146豚 オークの魔法使いは世界を救う エピローグ
「おい聞いたか! 帝国が軍を下げたってよ! 一体何があったんだよ! 俺はあの戦争王が大陸を統一するに金賭けてたんだぜちくしょー!」
「遅えよリック! 幾らここに情報が来るのが遅いからって一時期はその話題で持ちきりだったろ!」
ボロい酒場に俺はいた。
黒いフードをすっぽりと被り、カウンターでジュースをグビグビとあおっている。酒場で飲んだくれている冒険者達の話に耳を傾け情報収集をしているのだ! 気分はすっかり熟練の暗殺者なのだが如何せんジュースなもんだから格好が付かないな。
ん?
金はどうしたかって?
A級冒険者リンカーンが完全にグロッキー状態だったので、とりあえずあいつを安全な場所に放置する際に懐から財布をちょろまかしました!
ぶひぶひ! ぶっひいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 真っ黒豚公爵の再臨ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!! シャーロットも背に腹は変えられません! とか言ってたし問題は無しなのだ!
皇国奥地で激しい戦闘を行ったからか、国境付近を飛んでいる筈の飛翔形モンスターの数が明らかに減っていた。そのためか自由連邦との国境沿いには大勢の冒険者達が皇国に侵入しようと様子を伺っていた。
俺たちは森の闇に隠れて国境を突破した。
特に手に汗握るサスペンスもなく、そこら辺に沢山いた冒険者達の後をひょいひょい~とストーキングし、森の中にあった村まで辿り着いたってわけだ。
皇国に放置されたダンジョンに潜ろうと数多くの冒険者が森の中に潜んでおり、彼らを相手にした宿屋や武器屋、酒場までがいつのまにか作られており、その規模はもはや小さな村と呼んでもいいぐらいなのだ。
むっはー。
そんなことはどうでもいい。
俺はピクリピクリと耳を動かして冒険者達の声を聞いていく。
ジュースをぐびりぐびりと喉に押し込みながら、気になる会話を拾っていく。
「いや、それが南方各国に使者を送ったとかなんとか! とりあえず帝国に戦う気は無いらしいぞまじで!」
「戦争仕掛けようとしたりいきなり辞めたり、帝国はわけがわからねえなあ」
「ぶひ~~~!!!! ぶひぶひ! ぶっひ~~~!!!!!!」
きたああああああああああ!!!!!
俺はカウンターの下で小さくガッツポーズ!
「何だ今の声!? オーク語か? オークがどっかにいるのか!」
「出会え~! オークの襲撃だあああ~~~!!! ぐひっく、ひっく……うぅ」
「うお酒くさぇ。こんな場所にオークがいるわけねーだろあほか。酔っ払いすぎだお前ら」
おっとっと、いかんいかん。
オークの里に滞在していたからか自然とオーク語が出てしまう。
さっさとシャーロット達が待っている部屋に退散することにしよう。
俺は一気にジュースを飲み干し、酒場の出口に向かって歩く。
冒険者達どけどけ~~! 世界を救った英雄のお通りだぞ~~。
俺はタタタタと音を立てながら宿に向けて走っていく。酒場の外には深い森が広がり、暗い緑の中をよく見ると小さい建屋が幾つも連なって建てられている。
中を見ると錆付いた剣を扱う武器屋だったり、木で作られた防具ばっかりを扱う防具屋だったり。手付かずのダンジョンが多い皇国に侵入する予定の冒険者達に売りつけるために自由連邦の商人がこんな場所にまで集まっているみたいだ。
やっぱり商人は逞しいな~。
そんな金稼ぎが大好きな人たちが作り上げた国、それが自由連邦だ。
ガッタガッタと宿の階段を上り、部屋のドアをソーっと開ける。
「ただいま~……」
二つのベッドと木の机が目に入る。
机の上には冒険者から奪い取った財布がひとつ。
他にはほんと何も無い。オークの里の家に荷物を置いてきちゃったからな。といっても大したものは入ってないからノーマンタイだ。
奥のベッドではシャーロットは静かに寝息を立てていた。
皇国での生活は幾ら地獄のデニング式従者育成サバイバル合宿を体験したシャーロットにとっても過酷だったらしい。
小さな吐息がすぅすぅと漏れて、安心しきった寝顔を晒す
「……機嫌直ったかなあ」
今では安らかな顔で見ているシャーロットだけど、こうやって寝る前は大変だったのだ。
以下、回想である。
『……実はすごく楽しみにしてたのにスロウ様は
『ごめんなさいぶひ」
『ごめんなさいぶひって何ですか。ふざけないで下さいスロウ様。……ぐちぐち。水竜さんにひょいぱくされた時は本当に死んだかと思ったんですから……ぐちぐち。……この際だから言いますけどスロウ様はほんといっつも突然で……ぐちぐち……ぐちぐちぐちぐち……」
ぶっちゃけ言うと不機嫌なシャーロットから逃げてくるために情報収集行ってた面もあります、はい。
シャーロットの言うとおり、俺達は逃げる様に皇国から出てきたから白百合の
シャーロットはクルッシュ魔法学園で残した俺の伝言、
だけどあれは仕方なかったのだ。許してくれ、シャーロット。
また今度行こう、ね?
