139豚 炎焔の戦い【オークの魔法使い VS 特A級冒険者】②

「モンスターで溢れる環境に陥ると、興奮状態に陥るダンジョン中毒者。周りにいる人間とモンスターとの区別も付かなくなってしまう逝かれた奴らに冒険者ギルドから支給される正気の飾りサニーリング。特にアンタぐらいの実力者になるとそれはもう強力なやつが支給されてるんじゃないか」


 ダンジョン中毒。

 モンスターで溢れるダンジョンに潜った冒険者は時に我を忘れ周りが見えなくなり、他の冒険者に危害を加えることが多かった。

 せめて人間が、他の冒険者が近くにいるときは冷静さを保てるよう、ダンジョン中毒者と判断された冒険者に冒険者ギルドから支給される魔道具が正気の飾りサニーリングだ。


「詳しいのね、もしかしてあなたも冒険者だったりするのかしら。数日前まではチームを組んだ人間たちがいたから正気を保っていられたけど、もうギリギリだったのよ。皇国はモンスターばっかりで私にとってはダンジョンみたいなもの。夢見る気持ちでこれからの暴虐を夢見ていたわ。でもあなたを。オークの変異種やあのサキュバスを見ていたら頭に冷たい水をぶっかけらたみたいに熱が冷めていった」

「それはまた、かなりの質の良い正気の飾りサニーリングみたいだな。もしかしてそれ、ギルドマスターからの特注品だったりするのかな」

「ええ。南方本部のギルドマスター、レグラム様より直々に頂いたものだけど。そんなことより、この拘束は解く気がないようね」

「アンタは危険だ。あいつから直接魔道具を与えられるってことはよっぽどのダンジョン中毒ってことだからな」

「あら、知り合いかしら?「

「一方的だけどな」


 A級冒険者セカンドランナーのダンジョン中毒者ともなると正気の飾りサニーリングはかなり性能の良いものが支給されるのだろう。


「戦闘狂、間違ってはいないわ。でも、すごいわね。この距離に近づいても本物のオークにしか見えないわ。闇の魔法、変幻チェンジの噂は聞いたことがあるわ。でも恐ろしく高度な闇の魔法の筈。現在、判明している使い手はたった一人だけ。あの伝説の傭兵、変幻自在ノーフェイス。とうとうダリスで捕まったって聞いたけど、まさかあなた。変幻自在ノーフェイスじゃないわよね、脱獄したとか」

「そこは否定しておく、俺は変幻自在ノーフェイスじゃないからな」


 のほほんとしている会話に見えるが、実は恐ろしく緊迫感を含んだ会話。

 リンカーンはあえて、声量を抑えている。 

 俺がかきかきと頭をかいた。

 すると。


「ぶふぉっ!」


 緊迫している空気の中で風の大精霊さんが空をひた走り、火がついた森の消化活動に勤しんでいた。

 ……あっぶねー。

 俺はホッと胸を撫で下ろす。そんな大精霊さんの様子にエアリスもブヒータもシャーロットも誰も気づいていない様子だ。

 あいつも皇国には思い入れがあるんだろうけど、今は実体化してるんだからもっと慎重になってほしいな。

 空を飛びながら風の魔法で炎を消している猫又なんて変異種どころじゃないからな。変異種どころか……うーん、うまい例えが思い浮かばない。


「冒険者。お前のことはよく知っているよ。A級冒険者セカンドランナー火炎浄炎アークフレアの二つ名を持つ―――」

「本題に入りましょうか―――そんなことはね、どうだっていいわ。オークに姿を変えている変人が一体何を目的しているのかなんてどうでもいいのよ」

「へぇ。じゃあ何で冷静になった今では闘志が消えてないんだ? あのオークキングもピクシーもお前の前では敵にすらなりえないだろう」

「……これほどの魔法を見せつけられて落ち着いてなんていられない。闇の魔法で姿を維持しオークキングを水の魔法で治療しながら、私をこれだけの長時間拘束してられる程の魔法を維持出来る魔法使いが目の前にいる」


