144豚 ―――移住手段!!!
『いいねー、とっても綺麗な水になったみたいだねー。あ、オークにピクシーがいるね。やっほー、スロウ、人間の姿に戻ったんだね。約束通り泉の水は浄化されているようだねー。いやあ、とっても気持ちいの良い水だったよー。これは想像以上の仕事ぶりだよスロウー。さて約束は皇国のモンスターを移動させることだったかな、ちょっと大変な仕事になりそうだけど約束はちゃんと守るよー。だってぼく達はあの変てこな黒龍セクメトと違って優しい水竜だからねー」
巨大な水竜が一匹、泉の中から浮き上がり空の上から俺達を見下ろしている。
もうとっくの昔に滅びたとされる古代モンスターの水竜さん。
そして次から次へとひょこひょこと水竜さん達が泉から顔を出し、水辺にいる俺たちをじーっと見つめている。
その度に上がる綺麗な水飛沫。
空に滞空しているリューさんやこちらを見ている数匹の水竜にエアリスはびびって地面に降りてくる。そして何故かエアリスは俺を盾にするようにしてそんな水竜さん達を見つめているのだった
「頼むよリューさん。ウィンドル領の水場な」
そう、水竜さんはビビるほどでかいのだ。
両手を広げてもとても表現できない大きさだ。ブラキオサウルスみたいなもんで水の中を生きる食物連鎖の頂点と言ってもいいかもしれない。
そんな水竜さん達を大陸の奥深くを走っている地下水脈を移動して生活している何とも不思議な生命体で、その生態は殆どが謎に包まれている。
「……エアリス様! あれは水竜ぶひィ!!! 幻の水先案内人! 幻のレアモンスターぶひィ!」
「水竜がこんな所にいたなんて……私たちも古い言い伝えでしか聞いたことが無かったモンスターよ……あ、違った! それよりもこっちの話が先よ! 待ちなさいスロウ・デニング! いいえ、シャーロット!」
ブヒータもやっと気絶から状態から戻ってきたようだ。
そして事態を飲み込めたらしいエアリスは何やら慌てて、水竜よりもシャーロットに注目していた。
当然、俺の隣に立ってたシャーロットも俺と同じようにずぶ濡れだ。
「何だか驚くこと一杯で付いていけなかったけど、貴方たちはあの常軌を逸した風の魔法で火を消していた猫又のことをさっきアルトアンジュと呼んだ! アルトアンジュという名前は風の使い手である私にとってはとっても重要な名前! そう! 皇国を守護していた風の大精霊!」
「へぇ。詳しいなエアリス。まさか北方のモンスターが大精霊さんの名前を知っていたとは……いや、風の魔法を操る君だからこそ知っていたってことかな。でも消火活動をしている空飛ぶ猫又を見てよく今まで黙っていられたなあ。俺だったら絶対ツッコみ入れるよ」
「それは我慢したのよ! ええっと! 違う! そんな大精霊は貴方のことをシャーロットって呼んでいたわ! それにオークの里でも猫又は貴方を守るようにいつもひっついて行動していた! シャーロット、もしかして貴方は―――」
「おっと」
―――そこから先は言わせないよ。
俺がエアリスの口を魔法で塞ごうとする矢先に、どこかから不思議な突風が巻き起こった。
突風にしては優しげなそれはいつの間にかやってきていた沢山の個性的なオーク達が身に付けている変わった衣装や小物、そしてエアリスの頭についている白草の花冠までも風に飛ばす。
オークの里名物の変な個性化グッズは吹きすさぶ突風に乗って空を旅し、再び元あった場所へと正確に舞い戻る。
(シャーロットの素性は秘密。これは絶対の絶対。今のは威嚇にゃあ)
「分かってるって、アルトアンジュ」
精霊体として姿を消した風の大精霊さんがエアリスの問いに正解と言わんばかりに力を披露したのだ。
……まさに神業というべき魔法技術。
すごいな、さすがは風の大精霊。
あれ程精密な風の操作はさすがの俺でもお手上げだ。
そんな驚異的な魔法操作に水竜さん達もわ~すごいすごい~って歓声を上げていた。
「エアリスさん……本当に何から何までお世話になりました。でも何か勘違いされているようですね。私はスロウ様の従者、ただのシャーロットですよ」
シャーロットがぺこりとお辞儀して、実はずれていたらしい頭の上に乗せた花冠をよいしょって直していたエアリスに向けて言う。