そんな感じで慰めているとシャーロットはいつの間にかうとうとし出し、ジト目のまま眠りの世界に旅立ってしまったのだ。
(にゃああああああああああああああああああああああ。実体化したいにゃああああああああ)
「いきなり騒ぎ出すのは止めろって言ってるだろアルトアンジュ。シャーロットが起きるだろ」
(に”ゃ”あ”あ”あ”あ”あ)
「あ、シャーロットには聞こえないか。でも俺には聞こえるんだから静かにしてくれ。近所迷惑ならぬ俺迷惑だ。それに昔はずっと精霊体だったんだからさあ…………ちょっとは我慢してくれよ」
俺の視界をぶんぶんと蚊のように飛び回る風の大精霊さんがいる。
蚊よりもでかい分、視界迷惑がすごい。
けど大精霊さんの機嫌は優先度が低いので放置である。
放置放置、バイバイキーンである。
(に”ゃ”あ”あ”あ”あ”あぁぁぁ……? あれ、何か懐かしい匂いがするにゃあ)
大精霊さんは空中浮遊を急遽中止して、きょろきょろと当たりを見回し出した。
シャーロットはくかーと寝息を立て始めていた。熟睡モードに入ったらしい。
平和だ。
俺達は平和だ。
どこまでも平和でありたいと思う。
これからも、ずっと先の未来もずっと平和でありたいと思うから。
恒久の平和を求めて、俺はシャーロットと風の大精霊さんに背を向けた。
「アルトアンジュ。俺はちょっと外に忘れ物をしてきたから先に寝ててくれ」
(何か嫌な予感がするにゃあ……風の精霊がびびるなんて相当にゃあ……)
空中浮遊を続ける大精霊さんに「正解だよ」と軽く笑いかけて、俺は再び黒いフードを被り部屋の外に出た。
行く先は”彼ら”が教えてくれる。
● ● ●
”こちらだ風の神童。我らの姫が貴様を待っている”
”決して挑発はするな。我らの姫は気性が荒い。素直にそれを渡せば殺されはしない”
疲れてないとはとても言えない。
俺は無敵の超人なんかじゃないし、腹も減れば眠くもなる。
それでもやると決めたのだから泣き言なんか言っていられない。
シャキッと身体に喝を入れて、頭の中に描いた脚本のままに動くだけだ。
静かな宿を抜け出し、裏手を進み暗い闇の中に向かって歩いていく。
深い森は一端入ると、数歩先も見えない光の失われた世界と化していた。
けれど踏み出す一歩に躊躇い無く、最短距離で突き進む。
ポケットに入れた死の大精霊の卵を手に入れた時点でこの時が来るのが分かっていたのだ。
「おい、聞いたか。あの
「へえ、あのダンジョン中毒者がねえ。まあリンカーンなんていっつも錯乱してるようなもんじゃない……でも今、皇国には最大でもB級ダンジョンぐらいしか見当たらないって話よ?
もう随分歩いただろうか。
夜の闇はとっくに深まり、木々の間に隠れるようにしてひそひそと密談を交わしている冒険者達がいた。
周りには数えるのも馬鹿らしい程のモンスターの死骸で溢れている。
「あァ!? ガキ……てめえ……ここで何してんだ?」
「あら少年、ここは危険よ。 この森に一歩踏み込んだ先には逆に私達を狩ろうとするモンスターが溢れているのだけど……もしかして何も知らない新人さん? 私達は冒険者ギルドから依頼を受けてそんなモンスターを狩っているのだけど……」
「―――どいてくれ」
「てめェ! 俺達のリーダーの言葉を無視しやが―――」
「構わないわ、ただの自殺志願者って訳でも無さそうだし……行かせてあげなさい」
冒険者達のリーダー格らしい女性の言葉に大勢の冒険者達が道を開ける。
「感謝する」
「……あら、よく見ればそのフードの下は私好みの美男子みたいじゃない」
「俺が美男子? あんた、一度目を医者に見てもらったほうがいいぜ」
● ● ●
そして、ようやく俺は出会った。
太い木の幹に背中を預けた一人の女の子が俺を見ていた。
腰まで伸びた黒絹のような長い髪は艶やかで、冬の訪れを感じさせる雪のような白い肌、触れることが躊躇われるかのようなほっそりとした手足。
黒いワンピースで着飾るその姿はまるで本物の人形のよう。
"決して挑発するなスロウ・デニング。我らが姫は軽く見られるのを極端に嫌う"
”巻き込まれたくないのでな。道案内はここまでだ。あれ程闇が濃ければ、貴様でも分かるだろう”
色の無い黒い瞳で彼女は俺を捕らえていた。
