Ⅳ 荒野に佇む全属性

147豚 荒野に佇む全属性 プロローグ 

 大陸北方に存在した野蛮な蛮族国家を駆逐した覇王の国に異変が一つ。

 背後に巨大な岩肌を持つドストル城の周りを囲む深い堀。 

 城から街へと渡るための橋の上で二人の者が話し合っていた。


 進む者と止める者。

 豪華絢爛な装束に身を包んだ者と馬に乗ってどこか遠くを見据えた利発そうな青年。

 とても分かりやすく言えば、それはただの―――。

 ―――親子喧嘩だった。


「父上。私が直接、ユニバースに行きドライバックを連れ戻します。あいつも王位継承権一位の私の言葉なら聞く耳を持つ耳でしょう」

「……馬鹿を申すなナヴィ。ドライバックの件に関しては放っておけ。あいつももはや昔のあいつではない。それにあいつの言い分も最もだ。盗人には罰を与えねばならない」

「何を悠長な! あの亡霊を野放しにしていれば再び戦争が始まります! それにあいつにあの力がコントロール出来るとは到底思えません! 盗人だけを捕まえるためにあの力を使うなど詭弁だ! このナビィ・ドストル。S級冒険者トップランナーへの挑戦は失敗に終わりましたが、特A級冒険者セカンドランナーとしては破格の力を持っていると自負しております。敵国とはいえ、そうやすやすとはやられる気はありません」

「だがな」

「―――父上! 今が変革の時でありましょう! 闇の大精霊ナナトリージュが姿を消した今、もはや帝国に戦いは必要無い。それに盗人が忍び込んだ部屋もあのナナトリージュの自室。何を盗んだのかさえ我らは知らないのです! それでは私は出発します」


 利発な青年に見える彼女こそが革命家。

 アニメの中では心を失った父を殺すシューヤのパーティーメンバーであり、ドストル帝国王位継承権第一位を得るために男として生きてきた才知ある秘蔵っ子。

 だが、所々では大きなミスを頻発させるボンコツ男装姫は単騎にて、自由連邦に向けて出陣す。


「さあ進むのだヨハネ! 目的地は自由連邦総本山にしてダンジョンの魔境と名高い都市ユニバース! 皇国領内を突っ切り最短ルートを目指す! 険しい旅となろうがこの私が付いている! 臆することなくモンスターの領土と化したあの国を突っ切って走るのだ! 全てはあの亡霊が事を起こす前に!」


 茶髪の髪を後ろで縛った娘を呆れた表情で見送る父。

 周りには彼らの近衛達が帝王たる男にどうすべきか視線を送っていた。


「北方にて勢力を拡大していた蛮族の国々を壊滅させたドライバックには感謝しています! ですが、それとこれとは話が違うでしょう! 幾ら北方統一の貢献者と言えども、奴自身が争いの元となるのなら例えこの命潰えたとしても!」


 帝国上層部の者たちは知っている。

 帝国が誇る三銃士の一人。

 ダンジョンで生まれたとされるドライバック・シュタイベルトの恐るべき力を。

 北方の民は英雄ドライバックはゾンビ系モンスターを操る力を持っていると考えているが、それは違う。

 それだけではドライバックは三銃士足りえない。


「―――この私があいつを殺してまいります」


 ドストル帝国王位継承権第一位。

 ナヴィ・ドストルは溌剌とした声を上げ、幼い頃から共に成長してきた愛馬を走らせる。


「ええい近衛兵よ! 何をぼさっと見ているのだ! 早くあの馬鹿を連れ戻せ! 多少の傷を負わせても構わん!」


 しかし皇国に向かい長い道のりを走り出した彼女や彼女を追うために馬にまたがった屈強な近衛の者達たちも未だ知らない。

 既に皇国から、魔王派とされる多くのモンスターが姿を消していることを。



   ●   ●   ●



 一方、反魔王派モンスターの襲撃によって滅ぼされた皇国と自由連邦との国境沿いに続く暗い森の中で異変が起きていた。

 闇夜の中でも一際深い狭間の中で対峙している者達がいた。


 一人は少年だ。

 何かに驚いているような、しかし爽やかな微笑を崩さない黒金の髪を持つ少年だ。

 彼は南方四大同盟の一角、騎士国家ダリスより大金を賭けられ指名手配されている渦中の人物でもあった。


「……嘘、嘘……なぜ、なぜ、なぜなぜなぜッ!!!


