145豚 南方の英雄(ドラゴンスレイヤー)と北方の英雄(リビングデッド)

「半人半魔の亡霊にして三銃士の一人に名を連ねる北方の英雄。大陸の最北端で暴れまわっていた野蛮な蛮族国家を次々と駆逐した稀代の英雄ドライバックはしかし、誰からも恐れられる哀れな道化に他ならない」


 汝、惑わされることなかれ。

 奴の姿は仮のもの。

 汝、惑わされることなかれ。

 奴は人間であって、人間でなく。

 奴はモンスターであって、モンスターでなく。

 だが、そんなケダモノこそが帝国が果たした北方統一の最大貢献者。


「はぁ~相手にとって不足は無いと言うか、弱点を知っている俺しか倒せない相手というか……」


 水竜の胃袋の中で彼は紫の斑点が入った卵をクルクルと指の上で回していく。

 大切な従者と気を失った冒険者に癒しのヒールを掛けながら、やっと眠ってくれた風の大精霊の姿を見てほっと一息つきながら。


「でもそんなゾンビさん達と戦う前にでっかい問題があるんだよなあ―――」


 ようやく運命が結び合う。

 南方に生まれた若き英雄は攻勢に転じる。

 人間の世界で新しきドラゴンスレイヤーはどこまでも成り上がる。

 現在、彼に掛けられた手配書の額は500万ヱン。

 まずはダリス王都で土地付きの一軒家が買える程度の値段から始めよう。


 そんな手配書デビューを果たした彼が次に目指す目的地は冒険者が多数を占めるダンジョン都市。

 舞台の登場人物達は既に集まっている。

 アニメ版主人公の彼やアニメ版ヒロインの彼女、世界中の要所要所に構える冒険者ギルド南方本部を運営するギルドマスターやそして―――。


「闇のツンツン大精霊、ナナトリージュは既に俺の現在地を捉えている。後はどのタイミングで襲ってくるかってことだけど……予想通りなら―――」



   ●   ●   ●



「頭が可笑しいんじゃないのか? もう一度言ってやろうか。いいやもっと簡単な優しい言葉で君に分かるよう言ってあげてもいい。私はポーションが必要だといったが何故、エーテルを渡した? さあ金を返したまえ、ほら返したまえ」

「何度も何度もうるさい奴デスぅ! ポーションだったらあの子はとっくに死んでたデスぅ。あの子がお前の厄介ごとに巻き込まれた感ありありだったからなけなしのエーテルを使ってやったんデスぅ! そもそもお前に要求した値段はエーテルの定価の半額以下の500万ヱンデスぅ! 有難く思うデス! どこに命消えても数秒以内なら魂ごと呼び戻すって言われてるエーテルを500万ヱンで売ってやる奴がいると思うんデスぅ! 慈悲深い私に感謝しないお前があり得ないって話デスぅ!」


 北方の英雄ドライバックが堕とした蛮族の国は数知れず。

 そしてドストル帝国にて輝かしい伝説を残した英雄三人の中でも際立つ力。

 そんな半人半魔の亡霊王リビングデッドの逸話はしかし、北方の子供にとっては恐怖以外の何物でもない。

 悪戯をした子供にあの半人半魔の亡霊王リビングデッドが来るぞといえば、大半の子供が泣いてしまう程に恐ろしい存在として北方では畏怖されている英雄。


「ふざけないでくれないか!? 500万ヱンだぞ! 500万ヱンといえばちょうど私の有り金全てだ! それにエーテルをくれてやったから有難く思えだと? 私が必要としたのはただのポーションだ! ポーションさえあれば私なら何の問題も無く彼を助けられた! 何度も説明しただろう全く……」

「ポーションであの傷が治るなんて考えられないデスぅ。それとも自分が水の魔法が使える魔法使いだと言うんデスかァ? 水の魔法使いがエーテルとポーションの匂いの違いも分からないなんて有り得ないデスぅ」


 だが、今。

 宿の部屋の一室でズボンからぴょこんともふもふの尻尾を出した女と罵り合っている青白い男が帝国の三銃士の一人だと思う者は少なくとも南方には一人もいないだろう。


「私は魔法使いではないが……。君に話してやる義理も無い。っチ、こんなおせっかいな商人女に引っ掛かるなど私の運も尽きたようだ」

「だから宿代を少しおマケしてやったって言ってるデスぅ! 感謝しやがれデスぅ!」


 デッパはベッドに横になりながら言い争う二人の声を聞いていた。

 不健康な男が唸れば、女が威嚇する。

 子供の喧嘩にしか見えないそれは一体いつまで続くのかデッパには分からない。自分が見ている限り二人は顔を付き合わせれば毎回同じ話をしているのだ。

 よく飽きないものだとデッパは思う。


「くっ、たったあれっぽっちで感謝しろとでも言うのか? 全く何ていう女だ。北方でもこんな強欲な女見たことがない。自由連邦とはガメつく下品な商人共が作り上げた街の集合体だとは聞いていたが……このダンジョン都市にいる者達はまさにその極地だな」


