135豚 火焔の戦い【VS A級冒険者】➈
赤く染め上がった視界の中で。
熱い炎に焼かれながらブヒータは唇を噛みしめた。
手を伸ばせば、掴めそうな距離にまで落ちた緑の葉が熱によって消えていく。
熱に包まれていく己の身体。
横たわりながら、それでもまだ自分が生きているのはオークキングとしての強靭な身体のお陰だろう。
「あっちィぶっひィィィィィィィィィィ!」
「オークの丸焼きなんて冒険者にとっては珍しい光景でも何でもないけど……さすがにオークキングともなれば丸焼きまでには時間が掛かる様子なのね〜」
「ぶっひィィィィィ!! 身体が動かないぶっひィィィィィィィィィ!!!!」
「最初はちょっと面白かったけど……やっぱり喧しすぎるでしょうこのオークキング……死に際に騒ぐのは晩節を汚すと言うもの。オークの丸焼きになるまではまだまだ時間が掛かりそうだから———」
冒険者が近づいてくる。
轟々と燃え上がる世界の中で自分に止めを差すために冒険者が近づいてくる。
焼け落ちた葉が半裸の逞しい肉体に当たっても冒険者は何ら熱くないようで、その姿はまるで火を司る神聖な像のようにも思えてしまうのだった。
「———もうトドメをさしちゃおうかしら」
「こっち来るなぶっひィィィィィ!!!!! オークキングの丸焼きなんて美味しくないぶっひィィィィィィィィィィ!!!!」
「ほんとぶひぶひと五月蝿いオークキングね~。最後の悪あがきにしては悪趣味すぎるわ」
顔をしかめる冒険者。
だが残された幾ばくかの時間の中で、若きオークキングが考えていたことは冒険者の想像を遥かに超えた他愛の無いことだったりするのだ。
沢山動いたからお腹空いたなあとか、そういえばご飯を残したままにしちゃったぶひィとか、スローブは今日は何回ご飯をお代わりするんだろうなあとか、明日の天気は晴れかなあとか、雨だったら嫌だぶひィとか、あの猫又はまた今夜も騒ぐのかなあとか。
死ぬ間際に考えるには、余りにも下らないことばっかりだ。
けれど、気になるんだ。
仕方が無いじゃないかぶひィってブヒータは思うのだ。
オークの里はまだ発展出来るよなあとか、人間の国みたいに沢山のお店とか作りたかったぶひィとか、それなら武器屋はどんなモンスターにやってもらおうかなあとか、オークの武器屋は弱そうだから嫌ぶひィとか、そうだゴーレムにお願いしようとか、道具屋はうーん、やっぱりオークの道具屋は違うぶひィとか、それなら後数十年は生きないと駄目だなあとか、やばいなあ、死にたくないなあ、目頭が熱くなってきたなあ、まだ生きたいぶひィって。
―――生への渇望は留まる所を知らないのだった。
「死にたくないぶっひィィィィィィィィィィ……嫌ぶっひィィィィィィィィ! あああああああああああ嫌ぶっひィィィィィィィィ。折角オークキングにまで進化したのにまだ全然楽しんでないぶっひィィィィィィィ!!!! ごほっ、ごほぶひっ、ごほぶひィ」
悲しみも止まらないし、愚痴も止まらない。
終いには大口を開けた先に火が入ってきてブヒータはごほごほと
そしてそんな死を呼び込む熱い炎が打ち払われたのはブヒータが息が出来なくなって苦しんでいる時だった。
それは風だった。
紛れの無い突風がオークキングの身体を包み込んでいた炎を吹き飛ばした。
だから、ブヒータは驚いて顔を上げたのだ。
「―――ぶひィ?」
「ぶひィじゃないわよ。どんだけ貴方の声は
不届きな乱入者に向けて間髪入れず冒険者は剣を振りかぶった。
けれど放たれる炎は焼き焦げた地面の上に寝転がっているブヒータにまで届かなった。
————冒険者の炎に比べれば、余りにも弱々しい風の結界がブヒータと魔法を行使する彼女自身を守っていた。
ブヒータは驚いて声も出せない。
声の主はブヒータもとってもよく知っているモンスターだったからだ。
「あら~ピクシーじゃない。珍しい。冒険者として長い私も初めて見るモンスターよ。南方には存在しないモンスターの筈だけど北方の奥からワザワザこっちまで来たのかしら? そう考えるとやっぱり皇国はモンスターの魔境になってしまったのね、今更だけど実感したわ」
だけど、若きオークキングは知っていた。
丸焼きオークになろうとしていた自分を助けてくれた者の名前はエアリスといって、皇国に集まった自分達を纏めている責任感の強いモンスターさんだ。
そんなエアリス様は風の魔法が使える珍しいモンスターで、あの孤独な魔王様のお姉ちゃん的な立ち位置のモンスターだけど―――。
「だ、だめぶっひィィィィィィィィィィ!!!!!!! エアリス様はおいらより弱っちいぶっひィィィィィィィィィ!!!!」
「よく知ってるじゃないブヒータ……それでもね、やっぱり貴方が丸焼きになるところをただ見ているだけなんて出来ないのよ」
———内緒話が大好きなピクシーさんは強さとか戦いとか、そういう荒事からはかけ離れたモンスターであることをブヒータはよく知っているのだった。
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