これは」


 俺以外にも沢山いただろ。

 なんで俺だったんだ。

 どうしてあの時あの場所で俺を選んだんだよ。

 俺がニュケルン領主の子供だったからか。

 それとも俺が一番扱いやすいと思ったのか。


「そんなの……冗談じゃないですわ!」


 光が消える。

 目の前が暗くなっていく。

 エルドレッド、どこに消えた。

 ……。 

 アリシア、ごめん。 

 実はもう……身体が動かせないんだ。

 


「起きなさい! シューヤ! 貴方の借金がまだまだ沢山残ってますわよ!」



 アリシアの甲高い声が、俺の記憶を呼び起こす。

 


 借金、か。

 いつまでもお金に厳しいやつだ。

 そう言えば、まだまだ返済出来てなかったな。



「返しなさいよ、シューヤ!」




 アリシアの喧しい声が、俺の後悔を刺激する。




「……貴方がいなくなったら、私のパシリは誰がするんですの!」



 ……アリシアの―――。



「貴方があの時助けたメイドに手紙の返事をまだ出してないこと知ってますわよ」



 いやだ。



「鼓動がッ、アリシア様! この少年に呼びかけて下さい!」

「こらシューヤ! 起きろ! お金! お金お金手紙! 借金! お金!!」



 いやだッ。


 返してくれ。



 俺の身体、返してくれ。



 こんなことになるとは思ってなかったんだよ。



「早く学園に帰ってメイドの子に会いたいって! 秘密の恋は学園時代にしか出来ないからって、あんなに楽しみにしてたじゃないですの貴方!」



 だって、あんなのっ、卑怯だろ。


 火の大精霊、お前、卑怯だよっ。



「ほらここに憧れのギルドマスターもいますわよ!!」



 皆、死んじゃうところだったんだ。



 俺が首を縦に振らなければ、みんな、死んじゃうところだったんだ! 



 あの時―――俺に選択肢なんか、無かっただろ!!!



「スロウが三銃士を倒しても、貴方がいなくなったら、意味ないじゃない!!」




 光が消えていく。


 何も見えなくなる。


 嫌だよ。

 助けてくれ。


 これで終わりなんて、そんなの、嫌だ―――ッ!。





「シューヤ! 起きなさいってば!!」



「……ぅッ」


 


 こんなことになるなんて、思ってなかったんだ。

 俺はバカだから、考える前に声が出る。



 俺はまた、約束をしてしまった。


 目に見えるものが全て、黒く染まる。

 薄まる意識の奥底で、一人願う。



 まだまだやり残したことが、沢山、あるんだっ。



「―――シューヤ!!」


 

 まどろみの底で、暗闇をかき分ける。



 最後の約束をエルドレッドと交わしてしまった。



 何も見えない、俺の全てが奪われていく。


 エルドレッド、どこに消えた。


 さっきの、やっぱり――無しだ!

 最後の約束なんて――いや、だ。



 俺はここにいる!

 

 エルドレッド、どこにいった!



 

【バカな! 何故、貴様が焔剣の力を知っておる!】



 エルドレッド、誰と喋ってるんだ!


 戻ってこい!



【どうしてアンタがエルドレッドの魔力を! それにその剣は何ッ!】

【成る程、こいつはすごい。シルバが風の大精霊さんの魔力を根こそぎ使ったのも納得だな】


 その声!



【……やっと起きたか。アリシアのおかげだな】

【お主……、まさか儂の中にいるシューヤの声が聞こえているのかッ!】


 デニング!

 そこにいるのお前か!

 


「―――いや、だっ!」

「シューヤ! 何か無いんですのギルドマスター! 水の魔法が詰まった薬とか―――!」


 光が消えた。  


 終わりだ。


【ああ、ばっちり聞こえてるぜ。お前らの声が】


 ああああああ。


 ああああああああああ、いやだ、いやだよ。

 

 なんで、こんなことになるんだよ。


 どうして俺なんだよ。


 デニング。



【シューヤ】



 おれ、まだ――――――死にたく、ないよッ!



【そんなこと―――わかってるさ】

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