136豚 火焔の戦い【VS A級冒険者】Last
「この場から立ち去りなさい冒険者ッ!」
「それは面白い冗談ね。本来はここは皇国があった場所なのよ~? 不法に滞在しているのはどちらかしら~、そろそろ立ち去らないと南方四大同盟、特に自由連邦が本気でモンスターを排除すると思うわよ~?」
冒険者が生み出した炎の波とエアリスが放った風の結界が混じり合う。
だが風の結界は長くはもちそうに無く、悔しげに顔を
その間にも炎が爛々と輝き、森を燃やしていく。
森が燃えていく。
炎は大樹ガットーの巨木すらも包み込み、轟々と音を立てて火花を散らす。
エアリスは結界を維持しながら覚悟を決めた。
後ろには丸焼き寸前のブヒータがいるのだ。風の結界は今にも破られそうだけど、口から煙を吐き出す呆れたオークキングを置いたまま逃げる訳にはいかなかった。
「嫌になるわッ……ピクシーってどうしてこうも弱いのかしら」
「ただのオークよりは強いと思うぶひィ」
「オーク基準で言わないでよ、さすがにオークと比較されたくはないわよ。それにしてもブヒータ。貴方あの冒険者と少しは戦ったんでしょ? 何か弱点とか気付かなかったの?」
エアリスも数度は火の魔法使いと戦った経験がある。
だが魔法使いという者は基本的に動きがのろいし、火の魔法なんて普通は火の玉を数個ぶつけてくるぐらいのものだった。
しかしこの冒険者が持っている剣は振るたびに炎を吐き出すのだ。
意味が分からないし、そのせいで迂闊に近づくことも出来やしない。
それに鍛え抜かれた身体は並みの魔法使いよりも動きが何倍も速そうだ。
「弱点ぶひィ? 丸焼きは嫌ぶひィ」
「現実逃避してるんじゃないわよブヒータ。でも、これは私達の手には余るわね。はぁ……つまりここで私達の旅は終わりってことじゃない……」
額から汗が滴り落ちる。
全力で魔法を使っているためか、体力の消費が異常に早い。
既に限界が見え始めている。
もはやいつ風の結界が壊れても可笑しくない状況だ。
そして、自分達に押し寄せる炎を辛うじて防いでいる結界が壊れるということは―――その瞬間、自分は終わりということだ。
オークキングのような強靭な肉体を自分は持っていないから、恐らく一瞬だろう。
エアリスはため息を吐いた。
時間が足りなかった。
いつかこうなる日が来るのは分かっていた。
相手が冒険者でも南方の国々によるものでも大した違いがあるとは思わない。
要するに、自分達は皇国に長くいすぎたのだ。
ダリスのウィンドル領への移住計画、もっと早く行動していれば良かったと今更ながらに思ってしまう。多少の犠牲覚悟で行わねばならなかった。
けれど全ては遅い、遅すぎる。
襲い掛かる炎の先で再び振るわれる大剣がぼんやりと見えた。
その直後、勢いを増して襲い掛かる熱波。
結界を構築するために突き出した両手に力が入らない。
エアリスはゆっくりと瞼を閉じて、最後の瞬間のために覚悟を決めた。
「……ブヒータ程じゃないけど、やっぱりまだ死にたくないわね……。やり残したことが山ほどあるんだから……」
「ぶひィ。エアリス様頑張ってぶひィィィィィィ!!!」
「はいはい。分かってるわよ、ブヒータ」
冒険者の炎はエアリスの魔力なんてあっという間にすっからかんにさせてしまう程の威力であり、それを受け止めているエアリスの両手は次第に感覚が無くなりかけていた。
いつ魔力が途切れて結界が消えても可笑しくない。
今目の前で構築されているだろう風の結界はさぞや薄く、頼りないものとなっているだろう。
……。
目を開ければ、必ず訪れるであろう命のカウントダウンが見えてしまう。
「ごめんねフレンダ。最後のお別れの言葉も言えないとは思わなかったけど……私が死んだからって人間に復讐とかそういうことは考えてほしくないな………………まだ結界は保ってるの? ふふふ。意外と私、強かったのね……それとも火事場の馬鹿力ってやつかしら……」
だけど、目を開けることは躊躇われた。
目を閉じたまま、その時が訪れるのを待ち続けた。
けれど、いつまでも炎が身体を燃やすことはなかった。
それにいつのまにかあのむせ返る様な熱さも感じない。
エアリスが疑問に思ったとき、腕に触れる冷たい感触。
「え」
誰かがエアリスの腕を優しく掴んだのだ。
驚いてエアリスは目を開けて、彼女の視界に飛び込んできたのは決してこの場に近寄るなと言い含めていたサキュバスだった。
エアリスはサキュバスは大嫌いだけど、最近知り合ったその子だけは別だった。
だから暴れている冒険者を空から見つけたとき、絶対に地上に降りて来ないように言い包めたのだ。
「シャーロットッ! 絶対に来ちゃダメって言ったじゃないッッ! 貴女まで犠牲になることはッーーー」
「大丈夫ですエアリスさん。さぁブヒータさんを安全な場所に避難させましょう」
あんなに危ない冒険者がいるのにこの子は何を考えているんだろうと、ガーッと怒ろうとして……エアリスは鳥肌が立った。
風の結界が綺麗さっぱり消えていることに気付き、しんと肝が冷えた。
「ぶひ~ィ! ぶひィ! 助かったぶひィ!!!」
「何を言っているのブヒー…………ぇ」
エアリスが作り出した結界を焼きつくそうとしていた炎は既に消えていた。
さらに森の周りへと広がっていった火の勢いも徐々に弱まっているようだった。
冒険者の炎の直撃を受けて燃え上がっていた筈の大樹ガットーもいつの間にか再びその雄雄しい姿を現していた。
緑の葉は殆ど焼け落ち、太い幹も所々黒焦げになっているがまだまだ漲る生命力が感じることが出来た。
森が息を吹き返した。
そんな様子を見て、エアリスは思わず泣きそうになった。
だけどサキュバスのシャーロットが自分を見ているので、エアリスは涙をグッと我慢した。シャーロットは良い子のサキュバスだけど、やっぱりサキュバスだから弱弱しい姿を見せたくなかったのだ。
「私、助かったの? シャーロット、ねえ一体何が起こったの?」
気付けば自分達に向けられていた冒険者の殺気も既に消えていた。
さらにサキュバスという南方では非常に珍しいモンスターが現れたというのに、あの冒険者の驚く声も聞こえない。
そこでエアリスは恐る恐る半裸の冒険者がいた方に目をやって、やっと気付いた。
あの恐ろしい冒険者はもはや自分達など見ていなかった。
オークキングやピクシー等はもはや取るに足らない存在だと言うように、彼女達に背を向けて———。
「スロウ様が来ました。もう大丈夫ですよ、エアリスさん」
———頬から一筋の血を垂らした
最大限の警戒を持って、
冒険者として積み重ねてきた経験が、
”あのオークから絶対に目を離すな。何をしてくるか、分からない”
「パーティは終幕だぜ。
一切の隙も油断も見せず、シューヤの師匠となるべき熟練の冒険者はふぅと息を吐き出し、ピチピチのシャツを着たデブオークを睨みつけた。
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