138豚 炎焔の戦い【オークの魔法使い VS 特A級冒険者】①

「おいおいブヒータ。さっきご飯食べてる時言っただろ? 強い冒険者が出たら俺に任せろって。ほら、ヒールヒールヒールヒールスーパーヒール、ついでにハイパーヒールっと」

「スローブ、ごめんぶひィ。でもスローブに頼り過ぎるのは嫌だったんだぶひィ。だっておいらはオークキングぶひィ……。オークキングが背負わないといけない責務ぶひィ」


 動きを止めた冒険者が俺たちを見ている。

 そんな冒険者の足元に落ちている固い大剣に火の精霊が群がっていた。

 刃の部分が僅かに赤く染まってるあの剣には見覚えがある。

 あれは焔剣フランベルジュだ。


 シューヤが大切にしている水晶の中で、傍観者を気取っている火の大精霊が力を与えし魔道具マジックアイテムだ。

 値段を付けるのも馬鹿らしい国宝級のお宝。

 そんな羨ましい魔道具の所有者はシューヤの頼れる火の師匠、アニメの中では血気盛んな特A級冒険者セカンドランナーのリンカーン。


「ヒールヒールっと。そっか、まあ分かるよブヒータ。よーく分かるよその気持ち」

「スローブも分かるぶひィ?」

「ああ、分かり過ぎる程ぐらいに分かるよ。俺も昔、一人で全てを背負い込んで頑張ったことがあったんだよ」


 ブヒータの傷をヒールで癒しながら、俺は思った。

 この勇敢なオークキングと昔の黒い豚公爵は、ほんのちょっぴり似ている部分があるなあって。


「頑張って頑張って、俺は頑張った。ちょっとだけ俺は人より特別な力があったから、俺がやらないといけないと思った。俺以外には出来ないと思った。そのお陰か分らないけど、大勢の人が幸せになれたように思う。でも俺は一人ぼっちだった。俺だけが取り残された。俺は誰にも頼らなかったから」


 ブヒータの傷が急速に治っていく。

 最高級のヒールをくれって言われたからな。

 とんでもない量の魔力をヒールに込めているのだ。

 それはダリスのお姫様、カリーナ姫を助けるために込めた力にも劣らない程。


「でも俺は最後に気付いた。俺も皆みたいに幸せになりたかった。あんな真っ黒い選択に後悔はしていない。していないけれど、二度と同じ道を辿らない。ブヒータの場合と俺の場合は全然違うけど俺が言いたのはさ……頼れる仲間がいるなら頼ってくれってことだよ」


 ブヒータは深く深く頷いた。

 そして冒険者は未だ動かず、俺たちの様子を伺っている。

 リンカーンぐらいの力の持ち主ならもしかして強引に俺の拘束を打ち破ることも可能かと思ったけど、杞憂だったようだ。

 

「頼られないってのも結構辛かったりするんだぜ。俺の場合はそれでこっぴどく叱られたからな」

「スローブを叱る人がいるなんて信じられないぶひィ」

「この前言った俺の騎士さんだよ。シルバって言ってな、頼れる俺の仲間だ」

「ぶひィ! おいらも騎士になりたいぶひィ!」

「騎士になりたいなら絶対に武器を落としたら駄目だぜブヒータ。このナイフはお前のだろ?」


 ブヒータが愛用している何の変哲もないナイフ。

 森の中に落ちていたから拾ってきていたのだ。  


「あー! おいらのナイフぶひィ! あの冒険者にぶん投げられたんだぶひィ! スローブ、ありがとうぶひィ!」

「いいってことよ。よし、これで大丈夫だろ。ブヒータ、今度は一人で何とかしようなんて思うなよ? お前が死んだら俺が悲しいからさ」


 俺がブヒータを治療する様子を心配そうに見ていたエアリスもうんうんと頷いていた。


「ぶひィ!」

「さーて、それじゃあ勇気あるオークキングさん。エアリスとシャーロットを連れてそこら辺の森の中にでも隠れといてくれないかな? 俺はちょっとやらないといけないことがあるみたいだから」

