143豚 ―――新天地への

 手配書に描かれている者の有力な情報を持つ者には500万ヱンの報奨金。

 暗い闇の中で、誰かを抱え込むようにしているその光景。

 誰かを覗き込むようする俺を描いたシーンには見覚えがある。

 

 この場面はダリスのお姫様プリンセスであらせられるプリンセス・カリーナを必死に助けようとしていた時の光景だ。

 金髪ブロンドの髪を持つ娘っ子。

 あの時は助けるのに必死だったから、顔もあんまり思い出せない。何より身体半分は瓦礫に潰されていたしな。


「それより手配書って何だよ全く……もっと穏便にやってくれよ我が母国」


 いやー、それにしても追っ手が来るだろうと思ってたけど。

 まさか手配書なんてものを作ってしまうとは。

 ていうかこの手配書どこまで配布してるんだろうな。ダリスだけじゃなく他国にまで行き渡っていたら少しだけ厄介だ。少しだけ、だけど。

 それに帝国ドストルにまでは流布されてないと思うから。


 それにしても500万ヱンといえばダリス王都で土地付き一軒家が買える値段だなー。これは、本気だなダリス王室。マルディーニ枢機卿は少なくともそれだけの価値がこの俺にあると認めたか。


 でも少しだけ面白くなってきたな。

 額としてもまだまだだし、俺はもっともっと成り上がるぞ。


「か、カッコいいです……スロウ様。これ家宝にしましょうねってうわ! 本物がいました! スロウ様がいました! ビックリしちゃいました!」


 二人して魔法紙を覗き込むようにしていたらシャーロットが、頬が近付くぐらいにひっ付いていたことを今更ながらに気付いたようで、慌ててバッと離れてしまう。

 白い頬が朱色を帯びて、恥ずかしげ。

 レアシャーロットだ。


「何照れてんのシャーロット。俺たちずっと一緒にいたじゃん」

「私が一緒にいたのはおデブなスロウ様です。痩せたスロウ様は、かっこいいから違和感があるんです!」

「ね、ねぇシャーロット! 本物はどうなの! 本物はその手配書より……どうなのよっ!?」

「エアリスさん! 本物は……もっとカッコいいですよ!」

「へ、へえー!! そうなんだ! ふ、ふーん! 気になるからちょっとそっちに近付いてもいいかしらっ! ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」

「あ、はい! エアリスさん! 全然いいですよ! こっちに来て下さい!」

「シャーロットはサキュバスの時も話の分かるサキュバスだったけど、人間になっても話の分かる人間なのね! じゃあ、遠慮なく!」 

 

 エアリスがどどどーって走ってやってきた。

 え? 何?

 ピクシーってそんな俊敏な動き出来たの?

 魔法紙に描かれた俺の姿を見たときと同じぐらいビックリしたよ。

 

 途端に行動的になったピクシーさんは俺の目の前で止まり、足の先から頭の上までを舐めるようにじーっと鑑賞してくる。

 はぁはぁと息が荒い。

 何だかすごくやり辛いんですけど……。

 

「ふーん、なるほどね。これはこれは……良いじゃない! 実はねシャーロット! 皇国にやってきたピクシー仲間でドラゴンスレイヤーについて色々と話してたのよ! 実際はどんな人間なんだろうって! これで皆に自慢出来るわ!」


 そのまま女性陣二人はキャーと抱き合い、すごいすごい本物見ちゃったと騒ぎ始めた。シャーロットは実は私はスロウ様の従者なんです! とか自慢してるし、エアリスもそうだったのねシャーロット! すごい! 羨ましいわ! とか共感してるし。

 ……もう何なんだよ、この子たち。

 さっきまでの雰囲気はどこにいったんだよ。

 人間とモンスターの壁がどうのこうのなんて考えていた俺がバカみたいじゃん か。……ぶひぃ。

 ……。

 いやいや、やっぱり俺が主人公!

 ペースを握られっぱなしでは堪らない!

 俺は存在感をアピールするようにこほんと一息整えた。


「えーと。エアリス、ちょっといいかな?」

「……あ! 本物のスロウ・デニングが喋った! ……え? 本物のスロウ・デニング……? ……本物なら人間ってことじゃない! そうよスロウ・デニングもシャーロットも人間だったわ! 危ない危ない! また騙そうとしたのね! シャーロット! 危ないからこっちに来なさい! ってシャーロットも人間だったわ! もう何なのよ! わけが分からないわ!」 

 

