204豚 荒野に佇む全属性エピローグ後編

 大いなる集大成に相応しい戦場。 


 前方からこっちに向かって急降下する飛翔型モンスターを確認。

 一振りで撃墜。燃える炎がモンスターの身体を食らい尽くす。


「さすが焔剣フランベルジュ、これだけでも破格の力」


 黒一色の世界に、透明な氷塊が大地に突き刺さり埋まっている。

 歩くのを邪魔するくらい多くの氷塊の中には強力なモンスターの姿が見て取れる。あれこそがダンジョンマスターである奴の力。銀の砂丘に住まうモンスターは氷塊の中で急速に成長し、時が立てば立つほど強力なモンスターがこの地で生まれ落ちる。

 そんなS級ダンジョン、銀の砂丘シルバーヒルは南方に存在する悪魔の牢獄デーモンランドと同じく、冒険者ギルドが討伐すべきダンジョンに指定された魔境だった。 


「闇の大精霊さんはきっちり約束を守ってくれたみたいだな」


 そこら中に屍が倒れている。

 所々にはS級ともされる強力なモンスターのものもある。S級ともなればその身体さえ武具やマジックアイテムの素材になる程で。


 冷たく、凍てついた世界。

 まるで三銃士ドライバック・シュタイベルトの絶望を具現化したような世界の中で、俺は杖を持った小さな少女の背中を見つけた。


 大いなる集大成に相応しいキャスティング。

 ドストル帝国を守護せし闇の大精霊がそこにいる。


「ごめん、遅れた」

「おっそい! それであの子はどうなったの!?」

「無事に安全地帯に連れていけたよ、ありがとう闇の大精霊さん、君のおかげだ」


 闇の大精霊さんの向こう側に巨大な牛の顔、屈強な体。

 S級モンスター。サーベルタウロスが氷塊を破り、現れる。鱗の腕はサーベルの如き研ぎ澄まされ、死骸の腕に軽く触れるだけで裂傷を負う。

 こちらに向かって突撃、異常な迫力が俺たちを襲う。


「そういうのは後でッ! 来るわよ!」

「あれは俺が相手をする」

「任せたわよ!」


 焔剣を構え、S級モンスターを迎え撃つ。

 この大剣に纏わりつく火の精霊の数は異常だった。


 ―――俺の瞳は精霊を映し出す。

 デニング公爵へと俺を誘ったこの異能。


 俺には精霊が見え、そして彼らと声を交わすことが出来る。

 初めて打ち明けたのは俺の父上。


【ダメだ! 絶対に誰にも言ってはならぬぞスロウ! ……――ならば生涯愛する者に出会った時のみ打ち明けろ!】


 精霊が見えることも、精霊と言葉交わせることも、誰にも言ってはならぬと厳命された。

 記憶の隅にある家族の姿が迫りくるS級モンスターに上書きされる。

 北方のモンスターは質が違う。

 あっちで生きるのは過酷だ。

 南方のように幾つもの国が覇権を争っているようでは、モンスターにも、エルフにも勝てない。だからこそ北方は一国に纏まった。


【スロウの坊ちゃん。領民が噂してましたよ、誰もいないところで喋ってたって。坊ちゃんには俺らに見えないものが見えるんすか?】

【シルバ、お前と同じだ。お前も一対一なら相手の動きが分かるとか言ってるだろう。あれも俺にとっては……理解出来んぞ……】

【いや、クラウドの旦那。そういう次元の話じゃないですって】

 

 そして、彼女は作り上げた。

 たった一国、北方を守るために巨大な帝国を。

 闇の大精霊、君がドストル帝国を愛するのも当然だ。


「スローデニング! 危ない!」

焔剣フランベルジュ


 赤い火の精霊が、集まりだす。

 光の付与剣を風にエンチャントした時と全く同じ現象。


「いや―――火の大精霊エルドレッド。俺に力を貸してくれ」


 俺は、三銃士を倒そう。

 アニメの中で誰も果たせなかった夢を。

 不敗神話を残した本物の三銃士。

 シューヤもエルドレッドも、ギルドマスターも、大勢の冒険者も、そして唯一惜しいところまで行った古の魔王も。


 俺があいつを倒せば、夜明けと共にこの先は誰にも分らない未来がやってくる。

 そんなこと、十分に理解している。



 でも、それが当たり前で当然の話。

 未来がわかるなんて、本来あり得ないことだと思うから。

 俺はここで未来を変えなければならない。


「俺は―――」


 自分でさえも分からない明日を迎えて、俺のアニメ知識は役目を終える。

 