 言葉から漂う殺気にぞくりと鳥肌が立つ。

 俺たちの会話が聞こえていないだろうけれど、冒険者から溢れ出る闘志に隠れているだろうエアリス達もざわついているようだった。


「最高難度の闇の魔法による変幻チェンジ。そして私を押さえつけている風の拘束エアバインド、オークキングを癒した回復ヒール。どれもとんでもなく高水準の魔法制御。少なくとも三重属性トリプルマスターの魔法使い。こんな事が可能なのは魔導大国ミネルヴアの大魔法使いか、あの騎士国家が誇る王室騎士ロイヤルナイトか。凄腕の魔法戦士を多数抱える帝国ドストルの者か……」

 

 戦闘狂の本来の姿が現れゆく。

 歯を剥き出しにして、リンカーンは地面に落ちた焔剣フランベルジュに手を伸ばす。

 ゆっくりと、確実に。

 あいつの手が獲物に近づいていく。

 ッチ。

 ギチギチに固めていた魔法の拘束が今にも吹き飛ばされそうだ。


「それとももしかして―――」

「我がてのひらにて、発火充填イグニッション


 俺の掌の上に小さな火の玉が現れる。

 冒険者はもはや驚かない。

 むしろ愉快げに、鳥肌が立つような薄ら笑いを零していた。

 ダンジョン中毒の戦闘狂にしてみれば相手は強ければ強いほどいいのだろう。


「火の魔法、ということは三重属性トリプルマスターの魔法使いでもないのね……。さすがの私も四重属性クアドラプルマスターの魔法使いは出会った経験がないわ。ふふふ、でもこれで楽しみね。一体何者がオークに姿を変えていたのか知りたくなってきたわ。でも安心しなさい。命までは取らないわ。だって私達、同じ人間でしょう?」

 

 認めてやる。

 冒険者、やっぱりお前は強いよ。

 存在感を増していくリンカーンを前にして、俺はやはり戦いは避けられないものだと理解した。

 そんなお前だからこそ―――


発火充填イグニッションッ!」


 ―――俺は火の魔法を持って、打ち倒したいと望む。

 風の精霊は優雅な血を好むとされ、火の精霊は熱き血を好むとアルル先生に化けた傭兵は言っていた。

 心に滾る熱は自分だけが知っていればいいものだと俺は考えている。

 そんなとこが俺が風の精霊に特に愛されている所以だろう。


 でもな。

 滅多に見せないけどさ。

 心の奥底に存在する熱はシューヤにだって負けてないと思ってるんだぜ?

 ははっ。

 炎の魔剣使いを前にしてシューヤ、お前の顔が浮かぶのは何故だろう。

 事前承諾になるけれどお前の技の一つ、借りさせてもらうよ。

 でも安心しろ。

 これはちょっとだけオリジナルティを加えた俺だけの魔法だからさ!

 だってお前の発火充填イグニッションは火の大精霊をその身に宿したぶん殴り!

 だけど俺に肉体言語は似合わない!

 なんたって俺はテブだ! 豚の魔法使いだ!

 ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃの最強の魔法使いだ!


発火充填イグニッションッッ!!」


 シューヤ。

 お前は今、何をしている?

 もしかしてまだアリシアの雑用係でもしているのか?

 ああ。それもいい。アリシアもサーキスタの最後の王族でお姫様プリンセスだ。あいつと一緒にいれば、それはそれで楽しいイベントが起こるだろう。

 何て言ってもお前らはアニメの主人公&メインヒロイン。

 これは俺の物語だから大人しくしてるってのならそれはそれで構わないんだけど。


 そろそろ俺はさ。皇国を出て自由連邦に向かうつもりなんだよ。だけど、不思議だよな。何だかお前達も既にダンジョン都市にいる気がしてならないんだ。


「冒険者! 最高のお前を打ち破ってこそ、俺は自分の熱に自信を持つことが出来る! アイツに劣らない熱さを確認して俺は次に進むことが出来る! だからこそ―――発火充填イグニッションッッッ!!!」


 さあ! それじゃあ、熱い舞台の幕を閉じるとしよう! 

 皇国でやるべきことはやり尽くした!

 シューヤの師匠となるべきダンジョン中毒者を倒してモンスターの世界から去るとしよう!

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