 あたふたするピクシーさん。

 もう何だよピクシー種。

 モンスター大全によればお喋りモンスターと記載されている噂話が大好きな森の悪戯っ子。お喋りが好き過ぎて寝不足になることもしばしばの可愛さ100点のやんちゃなモンスター。ペット目的で人間に乱獲されそうになった過去を持ち、そんな外敵から身を守るために長い年月を掛けて魔法が使えるようになった異色の経歴のモンスター。

 だから幾ら可愛いピクシーを見つけても捕まえたらダメだよ? 犯罪だよ? イエスピクシー! ノータッチ! ってモンスター大全には書かれていたな。


「……ピクシーは近くで見れば可愛さが200点になるってモンスター大全に書いてあったけど、まさにだな。はぁ、可愛すぎピクシー」


 思ったことがそのまま口に出てしまう。

 お茶目な悪戯っ子モンスター、モンスター愛好家からはもう殿堂入りにしてもいいんじゃないか? と議論される程の人気者。南方では滅多に見かけないモンスターだけど、一度目撃情報が現れれば大きい大人たちが我先に現地に駆けつける。

 そんな存在はまさに罪なアイドルそのものだ。


「ひゃう」


 そんなピクシー種のエアリスをじーっと見つめると、真っ赤になってパタパタと空に逃げてしまった。

 ふーふーと吐息荒く、胸の辺りを抑え手で頬に風を送り、何故か空の上から俺を睨みつけている。

 おっと、人間だから警戒されてしまったか。


「……スロウ様。こっち向いて下さい」

「え。なに」


 今度はシャーロットに呼ばれて見つめ合う。

 目と目が重なり合い、俺達は数秒間見つめあった。

 白い頬と長いまつ毛、そして麗しげな瞳が印象的。街を歩けば思わず目で追ってしまう、そんな亡国のお姫様プリンセス。クルッシュ魔法学園では黒い豚公爵の従者じゃなければちょっかいを掛けれたのにと貴族の子弟っ子達を悔しがらせていたらしい(by ビジョン)とっても美人な女の子。

 けれどそんな見かけによらず、シャーロットの心身はデニング公爵家で一人前の従者となるために鍛えられていたから中々に逞しい。

 うちは教育に掛けてはくっそスパルタだからなあ。


「……はぅ」


 だけど、俺より先に少し目を逸らしたのはそんなシャーロットの方だった。

 白い頬がやっぱり少しだけ赤くなって、恥ずかしそうに俺と向き合う。


「……スロウ様、従者として言わせて下さい。スロウ様はやっぱりもっと食べて太ってください。太ってないと女の人と喋るの禁止です。従者だけど言わせてもらいます。これは譲れません」 

「何で? どうしたの急に」

「どうしたもこうしたもないです! やっぱり痩せたらダメです! スロウ様はデブじゃないとダメです! 危ないです! ナチュラルに勘違いさせるスロウ様は多分、悪魔みたいな人です!」

「あ、悪魔って何だよそれ! じゃあシャーロットは悪魔の従者ってことじゃん!」

「わ、私は悪魔の従者でいいです……スロウ様がずっとおデブさんなら……問題無しです……」

「何だそりゃ……」


 シャーロットの言葉を受け流していると、背後の泉の中から大きな存在が徐々に近付いている様子を感じ取る。

 俺の想像通りなら、浄化された泉の中をとんでもない速度でこちらに向かっているモンスターさんは冒険者ギルドでも古代から生きる神秘の存在として称えられ、その生息地を見つけた者には莫大な報奨金が与えられるとされている絶滅種。

 モンスターとしての格はあの黒龍セクメトにすら劣らないけど、異なるのはこちらに対する敵意がないこと。

 おっと、そろそろ主役の登場か。


「な、何かすごい存在が近付いている気がするわ! シャーロット! 貴方は人間だけど良い人間だからこっちに来なさい! 空の上なら安全よ! ってもう羽も無くなっちゃったのね! ああもう、どうしよう!」

「うん、良いタイミングだ! さてそれじゃあ、そろそろ魔王派のモンスター達が近づいてきてるようだし! 俺たち人間がここにいることがバレたらまずいだろうし、お別れといこうか!」


 気絶していたブヒータが地面の揺れに合わせてガクガクと揺れ出していた。

 さながらホラー映画のゾンビみたいに振動している。

 そして勢い良く水場の中から空に向かって現れる巨大な生物。直後、俺達の視界は水場から力強く噴出した水飛沫で覆われる。


 次に瞼を開いた時には、既にそれは大空から俺達を見下ろしていた。

 エアリスもゾンビ状態から復活したブヒータもシャーロットも風の大精霊さんも、あ、大精霊さんは既にシャーロットの頭の上で不貞寝しているから置いといて―――その場にいる誰もが息を忘れ、それの出現を呆然と見つめていたのだった。

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