179豚 荒野に佇む―――①
数百年にも及んだダンジョン都市による管理に終止符が打たれた。
たった今、荒野を支配している者はたった一人の男による異能の力。
ダンジョンを監視していたダンジョン都市の威光も通じず、街の住人は溢れるモンスターに怯えるばかり。
「遣い鴉は」
「はっ。ミネルヴァ、サーキスタ、ダリス含めた大国のみならず、近隣諸国の王達にも手出し無用との通達。直にドストル三銃士、
ダンジョン都市、ユニバースを黒光が包み込む。
外の様子は闇の魔法による重厚な黒衣結界によって何も見えない。
街の外周にはこのような万が一の事態が起きた際を想定して長年掛け、結界を構成するための魔道具が数多く設置されていた。冒険者ギルドの中でも南方本部であるネメシスが保有している魔道具の数は尋常でない。
万が一ダンジョンが決壊しモンスターが溢れても対応出来るよう、歴代のギルドマスターによって万全の防御体制が取られているのだ。
「皆の配置は」
「重要拠点に冒険者凡そ四千名を配置しております。万が一、黒衣結界が破壊されたとしても暫くは持ち堪えられるかと。またその際に黒衣結界を修復するための職員の数も万全であります、さらに傷ついた者のためにネメシスのみならず街中の冒険者支部から回復材の提供を受け、耐性は整いました」
「充分だ。僕の武装をここに」
「ギルドマスター。
職員から一振りのナイフを受け取る。
「―――ありがとう」
結界の外は見えずとも、リッチ達の死霊魔術によって蘇らされたモンスター達の怨念の声は止まる気配は無い。
ドストル三銃士、
「ギルドマスター! 彼らは既に死んでいるに違いありません! それなのに何故行かれるのですか! 私達には貴方が必要ですッ!」
黒衣結界を発動させた何百もの魔道具によって巨大で分厚い結界に覆われたユニバースにモンスター達は侵入を許さない。
今のところ破られる気配は微塵も無いが、このままではジリ貧だ。
そして街の主たるギルドマスターには結界の外に向かわねばならぬ理由があった。
「僕がいなくとも君達はギルド職員として立派に勤めを果たしている。今、必要な人材はギルドマスターではなく、強力な冒険者の存在だ。例え高位冒険者の極地である
あの赤毛の少年が闇の大精霊に攻撃を仕掛けた後、冒険者の一団はギルドマスターの迅速な指示によってユニバースに帰還を果たした。
しかし、あの少年の友人らしい水都の姫である少女と彼女の護衛に付けた高位冒険者の姿はどこにも無かった。二人の姿を見ていた冒険者によると、あの赤毛の少年を助けに行こうとする少女と高位冒険者の間に一悶着があり、結局は折れた高位冒険者と共に赤毛の少年を助けに行ったらしい。
つまり、あの二人は取り残されたのだ。
結界の外、蘇る死者の軍勢の真っ只中に。
「ですがギルドマスター。あの少年が死ねば
「―――事態は一刻を争う。それに彼にアリシア様の護衛を命じたのは僕だ」
ギルドマスターはちらりと街中の様子を見つめる。
ユニバースでは既にネメシスによって非常事態宣言が出され、慌しく人が動き回っている。
街の中からは黒衣結界によって外の様子を伺い知ることが出来ない。それがせめてもの救いか、ドストル三銃士の力の詳細を知らない一般の者達がパニックになることは抑えられていた。
結界の外で今も生まれているだろうモンスターの大半はあの赤毛の少年に向かっているだろうが、外から聞こえる音から判断すると結界を壊さんと力を振るっているモンスターも一部、存在しているようだ。
「結界の外にいるのは我を失った
年老いたギルド職員の声に偽りの色は無い。
彼が言った通り、結界の外では墓地から蘇るゾンビのように、次々と溢れ出ているのだろう。
黒衣結界に左手を触れたギルドマスターを縋るように見つめる大勢の者達がいた。
彼らは口々に告げる。
無駄である、行く必要は無い、何故なら既にアリシア・ブラ・ディア・サーキスタも
結界の外に存在するのはドストル三銃士の一人。
ドライバック・シュタイベルト要する亡者の軍勢。
国堕としとまで言われる力を前にして、彼ら二人だけで生き残れている等と考える方が余程馬鹿げていた。
だが、ギルドマスターの胸中には退く覚悟など存在しえない。
「生きていると信じている。あの男は確かにダンジョン中毒ではあるが、紛れのない力を持っている。それに
「しかしマスターレングラム。貴方はネメシスにとって重要なギルドマスターだ、少なくとも数人の特A級冒険者を護衛に―――」
「―――僕を守るだと? 笑わせないでくれ」
当然、外の世界に恐怖はある。
現在、赤毛の少年と激しい戦闘を繰り広げているだろう
「
ギルドマスターはそう言って、結界の中に一歩踏み出した。
―――やるべきことは二人の確保、それだけだ。
分厚い黒衣結界の中を進みながら、彼は思う。
死霊魔法を司るリッチによってモンスターが荒野は蘇る巨大な墓地へと様変わり、しかし、生者を拒む墓場であるならばダンジョンと一体どこが違うのだろうかと一人思う。
この先がモンスター
だが―――
「成る程……―――」
―――先に進むのもままならない、闇夜を纏て獄門と化した荒野が視界に映る。
彼らは振り返り、こちらを見た。
オゾマシイ数の亡者と化したモンスターの軍隊、いや、荒野はもはや一つの国と化していた。国を構成する住人は蘇ったモンスターで、自分はただの侵入者。
下克上。今まで虐げていた者達による反逆か。
結界の外に現れたギルドマスターに向かって、一斉に襲い掛かる。
動きは緩慢で、しかし確かな殺意を持って迫り来る。
結界の外に出てしまった今、もはや街の中には戻れない。
「―――ここが僕の死地か」
ギルドマスターは確信した。
自分は間もなく、既にこの世にはいない二人の後を追うだろう事実を―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます