113豚 オークの魔法使いは世界を救う

「何を考えておられるのですか国王。それがしに断りも無く、国境の軍を下げるなどとは! このバリッド! 驚きを通り越して、耳を疑いましたぞ!」


 昔から可笑しいと思っていた。

 自分の意思など、彼女の前ではあまりに無力。

 生まれながらにして、決められた道筋。

 帝国の進むべく道は我ら人間ではなく、闇の大精霊である彼女によって定められていた。


「ふむ……解放されたような気持ちだ」


 北方の覇者、ドストル帝国の帝王は確たる己を取り戻した。


 しかし、闇の大精霊様の声が聞こえなくなった途端にこれだ。

 何らかの魔法、暗示に近い闇の魔法を掛けられたに違いない。

 これでも帝王は実力史上主義の考えが色濃く残る帝国にて、何十人も存在する兄弟を押しのけて王にまで上り詰めた男だ。

 軍人に比類する程心身は鍛えられ、闇の魔法に対抗できる意思の強さもかね揃えていると思っていた。

 だが帝王としての自覚と自信も大精霊が行う闇の魔法の前には余りにも脆弱な壁だったらしい。

 ―――彼は今、己の無力さを痛感していた。


「バリッド大将軍。対峙している南方四大同盟の一角、ダリスには若きドラゴンスレイヤーが生まれたとの情報もあり、それもあの全属性エレメンタルマスター、風の神童スロウ・デニングだそうだ。さらに大陸に散らばる冒険者ギルドの者達がどう動くかも予測出来ない。特に自由連邦に構える巨大な冒険者ギルド本部ネメシスのギルドマスター。S級冒険者序列第三位、紅蓮の瞳ウルトラレッドはこちらに明確に敵意を示している。……恐らくスロウ・デニングを特A級冒険者に指名したのもあのギルドマスターの仕業だろう」

「……さすがは帝王。素晴らしきご明察でありますが、我が軍は南方の戦力を圧倒しております。それに我が軍もS級冒険者を二名確保しており―――」

「―――多くの犠牲が出ることは避けられない。私が憂うのは民の犠牲であり、国家の疲労だ。現在、我がドストル帝国はかねてからの悲願である北方を平定した。もはや充分ではなかろうかバリッド大将軍。このままいけば私が戦争に狂った狂王と呼ばれるのも時間の問題であろう。ああ、戦争王と噂されているのは知っているよ」