 もう一人は少女だった。

 見ようによっては十の年齢にも届かなさそうな少女だ。

 けれどその正体は闇の大精霊といわれ超常の存在。

 少女は片膝を地面につき、悔しそうに唸っていた。

 彼女の頭の中はグルグルと思考で埋め尽くされている。

 信じられない。

 こんなこと、あってはならない。

 闇の魔法を極めた彼女にとって、人間など有象無象の矮小な存在なのに。

 闇の大精霊と呼ばれし少女は目を真っ赤に充血させ、少年に向かい呪詛を吐き続ける。


「魔法が効かない!? なぜ! この私の魔法が……!!!」


 彼女には分からなかった。 

 どうして自分が膝を付いている?

 六大魔法の中で唯一、精神に攻撃可能な闇の魔法。

 中でも洗脳は彼女にしか使えない闇の極地。

 膨大な魔力を注ぎ込み、人間の行動を支配する魔法は強靭な心を持っていた現在の帝王ですら容易く支配することが出来た。


 それなのに、通じない。

 目の前の人間には通じる気配がまるで無い。

 可笑しい、魔法は成功している。

 洗脳は成功している。

 それなのに、それなのに少年は涼しい顔で魔力を垂れ流す少女を見つめていた。


「どうしてっ!」


 訳が分からない。

 この身は自然を司る大精霊。

 目の前にいる人間は精霊に愛されし全属性エレメンタルマスター

 それだけは知っている。

 逆に言えば、それだけしか知らない。


「答えなさい! スローデニング! 何がどうなってるのよ! 何であんたは無事なのよ! 私の魔法は確かに成功してる! あんたはあたしの指揮下にあるはずよ!!! ほらっ! 動け!! 死ね! 死ねッ!! 死ねッッッ!!!」


 少女ははぁはぁと苦しそうに息を吐きながらも、少年に向かって呪詛を垂れ流す。


 しかし、少女の予期した行動は何も起こらない。

 洗脳を受けている筈の少年が動くことは無かったし、冷めた表情で自分を見つめるその姿も変わらない。


 闇の魔法を極めた少女から溢れ出る魔力によって、常世の闇が辺り一帯を真っ黒に塗り潰すその中で。

 少女を見下す少年だけは月光に照らされ、爽やかな風が黒金の髪をそよがせる。


 憎らしい程の爽やかな姿で、少年は闇の大精霊の魔法を受け止めている。

 ありえない、ありえない。

 ただの人間の前に大精霊が片膝を地面につけ、屈するなどありえない。


「……答えが知りたいか? 闇の大精霊、ナナトリージュ」


 少年は髪をかき揚げた。

 大精霊である少女に向けられる視線に敵意は無く、どこかそれは哀れみに近い。

 少女はじっと少年の言葉を待った。

 少年はとても重要な秘密を明かすように、ゆっくりと口を開いた。


「ヒントは……ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃだぶひ」

「―ー―は?」

「はって何だよ。ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃなんだって。いや、ほんと。俺自身も戸惑ってる、まさかこんな攻略法があったなんて。あー、話をする前にその洗脳の魔法止めてくれない? お互いのためにさ」


 少年は笑っていた。

 今の状況が可笑しくて溜まらないといったように、紛れも無く笑っていた。

 クスクスと聞こえる姿を見て、闇の大精霊はもう一度決心した。

 ありえない、と。


「ごめん。やっぱ殺すわスローデニング。ほんと、もう、許せない。あたしは短気って自覚があるけど、あんたは舐めすぎでしょ。大精霊舐めすぎ……。大精霊を前にしてそこらへんの雑魚オークに出会ったみたいなその態度。許せないわ、死んで償うべきよ」

「死ねとか償えとか、一体俺が何をしたって言うんだよ。あとオークさんを雑魚扱いするのは止めてやれ、確かに雑魚だけどさ……えーと、大精霊さん。それでさ、冗談じゃなくてその魔法使うのそろそろ止めたほうがいいよ? 君には馴染みの無い言葉だろうけど、魔力切れの兆候がある。吸血鬼みたいに白い顔色が死人ゾンビみたいになってるし、大精霊さんみたいなガリガリの子がどんどん弱っていく姿を見ていると俺の心まで何か痛くなってきちゃったよ」


 少女ははあ? と首を傾げた。

 魔力切れ? 今、この人間は魔力切れと言った? 他にも色々突っ込みたいことがあるけれど、無限に近い魔力を持つ大精霊であるあたしが魔力切れ?


