178豚 炎の戦闘人形【last sideシューヤ】
「おおお、おれ? おれですか?」
「そうよアンタよ。ちょっと気になることがあるからこっちに来なさい。別にとって食おうってわけじゃないわ―――確認したいことがあるの」
使徒、という言葉がある。
その言葉は大精霊様に見初められた人間であるということを意味し、使徒として大精霊様から師事を受けた者はとてつもない力を得ると言われている。
俺は闇の大精霊様に言われるがまま冒険者の一団から一人抜け出した。
大勢の冒険者からの視線を背中に感じる。
大半は恐怖や畏れ、何ていったってあの北方を支配する闇の大精霊様に呼ばれたのだ。何をされるのか見当も付かない。
だが視線の中には羨みや妬み、といったものもある。
何と言っても闇の大精霊様はとんでもなく優れた魔法使いであり、幾人もの優れた魔法使いを生み出した偉大な教育者としての一面も持っているのだ。
もしかしたら俺も―――アイツのように凄い魔法使いになれるかもしれない。
そんな単純な想いが俺の足を自然と闇の大精霊様に向かわせる。
「―――ーヤ! ―――逃げ――――――!」
こうして俺は一歩踏み出した。
この先に俺の新しい魔法使いとしての人生の1ページが待っていると信じて。
どこからか俺を呼ぶ誰かの声がぼやけて聞こえた。
でも、俺は振り返らなかった。
馬鹿かと思うかもしれないけれど、魔法使いにとって闇の大精霊様に素質を見抜かれ使徒に選ばれるというものは信じられないぐらい栄誉があることなのだ。
闇の大精霊様は優れた才能を持っている魔法使いしか使徒に選ばない。
光の大精霊様はダリス王室を守る守護騎士のみを光の使徒とする。
火の大精霊様は使徒を選ばず、人間を戦いの道具に変えて使役すると言われている。
水の大精霊様は水の都を守る者を一名選抜し、使徒としている。
風の大精霊様は滅多に使徒を生み出さないとされている。
土の大精霊様は全てが謎に包まれている。
莫大な力が手に入る。
闇の大精霊様に見初められれば、何の取り得も無かった俺に、大きな力が手に入れる。
「―――ーヤ! な―――!」
自然と拳に力が入る。
クルッシュ魔法学園に沢山のモンスターが現れた時、俺は逃げた。
逃げて逃げて逃げ出して、大聖堂に辿り着けなかった時は死を覚悟した。校舎に入ってもどこまでも逃げた。最上階に辿り着いた時、俺は部屋の窓から顔を僅かに出してモンスターに襲われる大聖堂の皆をずっと見ていた。
ごめんなさい、ごめんなさいと口に出し。
震えながら、俺は奇跡を信じていた。
皆が助かりますように、そして誰かが俺を助けてくれますようにって。
「シューヤ! 何をして―――」
もうあんな目に合うのは嫌なんだ。
俺はもうあんな惨めな思いをしたくないんだ。
闇の大精霊様の使徒になることが出来たら―――俺もアイツのように、なれるだろうか。
そう願うのは可笑しいことじゃない筈だ。
動き出す両足は止まらない。
闇の大精霊様に向かって、俺は歩き出す。
固い荒野の先に踏み出した足が地面に―――付かなかった。
(え)
俺と闇の大精霊様の距離だけがゼロになる。
目の前に闇の大精霊様がいた。
背が低く、大きな黒い瞳で俺を見上げている。
どこからどう見ても人間の女の子にしか見えないけれど、この方は闇の大精霊様なんだ。
これまで数々の優秀な使途を育て上げた異端の大精霊様。
俺は闇の大精霊様に話しかけようとした。
これからよろしくお願いします、そう言って頭を下げようとして、言葉は出なかった。
「ッ」
闇の大精霊の目が大きく見開かれる。
彼女は俺を見て驚愕と同時に、何かを叫ぼうとしていた。
余りにも咄嗟の出来事でギルドマスターも数十人にも及ぶ高位冒険者も、千を優に超える冒険者達も誰も理解出来なかったに違いない。
当事者である俺さえも何が起きたか分からなかったのだから。
ただ言えるのは物理法則を超越した動きで、俺は闇の大精霊様との距離を一瞬で詰めていたこと。
そして俺の顔に生暖かい何かがぱしゃっと付着したこと。
(……?)
あれ。
これは何だろう。
嫌な匂いがした。
あ。
これは血だ。
赤い血だ。
まだ、暖かい。
そしてナニカによって撃ち抜かれた少女が軽く宙に浮いている。
(―――え?)
あれ?
どうして俺の腕が闇の大精霊様のお腹にめり込んでいるんだ?
闇の大精霊様、違うんです、俺じゃないんです。
そう言おうとしたのに、俺の口から漏れる声は俺のものではなかった。
「ナナトリージュ、こいつは儂の人形だ。手出しはさせぬ」
聞き慣れた水晶の声が俺の口から漏れ出ている。
そこから先に何が起きたのかは口にするのもおぞましい。
けれど、俺は全てを見なければならなかった。
俺の身体であって、俺でない。
操り人形のように俺は誰かの戦いの道具として蹂躙されていた。
見たこともないような高度な火の魔法を身体に纏い、闇の大精霊様の使徒である三銃士ドライバック・シュタイベルトとリッチ達を相手に異次元の戦闘を繰り広げる自分の姿をただ見ていた。
俺は呆然と———炎の戦闘人形と化した自分をただ見ていた。
痛みは当然、感じた。
苦しみは当然、俺のものだった。
口から出る声はやはりあの水晶の声で。
もはや使徒でもない、俺は滑稽な
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