165豚 風の神童と古の魔王【中編②】

「ちょっ! 痛い痛い! 痛いって!」

「私、スロウ様が寝てる間に考え直したんです!」


 ポカスカと俺はシャーロットに叩かれていた。

 しかも、さっきダンジョンに落ちていたピコピコハンマーで。


 シャーロットは手段を選ばないことにしたらしい。

 つーか、何でそんなもんがダンジョンに落ちてるんだよ。


「寝てたんじゃないから! 死にかけてたんだって俺!」

「もっとビシバシいかないとたるんだスロウ様の精神はまともにならないって! 昔からずっとデニングの方々に言われてたことを思い出しました! ずっとぐーたらしてましたからスロウ様の心もぐーたら星人になっちゃったんです! ちょっとやそっとじゃ治らないってことに気付いたんです!」

「そんなこと気付かなくていいってシャーロット! 痛い! いたぶひ!」


 俺は震えた。

 シャーロットのスパルタ宣言はどうやら本気のようだったと気付いたからだ。


「私、甘かったです! 激アマでした! さっきスロウ様が食べてたデザートぐらいアマアマでした! 何で二つあるのに二つとも食べるんですか! どこからどう見ても二人分! つまり私とスロウ様の分なのに何で一人で食べるんですか! ねえスロウ様! 風の神童って言われてるぐらい頭いいんですよね! じゃあ絶対確信犯ですよね!」

「ごめん! ごめんぶう! シャーロットがあれを好きなのは知ってたけど、俺も好きなんだからしょうがないぶう! お腹空いてたから! しょうがないんだぶう!」

「また豚語になってる! 太ったら豚語になるんですね! スロウ様が可笑しな言い訳し出したら棍棒で叩けってマローメイド長も言ってました! このアイテムは棍棒じゃないですけど似てるのできっとマローメイド長からの贈り物なんです!」

「うわあトラウマが蘇る! そういえばデニングにいた豚公爵時代はまじで性根叩き直せって毎日ぶん殴られてたなあ!!!」


 こうして暫く俺は、シャーロットに悪戯をした豚のようにピコピコハンマーでピシピシ叩かれ続けたのだった。



   ●   ●   ●



「……ばか! スロウ様はもう風の神童なんかじゃないです! 意地汚い豚です! 食い意地が張ってるにも程があります……! このままじゃ公爵様にも私、顔向け出来ないです! はぁはぁ、あ、……そうだ! 魔王様の遣いのモンスターがいるんでした!」


 シャーロットは肩でハアハアと息をしながら、あのやたら浄化の魔法が達者なオークスケルトンをきょろきょろと探し出した。

 よし。

 シャーロットの関心は食後のデザートを俺が食べてしまったことから、魔王様のほうに移ったようだ。

 何しろシャーロットはメチャクチャ古の魔王様にご執心なのだ。


 なにせ俺が古の魔王はあのダンジョンの地下に眠っているという話をした時、俺はシャーロットがすぐには信じないだろうことを覚悟していた。

 余りにも突拍子もない話だからだ。


 しかしシャーロットは俺の話を聞いた途端顔をパアっと輝かせ、言ったんだ。「行きましょうスロウ様! 白き翼ホワイトウィングの魔王様を最初に見つけるのは私達だってわかってました!」ってさ。

 

 シューヤの言い回しのパクリじゃんって突っ込みを入れたかったが、シャーロットがそれ程に初代魔王様探索に燃え上がったのにはワケがある。


「あっ、あんな所に魔王様の遣いがいました……私も魔法が使えるようになりますように。私も魔法が使えるようになりますように。私も魔法が使えるようになりますように。スロウ様ぐらいじゃなくてもいいので、せめてアリシア様ぐらいの魔法が使えますように」

 

