118豚 死闘の始まり
冒険者になったきっかけは兄妹を養うためだった。
自由連邦のスラムに生まれ、両親は自分は幼い頃に無くなった。
笑われながらも必死でダンジョンに潜り、その日生きる糧を死にもの狂いで稼いだ。初めてゴブリンを倒した時の達成感、初めてオークソルジャーを倒した時の成長の実感、初めてアイスゴーレムを倒した時の高揚感、そして一匹の逸れヴァンパイアを倒した時、遂に彼はA級冒険者にまで上り詰めた。
仲間も作らずダンジョンに潜り続けた。だからどの戦いも一人だった。
戦いは次第に激闘へ、身体に刻まれた勲章と共に生死の狭間へと墜ちていく。
飽くなき闘争心を糧に彼はダンジョンに挑み続けた。
いつしかダンジョンに魅入られていた。
だからこそ彼が選ばれた。
火を吹き出す魔剣に望まれたのだ。
● ● ●
孤高のA級冒険者は大樹ガットーの太い枝に座り、爽やかな風を感じていた。
たまにはこうやって身体を落ち着けるのも悪くない。
緑豊かな皇国の景色が一望しながら、下から掛かる声に手を振って応えた。
「リンカーンの姐さん! すいません! じゃあ俺たちは皇国から離脱します!」
相棒を傷つけられたB級冒険者はモンスターで溢れる危険極まりない皇国からの脱出を決断したようだった。
冒険者パーティは時に非情であり、利害関係が無くなればパーティを解散することなどざらにある。
逃げるようにして消えていくB級冒険者コンビの姿を見ながら、リンカーンは今回の遠征の目的を思い出した。
「…………」
今回の遠征はリンカーンの意思では無かった。
冒険者ギルド南方本部ネメシスのギルドマスターから直接、特別クエストという形で皇国のダンジョンを潰してくるよう依頼されたのだ。
A級冒険者ともなれば数百年近い年数で成長を重ねるS級ダンジョンに入る資格が与えられ、一度深く潜るだけで多額の金を稼ぐことが可能だ。わざわざ皇国に潜り、たった十数年放置されただけのダンジョンに入るメリットなど何も無いのだ。
A級冒険者リンカーンにとっては暗いダンジョンこそが全てだ。
血肉脇踊る闘争を。
A級冒険者になった者で金を目的としてダンジョンに潜る者など一人もいない。
彼らが求めるのはダンジョンモンスターとの死闘、命掛ける天秤の争い、ただそれだけだ。
A級に至ったリンカーンが現在望むのはさらなら死闘を演じるためにS級冒険者となること。そのためにはS級への挑戦権が与えられる特A級冒険者にならなければならない。
(レングラム様は小国を壊滅させた変異種ヴァンパイアの群れの殲滅を特別クエストに指定され、見事達成した暁にS級への仲間入りを果たした。前なら手が届かない次元だと思っていたけど……このフランベルジュと一緒なら―――!)
「それにしてもフレンダちゃんはどこに行っちゃったのかしら」
B級冒険者コンビが皇国から脱出すると宣言した時―――
『変態リンカーン!
「……太った人間? フレンダちゃん、まるであなたは自分は人間じゃないかのような言い方をするのね?」
―――そう言い残してフレンダは姿を消した。
F級冒険者らしく安っぽい装備に身を包んで、こんな純粋な子供がどうして冒険者なんて危ない稼業に足を踏み入れたのかリンカーンは不思議に思っていた。
だがF級冒険者とはいえフレンダは明らかに力を隠していた。B級冒険者コンビは気付いていなかったようだが。
「そもそも私は一人で潜るのが得意なスタイル。B級冒険者のコンビなんて足枷以外の何者でもないのよ。そんな私に冒険者ギルドが数人の冒険者を同行させるよう命じたのは私がこの国で暴れないようにするため以外の何物でもないわ。まったく信頼されてるのかされてないのか分からないわね」
リンカーンは大樹ガット―の枝の上から飛び降りた。
巨大な泉の水辺に着地し、涼やかな空気を一杯に吸い込んだ。
単騎にてA級モンスター討伐実績三十五体。破壊したダンジョンの数は既に両手の指では足りない程だ。
今現在、特A級冒険者に最も近いと噂される期待の冒険者。
たった一人でダンジョンに潜り、A級冒険者にまで上り詰めた孤高の男は
「ダメージ軽減、衝撃軽減、腕力倍増、その他様々な魔道具が合計5個。前回、デーモンランドに潜った時の教訓でつい買い込んじゃったけど……必要は無かったわね」
もはや、彼の傍には誰もいない。
彼を抑制する者は誰もいない。
冒険者ギルドが彼に付けた鎖役の冒険者は既にいない。
巨大な森のなかにたった一人、周りを見渡せば大樹と巨大な湖。
おぞましい笑みを浮かべて、リンカーンは歩き出す。
すると、湖の水を手ですくって飲んでいる子供のオーク達を発見した。