 そんなの人間だけの話でしょ?

 それに死人ゾンビですって?

 ありえない。

 この人間はやはり本当に失礼なやつだ。

 吐き続ける呪詛を倍増させる。

 しねしねしね、と呟く姿は少年をドン引きさせるに十分な光景だ。

 そして、少女にとってはもはや何百年ぶりかの出来事は唐突に訪れた。


「……おふ」


 吐き気、酔い、目眩、混乱、負の症状のオンパレード。

 可憐な容姿に相応しくない声を出し、少女はバランスを崩した。


 けれど、少女は理解する。

 ふらっと遠のく意識の中でも、グルグルと回る頭の片隅でも。


「……ちょっと」


 誰かに抱きかかえられたことは理解出来た。

 考えるまでも無く、そいつだった。


「えぇ……痩せすぎだろ闇の大精霊さん。長い時を生きすぎて食事に飽きちゃったとか? うちのアルトアンジュなんか全然そんな気配無いけどな。あっ、こら暴れるなよ、俺も疲れてるんだから無駄な抵抗はやめてくれ、大精霊ってのはどいつもこいつも最初は荒れてやがる」


 人間に身体を触れられたのは何百年振りだろう。

 何故なら彼女は闇の大精霊。

 生まれた時から孤高の存在であり続けた。

 しかも抱きかかえられるなんて記憶は生まれてきたこれまでのどこを探っても見当たらない。


 だから洗脳の魔法を掛け続けるための呪詛の言葉を紡ぐ思考は一気にどこかへ飛んでしまった。

 負の症状に、パニックが追加された。


「お、降ろせ、降ろせ! 降ろせって! おい! 降ろせ! おい! 降ろせ! 止めろ触るな! おい死ね!」

「物騒な上に口も悪すぎだろ。えーと、君の帝国がボコボコにした風の大精霊さんは俺が保護している。元は厄介な野良猫だったけど、今はお気楽なデブ猫になったぜ。いやあ、長かったなあ。君もそうなってくれると助かるんだけどな」

「死ね! おい! 降ろせって言ってるでしょ! やめろ揺れる、おええええ」

「うわ吐きやがった最悪だ、大精霊って吐くのかよ」

「えおえええええ」


 闇の大精霊ナナトリージュはどうせならその生意気な顔に向かって吐いてやろうと思い顔を上げた。

 そして月明かりに照らされる少年の横顔を見た時。


「あ」


 どこかで見た構図だった。

 森の中にある村を暇潰しに散策している時に見かけた手配書。

 ダリス王室からの指名手配書に描かれていた構図と全く同じだった。

 暇潰しに、特に意味も無く、ぼーっと眺め続けたあの姿と瓜二つだった。

 自信満々に微笑む姿まで、ムカつく程に。


 闇の大精霊はその時。

 初めて間近で風の神童と唄われたダリスの若き英雄を見て―――。


「……ぐええ」

「止めろ吐くな、ナナトリージュ」


 どくん。

 ーーー止まった筈の心臓が弱々しく一拍、確かな音を打ち鳴らす。


「目の下の隈が酷すぎる。今の君ならオレだって簡単に魔法を掛けてやることが出来るぜ。ちょっと面倒な魔法だけど、スリープっと、うぉ」

「気持ちわる、おええ」


 季節は秋に差し掛かる夏の終わり。

 アニメの中では悪としてあり続けた彼女は、どこまでもふざけた少年の横顔を見つめ続けた。


「おいやめろ だから何で俺の服に向かって吐くんだよ! せめて反対を向けよ! おい! だから俺に向かって吐くなって言ってるだろ! っち、それにまだ魔法耐性が強いな! ほら、眠れ眠れ眠れ! おい、抵抗するな! 余計辛くなるぞ!」

「しね”お”え”え”え”え”えええ」


 かくして、闇の中で二人は出会った。

 闇の大精霊は風の神童たる彼に出会った。

 アニメの中では帝国が南方に刺し向けていた刺客のことごとくを影で打ち払っていた本当の主人公に彼女は出会った。


 君ではなく―――。

 大陸中央部に位置する皇国と。

 大陸東部に造られた新興国家、自由連邦の国境沿いで―――キミと出会った。

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