 帝国の王は闇の大精霊について思いを馳せる。

 物心ついた頃から彼女には散々な目に合されてきた。軽い悪戯から始まり、好きな玩具を隠され、新しい闇の魔法を思いついたと言われればそのまま実験台にされたこともある。

 正直言って苦手な存在だった。

 帝国の守り神たる彼女に向かって不敬かもしれないが―――

 ―――幼き頃より染み付いた思いは変わらない。


「戦争を終わらせる。不満そうな顔をしているがこれは国王である私の決定事項だ。今後も北方の平定に力を注げ、バリッド大将軍」

「……はっ」


 闇の大精霊ナナトリージュは帝都より忽然と姿を消してしまった。

 彼女が何も言わずに姿を消すことなど滅多に無いため、彼女の身に何かが起きたのかと心配する気持ちは帝王の中にも僅かにある。

 だが、彼女の失踪を民に公表する気は一切無い。

 誰もが王の意思によって、国は勝利へと導かれていくものだと信じている。

 帝国の民は闇の大精霊様を敬り決断力に優れた王と共に帝国躍進の原動力だと民は持て囃しているが、その実体は彼らの想像とはかけ離れている。

 帝王は闇の大精霊ナナトリージュの単なる傀儡であり、そんな嘆かわしい事実を知るのは帝国の最上層部ぐらいのものだった。


「そうだ、魔法耐性の高い魔道具を早急に用意してくれ。金に糸目は着けない。特に闇の魔法に強い耐性を持つものがよい」


 魔道具に頼るなど軟弱だと考えていたか状況が状況だ。

 いつナナトリージュ様が帝都に戻ってくるか分からない。

 それまでに万全の準備をしておかなければならないだろう。


「……はっ。その類のものは冒険者ギルドが多数所持しておりますので、彼らに問い合わせを行います」

「うむ」


 帝国最強の戦士である三銃士の一人であり、大将軍の位についている男が広間からその姿を消した。

 後に残されるは帝王一人のみ。

 豪華絢爛な椅子にどっぷりと座りながら、帝王はどこかへ消えてしまった彼女へと思いを馳せる。

 これまで帝王はただ彼女が望むままに行動し、物事を決めてきた。


 しかし、これからは違う。

 もし自由連邦に存在するとされる、かの大国を影より支配している連中風に言うならば―――


「反逆を始めようか―――国王としてのプライドを掛けた反逆を」


 ドストル国王は硬く誓う。

 戦争は起こさない。

 これ以上の戦は、無用なのだ。


「それにしても……もし誰かが意図的に彼女を帝都から誘い出したのであれば……その者には感謝せずにはいられないな」


 だから暫くは帰ってこないでくれと―――。

 出来れば私が強力な魔道具を手に入れるまでは―――と帝国の王は思わずにはいられないのだった。

 

 さて、そんな思いを聞けば闇の大精霊ナナトリージュはまた帝王を闇の魔法の実験台にして痛めつけるのだろう。

 だが、幸いにして帝王の思いはナナトリージュには届かない。

 何故なら彼女は帝都からずっと離れた場所にいたのだから。

 今現在、ナナトリージュはようやく皇国に侵入した所だった。

 飛翔型モンスターからの攻撃を難なく躱しながら、風を呼び込む闇の翼をはばたかせながら空を飛んでいた。


「やあっーーたぁー! 直ーったー! それにしても全く何でこーんな複雑な構造になってるのよー! 誰よーこんな天才的な魔道具を作ったやつはー! あーっ! あたしだったー!」


 ゴチャゴチャと何かを弄っていた手元を休め、今は会心のガッツポーズを繰り広げている彼女こそが闇の大精霊ナナトリージュ。

 腰まで伸びた黒絹のような長い髪は艶やかで、冬の訪れを感じさせる雪のような白い肌、触れることが躊躇われるかのようなほっそりとした手足。

 黒いワンピースで着飾り無機質な人形のようにも見える彼女は、風で黒い髪の毛が顔にかかりまるでホラー映画の貞子のような出で立ちになっていた。

 だが、彼女はそんなことは気にも留めない。

 闇の大精霊を知る者なら笑い声も出ない程の恐ろしい姿だが、そんなことどうでもいいとばかりに闇の大精霊ナナトリージュは一人の人間を思い続ける。

 闇の魔道具を使ってナナトリージュに連絡してきた、とある少年のことだ。


「うー。でもまさか気紛れで付けた機能が役に立つ時がきたなんて! やっぱりあたし先見の名があるわー!」


 ようやく彼女は壊れていた闇の魔道具を直すことに成功した。

 一時期、闇の魔道具作りに嵌っていた彼女であったが最近は作るより珍しい物を集める方に興味は移っている。

 だから闇の魔道具の構成も忘れ、直すのにやけに時間が掛かってしまった。

 

「ふっふっふ。闇の大精霊ナナトリージュ様はねー! 集中すればなーんだって出来る大天才なのよ! さーて! 喉の調子を確認しまーして―――ごほごほっー、ごっほーーー!!!」


 高度に位置しているため、風がごおごおと吹いている。

 けれどナナトリージュは向かい風なんてものともせず、出来る限りの大声を出すために息を思いっきり吸い込んだ。

 

 何せ彼女に通信してきたスロウ・デニングはあの死の大精霊の卵をゲットしているらしいのだ。

 ナナトリージュがずっと昔から探してきた幻のとんでもアイテムである。

 死の大精霊の卵、詳しいことはナナトリージュにも分かっていないが、北方の奥地に存在する少数部族の間では世界を破滅においやるものとして古来より恐れられているアイテムらしい。