恐らくはあのオークの村に住んでいるオークだろう。あの村のオークは皆、身体に何かを付けている。小さなオーク達も例に漏れず、頭の上に草で編んだのだろう手作りの王冠を乗っけていた。
「―――あははははは! それでは始めましょう!? 冒険者ギルドの最高権力者。レグラム・レングラム様は約束した! ここであたしが手柄を立てれば―――特A級への昇格を約束するとッ! それなら千を超えるオークや他のモンスターまで従えたオークキングの討伐は悪くないわッ!」
「ぶぴ!? キモいオカマがいるぷぴ!?」
特A級冒険者の高鳴りを裏付けるかのように、彼が身に付けている銀の腕輪が鈍く輝いていた。
それではこれより―――死闘が始まる。
―――獰猛な笑みを浮かべA級冒険者は孤高の悪鬼となり、皇国ヒュージャックはまもなく大炎に包まれる。
南方四大同盟の一角、大陸の右下に位置する自由連邦が一大都市。
ダンジョンと共に共生するダンジョン都市ユニバースにて本拠地を構える冒険者ギルド北方本部ギルドマスター。
冒険者でありながらも類稀なる政治手腕すら持っていた彼は、数年で大陸に散らばる冒険者ギルドのトップに上り詰めた。
そして今、皇国に育つダンジョンを一掃するために彼に選ばれた若手冒険者のナンバーワン。
「―――じゃあ行きましょう、フランベルジュ!」
A級冒険者に嵌められた楔は今―――解かれた。
「火が出てきたぶぴぃ! 魔法ぷぴい! スローブと同じ魔法使いぷぴい!! オークの魔法使い……じゃなくてあれは人間ぷぴい! モンスターかと思ったぶぴい!」
では、第二戦の開始といこう。
大炎を撒き散らす相手との戦いに赴こう。
今度の相手はモンスターでも悪役でもなく、孤高の冒険者。
本来であればアニメ版主人公である彼の師匠ポジションの一人。
大精霊の力に悩むシューヤに強大な武器の扱い方を教える特A級冒険者。
先手はシューヤの火の師匠となるべき冒険者によって放たれた。
「……オークの魔法使い? 初めて聞く言葉ね、まあいいわ。そうね、そこの君でいいわ。さあて、オークキングをこの場に連れてきなさい! 誰にも悟られず、オークキング一体を連れてくればこの子達を解放してあげるわよ~!」
「ぷ、ぷぴい~~~~~~~~~~~~!」
とある
悪魔系モンスターが闊歩するデーモンランドで半裸の冒険者が見つけた代物は世にも珍しい火を吹き出す魔道具。
S級への挑戦権を得るための手柄としてオークキングの首とオークの里の壊滅は打ってつけの代物だった。
では、荒ぶる火を帯びた第二戦の幕を上げよう。
火傷しそうな熱波に思わず腰が引けそうになるけれど―――。
―――シューヤでも購入出来ない魔道具を身に纏う冒険者との激闘を演じに歩みだそう。
戦いの舞台は皇国の奥地。
モンスターに支配された
―――しかし、これは彼の物語だ。
熱い炎でも暗い闇でも冷たい氷が相手でも怯まない彼の物語だ。
そんな彼らの現在はと言うと―――
「食事当番のオークさん! お代わりぶひぃ! どんどん持ってこーい! ぶひ!」
「スローブがどんどんデブになってきたぶひィ! おいらも負けないぶひぃ…………でも十杯もお代わりは出来ないぶひィィィ……オークの魔法使いは大食いぶひィ!!!」
「スロウ様! じゃなくて、スローブ様! もう止めて下さい! お腹がこんなになっちゃってるじゃないですか! また元に戻りますよ!」
「大丈夫だから! 俺、太ったら沢山魔法使えるらしいから! そうアルトアンジュも言ってたから! ぶひぶひぶっひぃぃぃぃぃぃぃい!!!! 最後のお代わり持ってきてー!! おっと、持ってきてーぶひ!」
―――風の神童は皇国のオークの里にてお代わり無双を繰り返し。
「シューヤ!!! スライムですわ!! 初めて見ましたわ! こ、こっちに来ますわ、ど、どうすればいいんですの!!!!」
「騒ぐなって! ダンジョン初級者かよ! ……ああ、アリシアはF級冒険者だった……
「あっ……消えていきますわ」
「冒険者の心得その一! ダンジョンに潜る時はあんまり大声出したらダメなんだかっらな! 他のモンスターに俺達の場所を教えてるようなもんだぜそれ………―――
「ききき、来ましたわ!!! 沢山スライムが! きゃああ、ああああああああ!!!!!」
「あっ! おい俺を置いて逃げるなよ!! ―――え? 何だ水晶。ゾンビ系モンスターがやばい? って、何でこんな低級のダンジョンにゾンビソルジャーがいるんだよ!!! アリシア! そっちに行くなって!」
―――炎の熱血占師は小遣い稼ぎに余念が無かった。
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