だけどそんなシャーロットの言葉にエアリスは納得出来ないといった表情を見せるのだった。
「……うそ! うそよ! 私はお城に飾ってあった肖像画を何度も見たことがあるし、貴方は描かれたあの子と同じ銀髪で面影もあるわ! お城周辺の地理も詳しかったし皇国出身じゃないと分からないことまで知っていた! それお城に近付いてた時、泣きそうな顔をしていたじゃない!」
「うぅ……それはえっと……ちょっとだけ皇国とは縁があっただけですよ……」
俺はほえ~と二人のやり取りを眺めている。
なるほど、そんなことがあったのね。ぶひぶひ~。
「えっと、こほん。エアリスさん、それにオークキングのブヒータさん。そういえばずっと言いたかったことがあるんです」
「シャーロット! ごまかさないで頂戴! まだ話は終わっていないわ!」
ブヒータがのろのろと立ち上がり、そしてオークの里の皆が何だ何だぶひぶひ~と騒ぎ出す。オークの里の皆は誰もシャーロットが人間になったことに気づいていないみたいだ。
まあオークだからね、しょうがないね。
彼らは鈍感なのだ。
「……私が小さい頃皇国にいたって話は本当です。でも皇国はモンスターに襲われて……そんな時だした。私が皇国からダリスに逃げる時、皆さんに助けられたような記憶があるんです。はっきりとは思い出せなくておぼろげですけど、今のブヒータさんみたいな王冠を付けたオークに助けられたんです。あの時のことは……絶対忘れません」
ペコリとシャーロットはお辞儀をした。
オーク達もぶひーぶひーと手を振り上げていた。おいら達は平和な魔王派、当たり前じゃーい、と叫んでいる。何が何だか分からないけどいいってことよぶひ~なんて言ったりしてるオークもいた。
おい、最後のオーク。
話全然理解してないだろ。
けれどエアリスは己の問いかけが正しいことを確信しているようだった。
そりゃあそうか、こんなに可愛いシャーロットが
「…………じゃあ、これだけは聞かせて。貴方は今…………幸せなの?」
「はい、とっても!」
強い意志を感じさせる、はっきりとした返事だった。
ブヒータ含めたオークの皆さんはエアリスとシャーロットの間に流れるそんな不思議な空気感を眺めている。
あ、やばい。
エアリスが何か泣きそうだ。ウルウルしているぞ。
そんな中、俺は別の意味で震えているのだった。
精霊達がオーク以外のモンスターも集まってきてるよーと教えてくれたのだ。人間の姿に戻ったからか、精霊との意思疎通がやりやすくなっている。
やばいやばいよ。
オークの里の皆は鈍感ぶひぶひだからいいけど、他のモンスターはそうはいかないぞ!
「そう……それじゃあ私が言うことは何も無いわね」
「……エアリスさん」
「……シャーロット」
「―――エアリス! この泉の底は地下水脈は繋がり、大陸中に広がっている! そして水竜さん達は君達をどこにだって連れて行ってくれると約束した!」
(うそに”ゃ”あ”!? ここで話に割り込むのかに”ゃ”あ”スロウ! 折角良い雰囲気だったのに雰囲気ブレイカー過ぎると思うに”ゃ”あ”!!!)
うるさいぞ! 風の大精霊さんには一番言われたくない台詞だよそれは!
だってエアリスとかオークの里の皆は雰囲気的に大丈夫そうだけど、他の魔王派のモンスターに人間がいるなんてバレタラめんどくさいことになっちゃうだろ!
もうすぐそこまで近付いてきているみたいだし、安全安心な進行を大切にしているんだよ俺は!
「すごいぶひィ! これで皆でウィンドル領に行けるぶひィ! エアリス様、何を浮かない顔してるぶひィ! スローブは人間でありながらオークの魔法使い! つまり最新のスーパー先進的オークってことぶひィ!」
よし! ブヒータも乗ってきた! 雰囲気ブレイカーは俺だけじゃないのだ!
ってなに!? スーパー先進的オークだと!? 何だそのとんでもない称号は!
あ、こら! スーパー先進的オークの誕生じゃ~なんて騒ぐんじゃないオークの里のオーク達! ついでにスローブ、ヒールを掛けて欲しいんじゃ~とかも言うんじゃない! とっくに治ってることは分かってるんだよオークの爺さん連中!