 一見冷徹で血も通っていなさそうに見える男はどうして自分が瀕死の重傷を負っていたのかデッパに詳しく教えてくれた。

 全てはクルッシュ魔法学園を襲ったモンスター襲来事件に起因する。

 ドライバックと名乗った男はあの香水の匂いに頭が可笑しくなり、我を忘れてしまったとデッパに説明した。

 確かにあのモンスターを呼び寄せる香水の香りは凄まじかったが、少なくとも人間には効果は無かった筈だ。あれで我を忘れるってどういうこと? とデッパも思ったがあの匂いに過敏な人もいるかもしれないと強引に納得した。


 ドライバックの話によると自分が放った何らかの攻撃によってドライバックは我を取り戻し、だが武人らしい彼の攻撃は勢いを止めることが出来ず自分に瀕死の重症をもたらした。

 瀕死の重傷とはいうが、今自分は生きている。

 それよりも自分の魔法が彼を殺してしまわなかったことに、むしろホッとした。ダリスにいたときは魔法を覚えた平民が加減が分からず人を殺したなんて話を時々耳にしていたのだ。


「へえ、お前は北方出身なのデスね。私もあちらで一仕事終えた帰りデスがぬるい仕事だったデスぅ」


 それにしても一体、自分は彼にどんな攻撃をしたんだろうか。

 土の魔法を実践で練習する良い機会だと思い、迫り来るモンスター達に向かって無我夢中で魔法をぶっ放していたから記憶が曖昧なのだ。……少しハイになっていたとも言う。


「君のようながさつな女のやることだ。大方、人の足元を見た品の無い仕事なのだろう」


 この部屋ではっきりとした意識を取り戻した時、デッパはまず、うるさいと思った。

 原因は窓の外、恐らく街中から聞こえるどんちゃん騒ぎのような騒ぎ声だ。

 朝から晩まで誰かが騒ぎ続けているここは一体何て街だと聞けば自由連邦が誇るダンジョン都市だとドライバックは言う。

 デッパは驚いて、また気絶した。

 まさか国外にいるとは思わなかったのだ。

 次に起きたとき、自分の身に何が起こったか正確に理解したデッパはドライバックにお願いをし、ヨーレムの町で自分の身を心配しているだろう家族に手紙を送った。

 自分が無事であることを伝えたかったのだ。


「ふんっ。とやかく言われるような言われは無いデス。それに北方出身ということはきっと帝国絡みデス。敵国である南方、それも何でもありのユニバースにやってくるとは世間知らずな癖にいい度胸をしてるデスね」

「ああ、まさかこんなおんぼろな宿に泊まることになるとは思わなかったがな」

「お、おんぼろ!?」

「どこからどう見てもおんぼろの三流宿だろう、ここに来てから随分と立つが、私たち以外に客が泊まっているのを見たことがないぞ。……あー、もういい。君と話していると失った500万ヱンのことを思い出していらいらしてしまう。さあさあ戻れ。そしてまた食事の時間になれば呼んでくれ。ほらっ、部屋から出ていきたまえ」

「うわっ、うわっ! 押すなデスぅ」

「…………ふぅ、やっと出て行ったか。全く私もついていない、まさかこれ程早く無一文になってしまうとは……何とか宿や食事の心配はする必要は無さそうなのが救いだが……こんな三流宿ではな……」

「あの……すみません、何だかすごい高価なものを使ってもらって」


 部屋の入り口で押し問答をしていたドライバックが部屋の中に戻ってきた。

 既に混濁していた意識ははっきりと鮮明なものになっている。

 至上の薬とも称されるエーテルはデッパの身体を隅々まで癒してくれていた。


「君が心配することはない。あれは私とあの商人との問題だ。それはそうとデッパ君。さっき外を歩いていたら街が騒がしくてね。いつもやれB級モンスターを狩っただの、低級ダンジョンでA級モンスターを見かけただのとうるさい街だが……何やら冒険者達が一箇所に集まってヒソヒソと密談をしていて光景を目撃してね。気になって彼らの輪の中に入ってみると……非常に興味深いものを見つけたんだ。これは是非、君に見てもらいたいと思って部屋まで持ってきたものがあるんだ」

「興味深いもの? 僕がいた学園関係のことですか? 何か分かったんですか?」


 クルッシュ魔法学園で起きた出来事はここ自由連邦でも結構な話題になっているらしく、時折外に出かけるドライバックから噂話程度の話を聞く事が出来た。

 曰く、帝国が北方のモンスターを仕向け学園を襲わせたのだろうとか。

 曰く、森で秘密裏に発生したダンジョンからモンスターが溢れたのだろうとか。

 曰く、あの豚公爵が分裂し、オークとなりて学園を襲ったのだろうとか。


「ああ、非常に興味深いものだ。恐らく君にとっても、私にとっても」


 冷徹な笑みを浮かべ、名前以外の素性を隠した三銃士の男は笑う。


「この者をダリス王室に突き出せば、それだけで500万ヱンが手に入る。運命を感じずにはいられないな―――」


 そしてそんな男から一枚の魔法紙をベッドの上で受け取った少年は手配書に描かれた者の名前を見て、目を丸くしたのだった。




次話【オークの魔法使いは世界を救うエピローグ】に続く

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