202豚 荒野に佇む全属性エピローグ前編

「どうしてッ!」


 水都の姫はギルドマスターに食って掛かる。

 理解できなかった。

 一人で行かせた、一人で行かせた、一人で行かせた。

 闇の向こう側に消えてしまった。

 探し続けたあいつの後ろ影。

 もはや言葉を交わすことも出来ないかもしれない。

 折角戻ってきたのに。

 ずっと待っていたのに。

 信じられない。

 だったらギルドマスターも着いていくべきだ。

 A級冒険者が持っていた大剣を持って一人で行ってしまった。

 ―――あいつが、剣なんか使えるわけがないのに!


「貴方は、本当に分からないんですか?」

「分かるわけないですわッ! 何にも聞こえなかったんですから!」

「……そうか、そうでしたね」

「ギルドマスター! どうしてスロウを一人で!」

「何で分からないかなぁ……全て貴方を守るためじゃないですか、プリンセス」


 ギルドマスターは巨大なバトルアックスを大地に突き刺し、冷たい持ち手に額を軽くぶつけ、力なく笑った。


「貴方は南方四大同盟の一国。サーキスタの王女なんです。光の大精霊と共に生きるダリスと同格、水の大精霊と共に生きる大国の姫だ」

「そんなこと関係ッ―――」

「―――ありますよ。貴方は自分の価値を分かっておらず、意地の悪いことに余りにも自分を低く見すぎている」

「貴方に何が分かるって言うんですのッ」

「……僕らは貴方の行動に翻弄され続けている。今、この場で貴方の出過ぎた行動をカバーしているのが彼、そして僕やアークフレアです」


 デニング公爵家がもたらした鉄壁の守護が彼らを守り続けている。

 結界の強さを物語るように少女が持つ杖からは光が溢れていた。


「僕はアリシア様、貴方を人としては見ていません。貴方の背後に存在するサーキスタ、そしてこんな僕を取り立ててくれた冒険者ギルド、ひいては自由連邦の利益が最大となるべく動いています」


 結界の質を評価するなら、たった一言。

 ―――強すぎる。

 これが、ダリスの大貴族。 

 風のデニング公爵家が抱えるマジックアイテムの一つか。


「けれどドラゴンスレイヤーは違った、彼は言っていましたよ。貴方には傷一つ付けてくれるなとね。アリシア様、ドラゴンスレイヤーは。彼は貴方を守るためだけに僕をこの場に残したのですよ」

「……そんなの、嘘よ」

「嘘? 何を馬鹿な、僕がこの場に残っていることが何よりの証拠でしょう」


 あいつが自分を守る?

 可笑しな話だ。 

 もう長い間、自分たちはまともに会話も交わしていないのに。


「言い合いはもう止めましょう、ドラゴンスレイヤーは行ってしまった。そして結界の外に見えるモンスターの数。今、結界を一瞬でも解除すれば、まずいことになります」


 けれど幼い頃に貰った杖の輝きが教えてくれる。

 

「三銃士は彼に、デニングの風に任せます」


 ―――守られている?

 纏まらない思考がアリシアを襲う。

 誰が?


「これでもこの身はネメシスのギルドマスター。大陸中に根を張る冒険者ギルドのトップの一人だ。最高難度の特別クエストを高位冒険者に任せるのが僕の仕事であり、三銃士の相手はドラゴンスレイヤ―が相応しい。彼はどうやら絶対の自信があるようですから」


 私が―――あいつに?


「そして僕らは僕らでやれることをやらなければならない。現実から目を逸らす時間は終わりです。アリシア様……貴方とずっと共にいた赤毛の彼」


 ギルドマスターの進む先には気を失っている一人の少年。

 バトルアックスは既に形を変え、黄金の腕輪へと収まっている。


「そこの少年について、貴方が知りえる全てを教えて下さい。貴方も御覧になったと思いますが少年の、あの時の動きは常軌を逸していた。まるで……そう。誰かに操られている―――」


 土気色の皮膚が上下している。

 そこでアリシアはようやく向き合った。

 騎士国家ダリスに存在する汚染区域の向こう側。


 険しきニュケルン男爵領に生まれた心優しい少年と 奇異の目に晒されていた水都の姫は友達になった。

 そんな彼女の一番大事な友人は荒野に横たわり。


「――人形のように」

「シューヤ……?」


 静かに涙を流していた。

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