「エアリス! ブヒータ! それにオークの里の皆! 暫くの間お別れだ! じゃあ、リューさん! 俺達を皇国と自由連邦の国境沿いにある水辺まで連れて行ってくれ! あと一応、そこの半裸の男もお願い! 幾ら強くても気絶したままの奴をこの場に置いてきぼりには出来ないからな! あとシャーロット―――」
「あのスロウ様? 今思ったんですけど……どうやってここから移動するんですか? 私達人間の姿に戻っちゃいましたけど強行突破ってやつですか?」
「―――注意してくれ!」
「え? 注意ですか?」
『りょうかーい、ぱっくんちょっーと』
急に目の前が真っ暗になる。
水竜のリューさんが真上から俺たちをパックンチョと飲み込んだのだ。
「え!? 真っ暗になりました! え”、え”!? 何が起きたんですか!?」
「水竜さんの移動手段は水だからさ、今から地下水脈に―――」
『じゃあ潜るよ~』
「―――うおっ」
「きゃああぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁあああああ」
俺たちはひっくり返り、何が何だか分からなくなった。
そして前後回転。無重力状態のようにバランスを保つことが難しい……ていうか無理だなこれ。動けば動くほど気持ち悪くなりそうだ。俺は自然のままにごろごろとリューさんの胃袋に落ちていく。
「きゃあぁぁぁぁぁああああああああああ。な、なんですかこれええええええええええぇぇぇ―――え―――」
シャーロットの悲鳴が響く。
「シャーロット! 大丈夫だから! 大丈夫だからぶひぶひ」
「何が大丈夫なんですか全然大丈夫じゃないです! きゃあぁぁぁ―――ぁ」
リューさんに飲み込まれたシャーロットの悲鳴がすぐ近くから聞こえる。
光の魔法で軽くすぐ傍にいたシャーロットの顔を照らしてみると……違うこいつは冒険者だった。
あっ、こっちだ。
……。
……どうやら、気絶してしまったみたいだ。
無理も無い。
俺達は水竜のリューさんに食べられてしまったのだから。
いきなりのことだったから心理的ショックもでかかろう。
でも言い訳はさせてくれ。俺は刻一刻と近づいてくるモンスター達の状況が心配で水竜さんによる斬新な移動方法を伝えることをすっかり忘れてしまったのだ。
『スロウー。良い判断だったよー。近くまで沢山のモンスターが来てたからぎりぎりセーフってやつだねー。よーし、一気に深く潜るよ~! 皇国国内での移動だからそれ程時間は掛からないと思うな~」
「ありがとうリューさん。よろしく頼むよ」
静かになったリューさんの広い胃袋の中で俺は一人、物思いにふけてゆく。
これでエアリス達、魔王派のモンスター達は地下水脈を利用してウィンドル領へと秘密裏に移動することだろう。
エアリスやブヒータを襲うガラスの涙事件は起きないはずだ。
南方四大同盟から攻撃を受け、皇国に集まっていたモンスター達は争いによって壊滅状態に陥ってしまう。そしてエアリスは死に、その事実を知った魔王さんは暗黒面に真っ逆さま。
だけど、そんな未来は起こさない。
少し早いけどモンスターの皆には誰にも気づかれることなく新天地のウィンドル領に向かってもらう。
「ぶひぶひ。何とかこれで目標達成ってやつかな」
『~~~。~~~。~~~』
ろくな別れの挨拶も出来なかったけれど、俺たちは人間で彼らはモンスター。
こんなもんがちょうどいいのかもしれないな。
俺がリューさんの真っ暗胃袋の中でたそがれていると、何だか変な歌が聞こえてきた。
「リューさん。それ何?」
『オーク達の真似だよー。僕は耳がいいからねー、彼らの歌声がも聞こえてくるんだー。へったくそな歌だけど、歌詞まではよく聞き取れないなー』
「オークの歌? ……ああ、それは―――」
頭に思い浮かぶのは彼らと初めて出会った時から今に至るまで、毎日のように聞かされたあの歌だ。
俺にはリューさんのように彼らの声が聞こえないけど、聞きなれた歌詞は耳にこびりついている。
だから言ってやった。
「―――スローブ~スローブ~スローブはオークの魔法使い〜ってやつだろな」
これにて、オークの魔法使いの旅は終わりである。
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