137豚 炎焔の戦い【オークの魔法使い VS 特A級冒険者】ゼロ
ひゅう、ひゅうと、乱れる呼吸も吹き出す汗も止まらない。
「血? 何故? なぜ、血が? 今、何が起きた?」
ピクシーを風の結界ごと焼き尽くそうとしていた時だった。
空からピクシーによく似た白いモンスターが降りてきた。
図鑑で見たことがあるけれど、南方では生息していない珍しいモンスター、サキュバスだった。得体の知れないモンスターを前にして、リンカーンはより強く
それでも風の結界は破れない。
ピクシーはもはや命を諦めて、ただ一秒、また一秒、と何かの奇跡を求めているかのような有様だった。
リンカーンにとってはオークキングもピクシーも本気になる必要も感じられない遊び相手のようなもの。
しかしあのサキュバスを目にした時、彼は何か強い敵意のような恐ろしい気を感じ取った。故に今度はピクシーが放つ風の結界如きでは守れぬ一撃を加えるつもりで、
「———止めろアルトアンジュッ! あいつの相手は俺がするッ!!!」
背後から聞こえる何者かの声。
どうやらまた新たなモンスターが死地に登場したようだった。
「また新しいモンスター! オークキングにピクシー、そしてサキュバス! 今度は何かしらね、一体どんなモンスターがこの私の相手をすると言うのかしらッ!! それに私の相手をするなんて随分侮られたものだわッッ!!」
だからリンカーンは背後に現れたらしいモンスターに向かって
もはや一体どんなモンスターがあのような妄言を吐いたのかも分からない。
随分つまらない幕切れだが、皇国にいるモンスターなどこの程度なものだろう。
やはりこんな場所では湧き上がる衝動も燃え滾る熱さなども感じられるワケもなく、さっさと仕事を終わらせてしまうのが最善に違いない。
そう考えて、未だギリギリの状態で風の結界を維持しているピクシーに攻撃しようとしたら。
「———随分とヌルい炎ぶひ。こんなんであいつの師匠になるなんて笑わせるぜぶひ」
小さな声で導かれた言葉と共に、赤々と燃え立つ炎の中からリンカーン目掛けて何かが通り過ぎた。
一瞬の乱れ。
咄嗟に避けたが、リンカーンの頬にちくりと痛みが走った。
地面にぽたりと血が落ちる。
リンカーンは
そして、理解した。
もはやS級ダンジョンに潜った時以外では見ることも無くなっていた赤い血が流れていた。
「血? 何故? なぜ、血が? 今、何が起きた?」
ゆっくりと振り返る。
烈火の如く燃え盛っている炎の中からぬっと姿を現したのはオークだった。
何の変哲も無いオークだった。
敢えて特徴を上げるとすればデブいオークだった。
腹が出ているオークが粗末な杖を握りしめて、こちらに近付いてくる。
未だ森は火に包まれ、その勢いは止まること無い。
そんな惨状を生み出した自分を前にして、ただのオークが恐怖を抱くことも無くやってくる。
「ッ!」
つまり、オークに攻撃されたのだ。
その事実に思い至った瞬間、ぶわっと身体に熱が循環した。
オーク?
あのオーク?
冒険者として駆け出しだった頃でさえ、相手にしなかったオーク?
あの豚に傷つけられた?
誰が?
この私が———?
この
「やるじゃないッ! オーク如きが私に血を流させるなんてッ! そう! そうなのね! 貴方がオークキングの言っていたオークの魔法使い!!!」
「そっか。姐さんはシューヤと出会う前に皇国で成果を上げて
「面白い、じゃナイッ! そうよ、こういうイレギュラーがあって然るべきだわっ! だってここは滅びた皇国にして北方モンスター共の植民地。ピクシーもいるし、サキュバスだって現れた! 退屈な狩りになると思ってたけど魔法を使うオークの変異種なんて聞いたこともないわッ!」
「ブヒータもエアリスも、よし死んでないか。あ、ブヒータ黒焦げじゃん。でもこっちに手振ってるし意外に元気だなあいつ。さすがオークキング」
「何をゴチャゴチャとッ!! さあ掛かって来なさいオークの魔法使い!! 私の命と貴方の命、どちらが重いかッーーー」
「
「———ッ」
「
型に嵌められたように動けなくなる身体。
あのオークの魔法使いが放った風の拘束であることは瞬時に分かった。
だが、ちんけな魔法など身につけた魔道具が瞬時に跳ね飛ばす筈なのに。
だが、だが、だが、動けない。
一体、これはどういうことだ!
「———ッ! ———ッッ!!!」
「スローブ! ここぶひィ! おいらはここぶひィ〜! ヒール掛けてぶっひィ!!!! おいらは重傷ぶひィ! 最高級のヒールを頼むぶひィ!!!」
「ったく。オークの爺さん連中みたいなこと言いやがって。あ、
途端に和やかになる空気と要領を為さない言葉の羅列。
ワケが分からないまま、肥大化したプライドがぐしゃりと潰れる音をA級冒険者は聞いた。
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