「分かったぶひィ! でもスローブ。あいつ、滅茶苦茶強いぶひィ」

「そりゃあ強いよ、ハンパじゃないよ。だってあいつシューヤの師匠だもん」


 リンカーンとシューヤが出会うのは確か自由連邦のダンジョン都市、ユニバースを壊滅させた亡霊戦争の時。

 つまりそれは帝国の三銃士であるドライバックが本性を現した時の戦いだ。


 様々なゾンビ系モンスターが溢れ返るダンジョン都市で、特A級冒険者のリンカーンとシューヤは共闘する。

 火の大精霊が傍にいた理由もあってか、焔剣フランベルジュは燃えに燃えた。

 そしてシューヤの炎もまた桁違いだった。

 そんな経験もあってか二人はその後意気投合し、リンカーンはシューヤを何かと目を掛けるようになった。


 アニメの中ではまじでオネエキャラだったけど、今は外見はそこまでオネエじゃない。

 言葉遣いはあれだけど、きっとシューヤと出会う前に何かがあって外見を変えたんだろうな。


「さあ行った行った、特にエアリス。君は魔王派のモンスターを纏めているお偉いさんだろ? こんな所で人間に殺されたら皇国にいるモンスターが暴れ出す可能性もある。あんまり無茶なことはしないでほしいな」

「……詳しいのねスローブ。でもその通りよ。さあブヒータ、シャーロット。私たちは隠れてましょう。何やらスローブは自信満々だし、シャーロットもスローブが負けるなんて微塵も思ってないみたいだし。何だか私も安心してきちゃったわ、ふふっ。じゃあ頑張ってね、オークの魔法使いさん」


 エアリスが俺に向かってニコッと笑いかけた。

 ブヒータは立ち上がり、愛用のナイフを大事そうに抱えている。

 風の大精霊さんは森の消火活動に勤しんでいた。


 冒険者からの鋭い視線を背中にズキズキと感じる。

 シューヤの師匠は俺以外のモンスターに対する興味を失っているようだった。


「応援ありがとう、責任感の強いピクシーさん。でも覚えておいてほしいな、主人公は負けないってことをさ」


 余りにも不遜な言葉にブヒータもエアリスも面喰い、それなら心配いらないわねとエアリスが笑った。

 やっぱりピクシーは可愛いな、と俺は心の底でほっこりする。

 シャーロットだけは苦笑して、エアリスの手を取って森の中へと連れていった。

 二人の後に慌ててブヒータも着いていく。


 俺は冒険者に向き直った。

 予想通り、半裸の大男が俺を見ていた。


あいつシューヤは負けた。何度も何度も負けた。でもその度に立ち上がって、あいつシューヤは諦めたことは一度も無かった。本当にクラシカルな主人公。あいつシューヤはそういうタイプの主人公だけど、俺はあいつシューヤとは違うタイプの主人公だ」

 

 俺は歩き出す。

 進む先には身動ぎすら止めた様子のワイルドな大男。 

 アニメ版主人公、俺も憧れたあいつシューヤの師匠。


「俺は負けないよ。例え三銃士が相手でも、あいつシューヤが相手でも、強大な大精霊が相手でも、俺は負けない。だって、一度でも負けると最速の世界平和が遠のいてしまう気がする。だから俺は勝ち続ける。自分でもどんだけ生意気な言葉だって思うけど、それぐらいの覚悟が無いと進めないと思うんだ」


 あいつシューヤの頼れる味方の一人が、近づく俺をじっと見ていた。

 目を大きく開き、何かを観察するように俺の行動をつぶさに観察している。

 あれだけ興奮していたのに、かなり冷静になったようだ。

 うーん、可笑しいな。

 身体の拘束はそのままだけど、声ぐらいは出せるように調整したんだけど。


「悪いな、冒険者。ほったらかしてにして」


 大きな泉の岸辺で俺たちは向かい合う。

 距離にして十歩といったところだろうか。

 俺の予想ではあいつシューヤの師匠は怒り狂い、拘束から逃れようともがき続けると思っていたけれど、リンカーンは冷静だった。

 そして、俺を睨むようにして口を開いた。


「―――オークの魔法使い。あなた、人間ね。いいえ、あなただけじゃない。あそこに隠れているサキュバスも同じく人間ね」


 俺だけに届くような音量で、血気盛んな冒険者はそう言いのけた。

 ふうっと俺は息を吐いた。

 そして冒険者の射抜くような目を受け止め、ごまかしは無用だと悟る。

 

「―――そっか、やっぱりばれてたか。それで冒険者。俺たちの正体に気付いた理由はその耳に付けてる魔道具のお陰かな?」


 キラリと光る銀色の腕輪を身に着けたシューヤの師匠は俺だけに分かるよう、小さく頷いた。

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