177豚 炎の戦闘人形【⑦ sideシューヤ】

「さて、もういいかしら。南方のギルマス」


 アリシア達がこの場から猛ダッシュで逃げ出し静けさが戻った頃、黒髪の子が口を開いた。

 あ、違う違う。

 あの子は闇の大精霊様なんだ。

 あんなみれくれだけど、中身はとっても偉い大精霊様なんだ。

 でも初めて見る大精霊様がまさか闇の大精霊様だとは想像もしていなかった。


 多分、俺だけじゃなくここにいる大半の冒険者も大精霊という存在を初めて見るに違いない。戸惑っている人が多そうだけど、闇の大精霊様の後ろに控えている幽鬼のような男の存在が俺たちに安息の一時を与えない。

 

 俺はもう一度闇の大精霊様をこの目でおさめる。


「要求は雰囲気でもう分かってると思うけど……古の魔王の墓場が真実なのか真実ではないかは置いといて、アンタ達をこれ以上先には行かせないわ。もし古の魔王の墓場が存在するなら、そこで古代の魔道具を見つけて南方のアンタ達がこれ以上力を付けられても困るからね」

「その前に一つ聞かせて下さい。どうして北方を治める闇の大精霊様がここに? 古の魔王の墓場が見つかったのはつい先程の話です。こんな短時間で南方まで下りて来るなど不可能な筈だ。それに貴女の背後にいるその男の存在は見過ごせない、まさか戦争を始める気で……?」


 この世界には六体の超常の生き物が存在する。

 それが大精霊様だ。

 精霊と違って俺たちでも条件さえ揃えば、姿を見ることが出来る大昔から生きる精霊の親玉だ。


 いつからいるのか、彼らが何を目的に生きているのかも分からない。

 けれど、ただ一つ確かなことがある。

 彼らは好む相手にとてつもない力を与えてくれるということ。


「戦争を起こす気なんて無いわ。今のところはね」

「では何故、このタイミングで貴方とそこの男がこの場に現れたのですか、闇の大精霊様」


 光の大精霊様は敬虔なダリス王室に力を与え、闇の大精霊様は厳しい環境で生きる北方の帝国に力を与え、火の大精霊様は戦いを求めて世界を放浪し、水の大精霊様は豊かな水源を持つ水の都に住み着き、風の大精霊様はとても素晴らしい風が吹く草原から動かず、土の大精霊様はどこかの地中深くで眠っていると伝えられている。


「それはまぁ……何というか色々とあるのよ……欲しかったものを探しに来たって感じかしら……結局、無駄足だったけどね、私がコレクターだってことは南方でも伝わっているでしょう?」

「素質のある魔法使いを貴女は北方に持ち帰り、使徒として教育し、そのお陰かドストル帝国は優れた才能を持つ人材の宝庫となった。嘗て厳しい北方は一冬を超すだけで大勢が命を落とす魔境と言われていました、けれど闇の大精霊様が主導した国造りによって北方の生活環境を劇的に改善した。貴方のお陰で発展を続けたドストル帝国は北方の覇権を握り、この大陸で圧倒的な国力を持つまでに成長しました。貴女のことはよく知っています、そして当然。貴女の背後に佇んでいる最強の使徒のことも」


 俺達は大精霊様を敬っている。

 たとえそれが敵国の大精霊様であっても変わりはない。


「……詳しいじゃない。悪い気はしないけど建国の母っていうのはちょっと言いすぎね。アタシはただ力を貸しただけよ」


 それにしても大精霊様なのだから随分と威厳のある姿をしているのかと思いきや、本当に闇の大精霊様はちょっと育ちの良い女の子にしか見えなかった。


 闇の大精霊様があのように人間の姿なのは、人間に好ましい感情を抱いているからだと言われている。 

 同じように他の大精霊様も闇の大精霊様のように人間の姿をしているのかといえば、それは違う。

 大精霊様は姿形もそれぞれ異なるんだ。

 闇の大精霊様は人間の姿で光の大精霊様は光そのもの、火の大精霊様は確か霧のようにもやもやとしていて、水の大精霊様は恐ろしい龍の姿、風の大精霊様は小動物の姿を模し、土の大精霊様は誰もその姿を見たことがらしく、全てが謎に包まれている。


「敵国のことぐらいは調べています。それで闇の大精霊様、もし出来るのであれば貴方の背後にいる使徒と共に北方へお帰り下さい。けれどタダとは言いません。僕は冒険者ギルド南方本部、ネメシスギルドマスターとして、古の魔王が眠るダンジョンの権利を放棄します」


 ギルドマスターは一言一言、言葉を選びながら問いているようだった。


「あら、随分と話の分かるギルマスじゃない。よっぽどドライバックの力を恐れてるのね、まぁ無理もないと思うけど。何だかんだいってアタシより強いし。えーと……その提案はすっごい魅力的なんだけど……その前にちょっと気になることがあるのよね。そこの間抜け顔のアンタ、ちょっとこっちに来なさい」


 闇の大精霊様は手招きをしてみせる。

 

「アンタよ、アンタ。さっきから目がチラチラ合ってるでしょ」


 え?

 もしかして俺―――?


「そうよ、そこでボケ顔晒してる赤毛のアンタのこよと。ちょっとこっちに来なさい」


 もしかして、もしかして。

 ―――俺の魔法の素養を見抜かれたりしたんだろうか?

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