アニメの中では終盤に近付くにつれて出番を増やした諸悪の根源。
そのワガママっぷりから一部のファンに熱狂的な人気を誇る悪役っ子。
けれど見かけに騙されるなかれ、可愛い花には毒がある。
特にゴスロリ気味の女の子なんて猛毒だ。
暗がりから俺を見つめる少女は待ちくたびれたとばかりに小さな口をすぼめてみせる。小悪魔チックな少女から溢れ出る余裕さは強者としての絶対の自信ってやつかな。
「それを渡しなさい。それはあんたみたいな人間が持ってていいものじゃないわ」
見つめ合う。
俺達は見つめ合う。
闇の大精霊ナナトリージュと俺は見つめ合う。
心に静かな波紋が湧き立つ。
新たに覚悟を決めて彼女と向かい合う。
ここが、正念場。
これからが、俺の新しい戦いの始まりだ。
闇の大精霊ナナトリージュ。
力では君に勝てないだろう。
俺の全力でも君の全力には及ばないだろう。
そんなことは百も承知だ。
大精霊何てふざけた相手と力勝負をするなんて馬鹿げている。
だから、俺は君と戦う。
俺にしか出来ないやり方で、君と仲良くなってやる。
「スローデニング。あたしの声が聞こえていないのかしら。ならもう一度言うわ。それを渡しなさい。それはね、あんたのような人間が持っていていいものじゃないのよ」
最初のファーストコンタクトは成功し、闇の大精霊さんは俺に並々ならぬ興味を持っているご様子だ。
だから、次の一言が何よりも重要だ。
闇の大精霊さんが俺を見ている。
無表情に見えて、あれは楽しんでいる顔だ。
圧倒的弱者とみなす俺が震えている姿、どのようにして許しを乞うのか楽しみに待っている。
ちなみに俺が震えている理由は腹が減っているからだ。
それじゃあ、お遊びの始まりだ。
世界はかくも面白く、こんな大精霊様まで俺の元にやってきた。
だから、挑戦を始めよう。
相手は闇の大精霊ナナトリージュ。
武力で言えばダントツの北方最大国家ドストル帝国に加護を与えし大精霊。
俺はポケットから死の大精霊の卵を出して、クルクルと指先で回してみせる。
闇の大精霊さんには最後の悪あがきに見えるのだろう。
得意顔でニヤニヤと、俺がとんでもアイテムを差し出すのを待っている。
では―――。
余りにも力を付けすぎた
―――深く被ったフードから頭を出して、俺はたった一言告げるんだ。
「えーと。どなたですか―――ぶひ?」
固まる空気。
目を見開くナナトリージュ。
何を言ったか分からないご様子だ。
ん?
だったらもう一度言ってみよう。
闇の精霊もボケの前振りみたいに挑発するな挑発するなって繰り返してたからな。
俺は期待に答えるエンターテイナーなんです、ぶひぶひ。
「ぶひぶひぶ、ぶひィひィ?」
オークの里仕込み、紛れのない本場のオーク語だ。
ちなみに意味は「オーク語でお願いしていい?」って言ってるぞ。
「そ”う”っ……このあたしのことを舐めてるのね」
歪む。
ぐにゃりと歪んでいく。
ナナトリージュの端正な顔が歪む。
即座にどでかい殺気、大きな瞳から放たれる視線が俺を雁字搦めに縛り上げる。
腰まで届く長い黒髪にクリクリとした大きな瞳、外見は変わっていないのにその姿は小悪魔から冷徹な悪魔に変貌を遂げようとしているように見える。
「―――決めた」
底冷えするような声で、そう言った。
ええっと。
闇の大精霊さん?
一体、何を決めたんですか?
「やっぱり殺す! 殺した後で死の大精霊の卵は頂くとするわ! そうよ何をまどろっこしい! 闇の精霊達が殺すには惜しい逸材だとか言ってるから遠慮してあげたけど! そんなのって似合わない! このあたしには似合わない! だってあたしは大精霊! 六大精霊の中でも最強の、闇の、大精霊なんだから!!!」
えー拝啓、聡明な帝国の王様。
どうやら俺の目論見通り、あんたは平和な道を選択したようだ。
だったら、俺もあんたの心意気に応えたいと思う。
ちなみにどうやって応えるかと言うとね。
「―――私の傀儡となって死ねえーーッ!!! スローデニング!!」
闇の大精霊さんは俺が預からさせてもらうよ。
期限は……そうだな。
この子の性格を矯正する、果てしなく遠いその日までってことでどうだろう?
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