 この知識で好き勝手やってきた俺でさえも分からない明日は―――。

 ……少しだけ怖いけれど。


 夏が終わり、冷たい冬がやってくる。

 

 どこまでも孤独に過ごした過去は後悔の連続で。


 けれど、シューヤ。

 お前の物語のお陰で、今、俺はここに立っている。



 真っ黒豚公爵は、不思議な夢を見て、真っ白に転生した。



 目を閉じれば、隣に立つ君の姿が見える。



 シャーロット。

 この戦いが終われば、君と共に俺の母国に戻ろう。

 置き去りにしてきた者達とともに、新しい明日を迎えるために。


 そのとき、俺の隣にいるのはやっぱり君以外に考えられない。

 

 もはや、君の故郷である皇国は無くなってしまったけれど。

 君が望むのなら―――。


「―――精霊の声を聴くものエレメンタルマスター




   ●   ●   ●



【……ここなら安全だ、何も心配もいらない。それに彼は大丈夫さ。さてシャーロット君。君が望むものを与えよう。本当は彼にあげたいのだけど、君の望むものと彼が望むものはきっと同じだからね。なに、彼のお陰で未来が変わるからさ。君には分からないだろうけれど、彼は偉業を成し遂げる】


【―――魔法? 何を言ってるんだ、魔法は使える筈だよシャーロット君―――……そうか、親馬鹿もここに極めりだな、風の大精霊アルトアンジュ。余計なことをしているのは君か。ちょっとこっちに来い、風の大精霊】


【シャーロット君に近寄ろうとする精霊を威嚇するのは止めたまえ。……―――ふふふ、君にもいいものをあげよう。君にもまた―――本物の身体を。……は? 人間の身体? うーん、それはちょっと問題しかないから……まずは猫ちゃんの身体をあげよう、そこから始めてくれ】


【シャーロット・リリィ・ヒュージャック。そして風の大精霊アルトアンジュ。次に目を覚ました時、君達は全てを忘れている。不思議と名残惜しいものだね―――】


【夜明けと共に新しい未来がやってくる、それでは。おやす―――あぁ、そうだ。最後に助言をシャーロット君】


【彼をしっかりと捕まえておくといい、何せ彼はこの私、ミネルヴァ・ゾーンダークの命すらも助けた少年だ。ふふふ、焦った方がいい。既にもう、彼に心を奪われた少女が君以外にもいるようだからね】


【―――では、おやすみ。皇国の姫よ、しっかりと彼を支えてあげて欲しい】



  ●   ●   ●





 覚醒イベントを幾つもこなしたシューヤでも、三銃士には手も足も出なかった。

 だからアニメの中でシューヤは願った。



 焔剣の武骨な刀身から無用な鉄が剥がれ落ち、優美な装飾が施された――


真紅を超えてエンチャント純黒に染まれファイア」」


 騎士国家ダリスの国宝。

 付与剣エンチャントソードにも劣らない優美さを湛え――焔剣は闇一色に染まった刀身を露わにする。



 シューヤは火の大精霊エルドレッドに願った。

 己の命を糧に、三銃士ドライバックを打倒するよう願った。

 けれど、エルドレッドは勝てなかった。

 手も足も出ずに、無残にも敗北した。


「黒炎!? いえ、一撃!? どうしてアンタがエルドレッドの魔力を! それにその剣は何ッ!」


 火の大精霊は考えた。

 どうして勝てなかったのか。

 三銃士ドライバック・シュタイベルトと六体のリッチ、そして大勢のモンスター。

 火の大精霊は一つの答えを導き出した。

 多数に無勢。

 そう、火の大精霊は一人だった。


 ”バカな、何故貴様が焔剣フランベルジュの力を引き出せるッ! 何故に我が力授けし魔剣だと知っておるのだッッ” 


 焔剣の中から聞こえる声。

 それはシューヤ・マリオネット視聴者ならお馴染みの深くしわがれた爺のもの。


”お主……、まさか儂の中にいるシューヤの声が聞こえているのかッ!”