 魔王の遣いらしいオークスケルトンにシャーロットが手を摺り合わせ、祈りを捧げている。

 何だかクリスマスにサンタクロースにお願いする子供のようだと思ったけど、今もなおシャーロットの右手に握られているピコピコハンマーで叩かれるのは嫌なので黙っておく。

 どうやらシャーロットの魔法コンプは相当なものらしく、魔王様に合えば自分も魔法が使えるよう指導をお願いしたいらしいのだ。


「私も魔法が使えますように。ええっと、系統は光がいいです。火と闇は私のキャラ的に違うと思うので光がいいです」

「アルトアンジュが聞いたら悲しむと思うよそれは……あ、もうすぐゾンビ浄化が終わりそうだね」


 あれだけいたゾンビがもう片手の指で数えられる程に減っていた。

 最後の一匹を浄化し終えると、オークスケルトンは腕を組み中心部にいる俺とまだ祈ってるシャーロットをチラチラ眺め出す。

 やり切った感を出して、骨だからその表情は分からないけれどドヤ顔を披露していることは間違いなかった。

 

「あ、あの! あなた様はもしかして……白き翼ホワイトウィングの魔王様の遣いの方ですか?」


 シャーロットの問いかけにオークスケルトンはこっくりと頷き、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 まるで「そお! そうなんだよお! 私、魔王の関係者だよお!」と言わんばかりの飛び跳ね方だ。

 あんだけ浄化の魔法使っといて元気だなあ。


「やっぱりそうなんですね! スロウ様! あのスケルトンさんは魔王様の使いですよ! 私たちついに見つけたんです! 歴史に名を残せますよ!」


 すっかりシャーロットはあのオークスケルトンに魅せられているようだった。

 オークスケルトンの方もノリノリで「さあ! 私に着いてきたまえ!」と言わんばかりに歩き出し、その先には下層へと続く暗い階段が見えた。


「さあ、早く魔王様に魔法を教えてもらいましょう! 行きますよスロウ様!」

「ちょっ~とッ! ―――シャーロット! ストップストップ!」


 俺は今にもオークスケルトンにほいほいと着いていきそうなシャーロットのか細い腕を掴み、彼女を守るようにぐいっと前に出てオークスケルトンと向かい合った。

 シャーロットはぶぅーと不満げな声を漏らしていた。

 余程早く魔王様に会って魔法を教えて欲しいみたいだ。

 シャーロットの魔法コンプ、恐るべしである。

 まああの不器用なアリシアでも魔法使えるしなあ。ど下手くそだけど。


「……えっととりあえず、助けてくれてありがとうと礼は言っておく、摩訶不思議な浄化の魔法を使うオークのスケルトンさん。別に俺一人でも何の問題も無かったんだけど、こんな所で力を使いたくなかったからさ」


 暗いダンジョンの穴倉で、オークスケルトンは首を傾げて俺を見ていた。

 顔が無い癖に、射抜かれているような重圧を感じる。


「俺の名前はスロウ。そして、後ろの女の子はシャーロット」

「……」

「さっきシャーロットが言っていたけど、俺達はこのダンジョンの最奥に眠っている魔王様に会いに来たんだ。それで聞きたいんだけど……君は予言書に書かれている魔王様の遣いって奴なのかな? シャーロットの言うとおり、君が俺達を魔王様の元に案内してくれるモンスターなのか?」