 その言い伝えを偶然知った瞬間、ナナトリージュは死の大精霊の卵を己のコレクションに入れると決めた。 

 死の大精霊の卵、何てコレクターの血が騒ぐ名前だろう。

 世界に存在する大精霊は六体しかいないため、名前からして可笑しいのだが―――。

 ―――果たして一体、死の大精霊の卵とは何なんだろ。

 興奮して流行る気持ちが抑えられない


 ナナトリージュが長い時間を掛けて地道に探してきた結果、大陸の北方には死の大精霊の卵は存在しないことが分かったのだ。


「―――こーらああああっ!!!! あたしの声が聞こーえてるのっ!!! スロ~デニング!!!」」


 ならば大陸南方に死の大精霊の卵があるに違いない。

 そんな矢先に死の大精霊の卵を見つけるためのアイテムを南方から送り込まれた怪盗に盗まれてしまった。

 だがナナトリージュの自室に忍び込んだ怪盗は警備兵に追い立てられ、あるものを落としていった。

 大陸南方に存在する大国の一つ。

 自由連邦を裏から支配しているとされる反逆ギルドの構成員の証。

 逆十字が刻まれたペンダント。


「こーーらーあああああ。こーたーえなーさーいっ! スロ~デニング!」


 今頃、盗まれたアイテムを取り戻す命令を授けた三銃士の一人。

 ドライバック・シュタイベルトは自由連邦に辿り着いた頃だろうか。

 ナナトリージュが半人半魔の亡霊を考えた時、手に持つ闇の魔道具から焦ったような誰かの声が帰ってきた。


『うわっ! いきなりびっくりした! 誰だよ!』


 その声はまさしく―――あの時の少年

 ―――スロウ・デニングのものであった。

 ナナトリージュの自室で起きた時とは真逆。

 今度はナナトリージュから話し掛け、スロウ・デニングは大層驚いているようだった。

 その事実にちょっとだけ彼女は嬉しくなる。

 やられればやり返す。

 それは生まれた頃から現代まで紡がれた彼女が彼女である証だ。


「びっくりしたじゃないわよ! あたしよー! 闇の大精霊ナナトリージュ様よー! こらァーーーーああ!! スロ~デニング!! 何か言いなさいよ!」

『……何だ、闇の大精霊さんか。……何か発音可笑しくない? まあいいけど』

「言われた通りそっちに向かってるんだからーー! さあ早く死の大精霊の卵をどうやって手に入れたか言いなさーーーいっ!」

『……えーと闇の大精霊さん。ちょっと今、忙しいからまた後で。ブチッ』


 そして、通信は切られた。

 恐らくスロウ・デニングが持つ闇の魔道具の片割れ。通信機能を意図的にシャットダウンさせたのだろう。

 通話の魔法は相手側から切られてしまってはどうしようもない。

 だが、こんな仕打ち。

 さすがのナナトリージュも予想していなかった。

 不意を突かれた驚きは、徐々にマグマのような怒りに変わっていく。


「こらーーーーぁぁぁぁぁぁあああ!!!! な、何なんなのよこいつーーー!!!! あ、あたしがーああ!! このあたしがあーー!! 何者か分かってるのー!? 闇の大精霊!! 大精霊の中でも一番偉い闇の大精霊----!! もう許さない! 絶対に許さないー! ……あー! ああああああああああああー!!! うそおおおーーー!!!」


 闇の大精霊ナナトリージュは怒りでプルプルと震えていると、手元からするりと落ちていく闇の魔道具、黒衣のボタン。

 余りにも小さいそれは、一瞬で風にさらわれ、どこに行ったか分からなくなった。

 何せナナトリージュがいるのは木々がちっぽけに見えるぐらいの空中、つまり空の上なのであったから。

 ナナトリージュはがっくりと項垂れて、それでも死の大精霊の卵をゲット出来るんだからと自分の気持ちを奮い立たせた。

 

「ぜーんぶ!! スロ~デニングのせいだわ!!! ああもう許せない!! とってもとっても許せない! ナナトリージュ様に対するこの仕打ちーー!!! あり得ないったらあり得ないわよーー!!! ぜーんぶスロ~デニングにぶつけてやるんだからーーーーっ!!!」


 闇の大精霊ナナトリージュは既に決めている。

 あのふざけた人間、スロ~デニング。

 出会った瞬間に十を超える闇の魔法で徹底的に痛めつけて―――死の大精霊の卵を奪い取ってやる、と。

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