 火の大精霊、今のお前は信じられないだろうけど、アニメの中でお前はシューヤの魂をもう一度蘇らせた。


”目的は何だ! お主には風の大精霊、アルトアンジュがいるであろうっ!”


「風の大精霊さんは今、俺の大切な人と一緒にいる。だからお前が力を貸せ。戦闘狂の火の大精霊。この身は全属性の魔法使い、不満なんてない筈だ。お前に高みの世界を見せてやる」


 そして、お前らは第三クールの最後にとうとう三銃士の一人を打倒する。

 だから、火の大精霊に教えないといけないんだ。


 ”ほう! お主ならやれると言うのか全属性の小童よ! 面白い、面白いぞ! 黒龍よりも余程恐ろしい化け物をどうやって攻略するのか、見物させてもらおうか!”


 一つの身体に二つの意思を。

 シューヤと共にいることで、お前たちはさらに強くなれる。

 

”使え我が力を! 焔剣フランベルジュはこの儂がエンチャントせし魔を切る剣である!”





 この氷の世界のどこかにいるだろう三銃士。

 悪いな、もう俺の勝利は確定した。


「す、スローデニング! それって何かと思えば本物の焔剣フランベルジュじゃない! と、とんでもないお宝よ、アンタどこでそれを!」

「……あげないよ、ちゃんと持ち主がいるからね」

 

 シューヤがアニメの中で頑張ってくれたから――今の俺がいる。


 この万能アニメ知識は全てアニメ版主人公の努力の賜物だから。

 俺はアニメ版主人公であるシューヤには限りの無い恩があるんだ。


「……ていうか何でエルドレッドがアンタに従ってるの。どうしてよ、あいつって人間を道具としか思ってない狂犬みたいな爺じゃない。さっきまでもあの子相手に暴れてたし」



 だから、この地で全ての決着をつける。



「秘密ぶひ」

「はぁ?」


 舌足らずな声でおれを見上げる小さな魔法使い。 

 答えはきっと、あの時の影響だろう。

 俺が風の大精霊さんと黒龍セクメトを倒した時、火の大精霊さんはシューヤの傍で……水晶の中から俺たちのことをずっと見ていたに違いない。


 火の大精霊さんは熱い戦いを求めている。

 自分より弱い筈の風の大精霊さんが俺と共にいることで、黒龍を簡単に倒してみせた。

 それは孤高を至高と捉える火の大精霊さんには許せないことであった同時に、羨ましくもあったんだろう。


 そう、俺はよく知っているんだ。

 シューヤと火の大精霊、君たちのことをよく知っている。


 おれはシューヤとエルドレッドが似た者同士で、だからこそエルドレッドが昔の自分を思い出してシューヤの願いを叶えたことを知ってる。

 君たちは分かり合える。

 アニメの中では長い時間がかかったけれど、本当はすぐにでも手を取り合える。

 

 だから―――。


「それより闇の大精霊さん。君はもしかしたらこれから気付くかもしれない。君は頭が良いし、勘もいい。いや、きっと気付く。絶対に気づく、俺の秘密に」

「……アンタの秘密?」

「本当はもう薄々……気付いているのかもしれない。そして注意深く俺の行動を観察しているのかもしれない、なんてね」


 敗北なんて可愛げのあるもんじゃない。 

 火の大精霊にシューヤの必要性を理解させるために。

 ドストル三銃士、リッチ共、そして銀の砂丘のモンスター。


「君の中に浮かびつつある疑問は俺がダンジョンコアを破壊した時、確信に変わる。だから先に言っておくよ、答えはイエスだ」

「スローデニング……アンタ、いったい何をする気なの」


 完璧なる勝利への方程式を頭に思い浮かべ、俺は細くなった焔剣を握りしめた。

 半人半魔の亡霊リビングデッド、お前たちを圧倒する。


 だから、さ。

 焔剣の中からよく見てろよ、火の大精霊エルドレッド


「さあ、約束を果たそう。これより三銃士ドライバックのダンジョンコアを破壊する」


 勝利を我が手に掴み取る。


「闇の大精霊さん―――着いてこれなきゃ、置いてくよ」


 すべてはそう―――誰も知らぬ明日のために。


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