 するとオークスケルトンは小さく頷いた。

 音の無い空洞の世界で、ある筈の無いスケルトンの瞳が俺を捉えて離さない。


「そっか。確かに預言書には魔王の遣いは浄化の魔法を使い探究者を守り、魔王の元に案内すると書かれているけど―――」


 俺はすぅっと息を吸い込んだ。

 実はここで余計な問答をしている暇はなかったりするのだ。


 もう既に闇の大精霊さんはユニバースに潜入しているドライバック・シュタイベルトと合流を果たしているだろうし、魔王の存在を伝えたギルドマスターの行動も気にかかる。

 ユニバースにある幾つもの取り扱い注意の爆弾達が爆裂する前に俺はやるべきことをすませないといけない。

 だからグッと拳を握りしめ、俺は目の前にいる不思議なオークスケルトンに向けて言ったんだ。


「―――俺を舐めるなよ、ミネルヴァ・ゾーンダーク」


 ここからが俺の正念場。 

 魔王が持つ魔道具を手に入れ、ウィンドル領に侵入するための手段を手に入れる。


 全ては順調、順調の筈だったのだ。

 これからの予定だって完璧だったのだ。 

 シルバと合流してウィンドル領を解放して、南方に膨大な魔法鉱石を再度流通させ、南方諸国を帝国もおいそれと手出し出来ないように強化させる。


 全ては順調、順調だった筈なのだ―――。

 ―――だって、俺達の前にいる骸骨姿の魔王は嬉しそうに口を開いて








 ガチン、と。


【―――ン】 


 どこが遠くから不思議な音が聞こえた気がした。

 うるさいと俺は思った。

 こんな大事な場面に水を差すなとも俺は思った。

 けれど、どこかで聞いたことがある音だとも俺は思った。


 ガチン。


【―――ョン


 どこが遠くから何かを握り締める音が聞こえた気がした。

 懐かしい感じだと俺は思った。

 だって俺はその音を何度も聞いたことがあるのだから。

 不意に俺はあのアニメには主人公が存在することを思い出した。


 ガチン。


【―――充填ッション】 


 どこが遠くから誰かの拳が硬く握り締められる音が耳に届き、俺は走馬灯のようにアニメの内容を思い出していた。

 確か、赤毛の熱血主人公が水晶の中に潜む火の大精霊やメインヒロインと共に世界を救う救世主だったよな。

 

 正直に言おう。

 俺は侮っていた。


 ガチン。


【―――火充填ニッション】 


 正直に言おう。

 影の薄いあいつを、どこまでも軽んじていた。


 正直に言おう。

 俺はあいつが出る幕も無く、全てを終わらせられると思っていた。


 だってアイツは薄かった。

 アニメの中では輝いてたアイツはどこにもいない筈だった。

 アニメに出てこなかった貧乏っちゃまビジョンよりも存在感が薄かった。


 どうしてだ。

 オークスケルトンに化けた初代魔王を前にしながら、何故俺はアイツのことを考えているんだ。





 ガチン。


【―――発火充填イグニッション】 


 黒龍セクメト襲撃の際にはどこかに隠れていたに違いないアイツ―――。

 ロコモコ先生との強化イベントも無く、覚醒イベントを悉く逃し続けたアイツ―――。

 けれど、この時俺が感じた一抹の不安は何も間違っていないことが後で分かった。


 何故なら大人気アニメ「シューヤ・マリオネット」のフラフラ主人公―――。

 現在はユニバースにいるだろう実はメンタル激ヨワのシューヤと戦闘狂バーサーカーの火の大精霊さんが好き勝手してくれたせいで―――


【―――シューヤ! 闇の大精霊、ナナトリージュこそがあの男のウィークポイントである! …………何を躊躇っているのだシューヤ! ぬしが心棒するギルドマスターや高位冒険者でも奴らに決して勝てはせぬぞ! …………思い出せ! 思い出すのだシューヤ!! 頼る者が一人もいないこの状況はぬしが水晶を拾ったあの時と同じである! あの時、ぬしは何を願い、何をしたッ!! そうだ! 奮い立て! 今のお主であれば―――わかる筈! さあ飛翔の刻である!! 飛び掛かるのだシューヤ・ニュケルンッッ!!!】 


 ―――俺は再建したクルッシュ魔法学園に舞い戻り、アリシアやシューヤ、ビジョンやデッパ、そして新たなプリンセスやスパルタになったシャーロットと共にハチャメチャな学園生活を再び送る羽目になるのだから。

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