142豚 モンスターに送る贈り物は
エアリスがあわあわとしながら、俺を指差し何かを叫んでいる。
おいおい、人を指差すのはいけないんだぞー。
でも混乱状態を極めているエアリスにはちょっと落ち着く時間も与えることも大事だろう。
だから俺は暫くの間、エアリスは放置する事に決めた。
ちなみにブヒータは鈍感なオークだからエアリス程動揺してはいないようだった。
やっぱりオーク種は平和の象徴だなあ。なんちて。
さてさて、俺は泉に目を向ける。
いつ見ても巨大な水場だ。底は地下水脈に繋がってるって話だからどれぐらい深いのか想像も付かない。
穏やかな水面はつい先程まで岸辺でちょっとした戦いがあったなんて知らないみたいで、たまに魚がぴょこんと飛び跳ねる光景を見ていると自然と心が落ち着いてくる。
「〜〜〜」
俺は完全なる泉の浄化のためにぶつぶつと呪文を呟いていた。
もう皇国から去ると決めた今、立つ鳥跡を濁さず言うし、泉の浄化だけは終わらせておこうと思っているのだ。
だけど背後から聞こえるピクシーさん達の声にもちょっとだけ耳を傾けているぞ。
「スローブが人間になったぶひィ! やっぱりオークの魔法使いはすごいぶひィ! 最新の人間型オークの誕生ぶひィ!」
「何を言ってるのブヒータ! スローブは人間型オークなんかじゃないわ! スローブは人間だったのよ! ほら見て見なさいあの姿! どこからどう見ても人間! それに……え。あ、あれ? あの姿って!!」
シャーロットが俺の腕をつんつんしてくる。
この泉に住んでいるモンスターさんってどんなモンスターさん何ですか? って聞いてくる。
だから俺は言ってやった。
秘密ぶひ、でももうすぐ会えるぶひよって。
「あれは、す、す、すろっ―――!」
そしたらシャーロットはむぅ~っとして何で秘密なんですか、教えて下さいって口を尖らせる。
もうモンスターであるサキュバスの姿じゃなくて、元の可憐な姿。
肩の先まで伸びた銀髪は気品をたたえ、雪の女神みたいに色白だ。
おしとやかなどこぞのお嬢様のように見えるけど、本当は元気で明るくて気さくな子。
けれど高貴な雰囲気も持ち合わせている透き通るような美人さんはすっきりとした目元で俺を―――「に”ゃ”あ”あ”あ”あ”あ”」ああもう、風の大精霊さんうるさいなあ。精霊体になっても俺だけには見えるってのも困りもんだよ。
今はその辺をハエみたいにブンブンと飛び回っている。
「―――スロウ・デニング! あれはスロウ・デニングよ!」
シャーロットは精霊体になって見えなくなってしまった風の大精霊さんを探している。
アルトアンジュ様、今どこにいるんでしょうスロウ様、何て聞くもんだから俺は言ってやった。シャーロットの近くにいるよって。そしたらシャーロットはきょろきょろと辺りを見渡して大精霊さんを探し出した。
ふふふ、そこにはいないよシャーロット。
「何度も見たから間違いないわ! ええ! 間違いないわ! 珍しい黒金の髪とシュッとした輪郭、そしてあの
今、風の大精霊さんはシャーロットの頭の上でシクシクと泣いている。
俺がけらけらと笑っているとシャーロットにスロウ様はやっぱり意地悪ですなんて怒られたので慌てて泉の浄化に力を入れることにした。
「何とぼけた顔してるのよブヒータ! 古龍セクメトを打ち倒して、今人間の世界で騒がれているドラゴンスレイヤーよ! ダリスの武闘派貴族! あの恐ろしい
「
エアリスがワチャワチャしている間に俺は泉の浄化を完了させてしまう。
かっこいい呪文とか一杯唱えたのに見せ場が全然無くて悲しかったぞ。
全く。
エアリスには空気を読んで欲しいものだな。
「え? 見たことない? 見たことあるわよ! オークにはこのカッコ良さが分からないのねって話をしたじゃない! 何でオークっていつもこうなのよ!! いっつもいっつもふざけないで!!!」
「―――ぶひィッ!」
あ。
ブヒータがエアリスから張り手を食らって気絶しているところをバッチリ目撃してしまった。
こ、こえ〜。
「あっ! 風が! 私の魔法紙がッ!」
ぬ?
一枚の紙が風に揺られて飛んでくる。
魔力によって情報が刻まれた紙は魔法紙と呼ばれ、情報は色褪せすることもなく、さらに一般の紙と違って破れにくい。
そのため重要な情報は魔法紙に刻み付けられることが多いのだ。
そして、今。
そんな魔法紙が風に揺られてこちらに飛んでくる。
「だ、だめ! それは私の魔法紙よ! 返して!」
さっきからちょこちょこ聞こえていたんだよ。
誰かの手配書とか、うんたらかんたらとか。
シャーロットも気になっていたのかこっちに飛んできたそれを凄い勢いで拾いにいった。
うん、滅茶苦茶興味あったみたいだねそれに。
「わっ! わっ! スロウ様! すごいですよこれ!」
シャーロットがキャーキャー言いながら色めき立っている。
目は魔法紙に釘付けだ。
何だ何だ?
「エアリスさーん! これ貰ってもいいですかー!」
「えっ……う、うーん。どうしようかしら……、でもシャーロットだし……うん、いいわよシャーロット! そう言えば貴方には見せたことが無かったわね……そうよ! 美的センスのないまぬけなオークよりシャーロットに見せれば良かったのよ! そしたらきっと共感してもらえる……ってシャーロットも人間だったのよね!」
一人でノリ突っこみをしているエアリスを微笑ましく眺めていると、シャーロットが魔法紙を俺に見せびらかせるようにひらひらさせながら戻ってきた。
心なしか目が輝いて見えるけどどうしたんだろう。
「スロウ様スロウ様! これを見てください! すごいですよ!」
「何? すごい?」
魔法紙が使われる用途と言ったら代表的なのが冒険者ギルドの壁に張られているクエスト情報とか、重要な契約書とか、後は貴族の肖像画とか、他は危険な犯罪者を捕まえるために人相を描いた手配書ぐらいだ。
俺はシャーロットが取ってきた魔法紙を興味津々で覗き込んだ―――。
「ぐはっ!! ごほおごご!! な、なんじゃこれは!!!」
―――そして、むせた。
―――そこには俺が想像すらしていなかった者が描かれていた。
「なんじゃこりゃーってスロウ様ですよ! すごいすごい! スロウ様がいる場所を知ってる人に報奨金500万ヱンって書いてあります! しかもダリスの版が押されてます! これダリス王室から発行されてる手配書ですよ! 魔法紙もとっても上等なものが使われてます! スロウ様、これ家宝にしましょうね!」
つまり、それは俺だった。
恐らく本物を十倍は美化したであろう俺だった。
ドラゴンスレイヤーになって英雄への道を突き進んでいた筈の俺が、母国から指名手配扱いされていた。
何度見返しても、まごうことなき手配書だった。
……。
あ、あれぇ〜?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます